しとしとと雨が降り続く中
君は約束通り花見の名所へ連れて行ってくれた
桜色の傘を半分に分け合って歩き
君は時々立ち止まっては
綺麗、と桜を愛でていたけれど
僕の胸の高鳴りは違う方向へ向いていた
ああこの時の何と儚く美しいものか
これほどまでに離れ難いものかと
一人こっそり永遠を願ったものだ
泣きそうなくらいに幸せだったのだ
願わくば
僕の心がいつか灰になった時
何も知らぬままに泣いてください
そのために今の僕の胸の痛みがあるのです
週末久しぶりに君に会った
君は見たこともないくらい髪を短くしていて
赤茶色の毛色も相まって本当によく似合っていた
直視する事さえ難しいほどに可愛いと思った
同じソファに君は腰掛け、僕は寝そべり本を読み
笑う君の振動をソファ伝いに感じた時
これ以上の幸福はこの世に存在しないと
確信してしまえるこの中身が、狡さが
やっぱりどうしようもないほど嫌いだ
そういった中身を自分自身で直視する時
いっそこの汚い胸中を身体ごと貫いて欲しい、
なんて思ってしまう事もある
性別が変わってしまえば、と
思った事も一度ではないが
そんな簡単な話ではない事は
自分が一番よく知っている
普段はとても履けないと思ってしまうスカートも
日によっては履いてみたいと思えるし
自然と目で追ってしまうのは異性が多いが
心の底から戸惑い、愛らしいと思うのは君だけだ
そもそも異性になったとしたら
君とこうして並ぶ事も無かったかもしれないが
今の僕は自分の外見と立場を
うまく利用し続けている偽善者のように思えて
結局思考は上手く纏まらないまま
堂々巡りするのである
正常、とは一体どんな感覚なのだろうか
君を愛しているうちはきっと知り得ないのだろうが
二人にしか判らない言葉で話す時
二人にしか知り得ない思い出を語る時
ふと「二人だけでいいよ」と
そんなふうに思ってしまう
僕をどうか詰ってほしい
なぜなら君は僕とは違うから
君と離れてしまった途端
上手く生きられなくなった僕と違う
君はきっと僕無しでも、
なんて言ったら君はきっと本気で怒って
口を聞いてくれなくなるだろう
どうして君は僕にこだわるの?
どうして僕を選んだの?
どうしてそんなに優しくするの?
本当に分からないんだ
分からないから不安なんだ
痛いんだ
いつか君がふっと僕に飽きてしまうような妄想が
確かに幸せなのに常に脳裏から離れないんだ
いつかに君が失恋をした時
一緒にカラオケで散々歌った
突然君は持ち込んだプチシューを
「口開けて」と言って僕の口に突っ込んだ
目を白黒させながら噛み締めたそれは
ラズベリーの味だった
君は椎名林檎の歌を自棄になって歌っていた
僕は口の中の甘酸っぱさを噛み締めていた
不条理、という言葉を聞いて
僕は一番に『家』を想像する
僕の家は昔、それなりの金持ちだった
父親がギャンブルにハマり、多額の借金が発覚したのは
僕が中学に上がる前の春休みの事だった
いつもの様にリビングで漫画をダラダラと読んでいると
突然母親が怒り狂って発狂し
視界に入った物を手当たり次第に投げ始めた
それが最初だったように思う
それから数年が経ち
母から当時の事を詳しく聞いた事があった
結局彼女は現在まで父とは別れていない
別れられるほどの財力が自分にはなく
どうしようもないからだと言う
涙ながらに話す彼女を見て
正直僕は吐きそうになった
それなら何故見抜かなかったの
何故末っ子の僕を産んだのと
今思えばくだらない罵詈雑言ばかりが浮かんだ
しかしこの歳まで生きてみると
様々な価値観を持つ友人ができた
「子供は親を幸せにする道具じゃない」
「親を反面教師にして生きる事が
最大の親孝行だと思う」
各々複雑な家庭環境の中で育った彼等の
そうした言葉には本当に救われた
『家』は確かに不条理な人間社会ではあるが
それが全てではない事を知った
君とはもうかれこれ
20年近くの付き合いになる
いつも明朗で優しい君が
はらはらと泣いている姿を僕は見たことはないけれど
一度だけ君の目が赤く潤んでいた時の事は
未だに脳裏に焼きついている
それは部活終わりの放課後
何故か僕らは昔の話をしていた
その昔僕は虐められていて
君はそれを傍観していた
子供の小さな世界の中で
強者に逆らう事がどれほどの意味を持つか
想像には難くない
もうそれは仕方なかったと
僕が君に言った時
君はぽつりと「ごめんね」と溢した
気にしないでと返そうと君の方を向いた時
僕は目を見張った
君の目に涙が浮かんでいるのを
その時初めて見たからだ
虐められていた当時の事を
誰かに謝られたのはそれが最初で最後だった
復讐心も憎悪も特段持ってはいなかったが
その時確かに僕は何かに区切りをつけた
区切りをつける事ができたのだ