恋と愛とは全く異なる性質の物だと
最近の僕ははっきりと感じるようになりました
愛とは精神的で、春の陽だまりのように無害で
微睡むような安心を指す言葉であり
恋はもっと肉欲的な、不安を内包した
鋭い痛みを指す言葉であるように思います
僕は君に愛されている、と強く感じます
それは僕らの中に通う空気の色や
なんでもない時に笑う君の声色で気付きます
ただ僕に恋をしているかと問われれば
僕は頭から否定するしかありません
僕は再三、君にはこの混濁とした内情を
打ち明けないようにとこの場で宣誓していますし
それに従って生きていようと思う反面
それでも時折想像はしてしまうのです
しかしそれは君から大きな安心を奪うと同義であると
被りを振って無理矢理に無かったことにします
「幸福であり不幸である方が、
なんでもないより君いいだろう?」
サガンの『ある微笑』にある言葉ですが、
この言葉は実に本質を捉えているように感じます
職場の自動販売機には、ブドウ味のジュースが2列陳列されている。元々一列だったのだが、僕が決まってこのジュースばかり買うのでみかねた販売員が在庫を増やしてくれたのだと僕は推測している。
しかし僕はこのジュースが殊に好き、という訳ではない。ただこの甘ったるい飲み物を口にする度、僕はある夏の日を思い出すのだ。
それは僕等が高校生の頃だった。
地元の小さな祭りが開催されている夜、突然君から連絡が入った。
それは普段あまり話さない派手な性格の友人に気圧されて祭りに来たものの心細いから、今から来てくれないかという誘いだった。
僕はあまりに急な誘いだった事と、一人で気を揉んでいる君を想像すると少し可笑しかった。そしてすぐさま家を出た。
それから僕等と他の友人たちはしばらく一緒に祭りを楽しんだ。幾つか出ていた縁日を廻り、ご老人ののど自慢大会と化したカラオケ大会に勝手に批評を加えたりした。僕等は自由だった。
途中で喉が渇いたので何か飲みたいと思い、地元の小さな商店の横に設置された自動販売機に向かった。冷たい飲み物の入ったそれには、煌々とした電気に寄ってくる小虫を捕まえるために構えた蛙がびっしりとついていた。蛙に対して恐怖心を抱かない僕は平気で近くへと向かったが、君と他の友人は離れてその様子を伺っていた。僕はなんとなくブドウ味のジュースを選んだ。ボタンを押すと、ジュースの缶が落ちる振動で蛙たちが一斉に飛び跳ねた。流石に驚いた僕は間抜けな声を出した。それを見て君は酷く笑った。
一口飲んだそれは思っていたより甘かった。僕の隣に来た君は「一口ちょうだい」と言うと自然な動作で僕の手から缶を取り、グッとジュースを飲み込んだ。「美味しい」と笑い、缶を僕の手に握らせた。
その後、少し離れたコンビニで手持ち花火を買った僕等は君の家の前で花火を楽しんだ。めいめいに振り回し、飛ぶ火の粉にきゃいきゃいと声を出して笑った。
やがて家に帰ってきた君の弟とその友人も含め、なかなかの大所帯で花火を楽しんだ。夢みたいな夜だった。
今日も仕事の合間にブドウ味のジュースを買った。隣に君は居ないし、一口飲むと今の僕には甘すぎた。ただ次に選ぶ飲み物も、きっと決まってこのジュースだろうと思った。
一年後
僕らはまだこうして
上手くやれているでしょうか
毎日のように電話をする習慣もそのままに
GWにはまた一緒に映画を観に行けるでしょうか
熱も冷めやまぬまま笑顔で感想を話す君の
弓なりの瞳を独り占めできるでしょうか
それはなんと幸せな事でしょうか
そして残酷な事でしょうか
それでも無くなってしまうよりずっとマシだと
全てを見ないフリをして貴方を想い縋る事
それは他者を排斥する事でもあると自覚し
最近僕は酷く苦悶しています
心に浮かんだ事をそのまま記してあるノートに
「僕は僕を裏切らない 君を裏切らない」とありました
僕はハッとしました
そしてその呪いの言葉を噛み締めました
君と出会ったのは6歳の時でした
遠くの街から来た君と
気付けばよく遊ぶようになりました
当初は唯の友人でした
ずっとそうだと思っていました
そうであればいいと思います
君には沢山の感情と記憶を貰いました
人を絶対的に信じる事は
自分への不信を見つめる事と同義と知りました
そして尚生きる意味にもなり得ると知りました
とどのつまり君という存在は
僕の中の多くを侵食するようになりました
君と出会わなかった僕を想像する事もありますが
それは最早僕ではないのです
どんな別れが来たとしたって
結局僕は君との再会を願うのだろうし
その度にこの甘美と辛酸を舐めるのでしょう
こんな僕を馬鹿だと笑って下さい
優しくしないで
愚鈍な僕は直ぐ勘違いを起こすから
優しくしないでください
ねぇ普通って一体なんですか
近すぎやしないかと
距離感を常に図るような
素直すぎやしないかと
ふと冗談にして笑うような
そういった事をもう何十回何百回と
心の中で思案していると
時々自分が馬鹿らしく思えてしまうんです
他に縋ればいいのに
どうして君じゃなきゃいけないんですか
どうして君は泣きたくなるくらいに
そんなに優しいのですか
どうしてもうずっとこんなに
痛いんですか
優しくしないで
そう願うのは確かその裏で
誰よりも優しくされたいと願う
貪欲で熟れ過ぎたこの心臓が
どうか早く灰になりますように