「本当に行くのか?」
霧で覆われた森に、足を踏み入れようとしているヤツに声を掛ける。自転車を止めるためのストッパーを足で下ろしながら、こちらをみていた。
「行くよ」
結われているふわふわの癖毛を揺らしながら、そう告げた。
「なんでだよ、危ないだろ。この時期は森に入っちゃいけないんだ。知らないのかよ」
漕いでいた自分の自転車をとめる。
睨みを効かせた目をむけると、奴は逆に睨み返してくる。
「早く見つけてあげないと。何があるかわからないんだから」
こいつが探そうとしてるのは、二匹の猫。
元々はウチにいた猫たちだったが、奴が引っ越してきたときにみた花に猫たちは夢中になっているらしく、時々家を出ている。
猫なんて、犬のように永遠についてくるものでもないのだから、一人旅ならぬ二人旅でもしてるだろう。そんなに心配するものでもないはずだ。
「猫は色んなところ行くだろ。森に行ったかなんて分かんないんだからわざわざ行く必要ない」
「でもダメなの。朝、ここら辺を彷徨いてたの。その時は人もいたから気にしてなかったけど、もう人もいない。ご飯だってこんな森の中じゃ見つかるわけないでしょ?私が探しに行かないと、誰が行くっていうのよ」
俺のいうことに、少し起こっているように見える。ヤツは怒るとはちゃめちゃにめんどくさい。
このままじゃ埒が開かないから見つめるその真剣な眼差しに、俺は折れてやることにした。
「…すぐ戻るぞ」
「ついてきてなんで頼んでないけど〜?」
「うるさい、お前泣くとめんどくさいからついてってやるだけだ」
そして俺たちは、その森に姿を消した。
あの星降る日、君に出会った。
腰まである、黒髪。艶艶と輝くその髪の毛は、いつも私を魅了させていた。世には、骨格ナチュラルといわれるであろう痩せこけた身体。肩幅があるというわけでもなかったが、痩せているせいで華奢なはずの君は、骨のようだった。
小さい頭は、整った顔のパーツを最大限に生かしていた。
大きな目に、ぱちぱちと目を瞑るたびに震える睫毛。
全てをひっくるめて、鈴のような声を発する君の喉は、美しくて、私のモノにしたかった。
だから、首を絞めた。
綺麗な君の顔が、少しずつ歪んでいくのをみて、私は口角が上がるほどの思いをした。
くるしい。やめて、と必死に私を訴えるその腕は、白くて細くて、かぶりついてみたい程だった。
少し時間が経った時、ようやく拘束が解けた。
ぐたりと寝そべる君に跨って、首についた私の手の跡を見つめる。これで、やっと私のモノにできた。このコはたまーに包帯やガーゼをつけていたし、きっと嫌なことも多かったんだよね。だから、私が解放してあげたんだ。
優しいよねー、うち。
あれから数日、せっかく君を手に入れたのに、まだ何か足りない。空いた手が、つながらないような感覚。
あれ、君を手に入れたと思っていたのに。
まだ、届かない。
君には、まだ届かない。
「なんでこんなところで寝てんの?」
「…あ」
眩しい光に渋々目を開けると、目の前にジャージ姿の×××が立っていた。
「おはよう。そんなところで寝てると風邪ひくよ?」
そんなことを言いながら、薄くて細い指の手のひらをひらひらさせて構ってくる。
「…はよ、引かないよ。こんな、天気いいのに」
今日は珍しく快晴で、ふよふよと吹く優しい風が心地よい。
「あのねえ、晴れてるからなんて理由になんないの」
オカンみたいなことを吐き捨てて、俺の横に腰を下ろす。
イケメンは、何をしたってサマになるんだから羨ましいものだよ。ほんとに。
「もー、オカンはこれだから…ぁたっ」
口を尖らせて文句を言ったら頭にチョップが降った。
こいつは力加減ができないところがあるから大変だ。
「だまらっしゃい。せめて、ひなたに行けばいいのに」
ほら、と指を刺す方向をみれば、太陽がさんさんと降り注ぐ丘が見える。
「ひなたとか、暑いじゃん。嫌に決まってんでしょ」
「…そう?」
力いっぱいに顔を歪ませて、睨んでやる。
それをみて×××は、はあ、と大きなため息をついて寝転んだ。
「いや、お前も寝るんじゃん」
矛盾してるだろ、と訴えれば、澄ました顔で俺はいいんですー、と言ってくるので肘で軽くどついてやる。
「いたっ!…なにー?」
返事をせずに、目を瞑ると小鳥の囀りが耳を掠る。
「…ここの、木漏れ日好きなんだよな」
呟くようにそういうと、×××は、へぇ、なんか意外。と間抜けな声をだした。
「確かに、いいよね。形」
「形??」
意味わからないことを言ってるが、雰囲気がいいので流しておこう。
「おやすみ」
「げ、ねるの?」
もうちょっと寝ようかな。
×××を巻き込んでやろーっと。
「何?この曲」
今どき、ラジオを片手に音楽を聴いてるやつは少ないだろうが、目の前にいるこいつはラジオを耳に当てて何かの曲を聴いている。
「曲じゃなくて、ソング、な」
「どっちも同じでしょ…」
こいつはいつも細かい。それなのに、大雑把で適当。
ほんとに、困ったもんだよ。
「そんなに耳に近づけたらだめでしょ?耳悪くなるよ」
「ぅわっ!…もー、やめてよ」
ラジオを取り上げると、いとも簡単に取ることができた。
力が弱いわけではないはずなのに、どうしてだろう?
「…どした?」
背中を曲げて、目線を合わせてそう問う。
そっぽを向いて、何故か顔を真っ赤にする。気になったから、顎をつかんでやった。
「照れてんの?」
「うるさい」
頑なにこちらを向かないので、何故こうなったのかを考える。確か、ラジオを取り上げてから様子がおかしい。
…ってことは、このラジオが原因…??
「ちょっと、失礼」
「…ぉい!やめてっ!」
それを耳元に近づけると、ラブソングのようなものが流れていた。あれ、こいつは恋愛に興味ないって言ってたはず。
…なるほど。
「…へー?そっかぁ」
「くそ!やめてよ、顔がうるさい!」
そう言って、顔をぐいぐいと押してくる。
「ふふ」
「なんで笑ってんの、ばか!」
まあ、親友のことだしね。
応援してやるかあ
「デートはいつ?」
「だ、黙れっーーー!」
「だから、なんでそうなるわけ?」
こいつは怒ってる。キレやすいこいつは、いつも眉を歪ませて手を力強く握る。それでも手は出さない。そんな奴。
俺たちは5人組なわけだけど、その中でもこいつ以外誰もキレない。だから、キレるこいつが目立つ。
周りからは、「1人のために4人が無理してる」とか、「4人が1人を慰めてる」とか言われる。それをこいつは知ってるのに、気にする素振りを見せない。「まあ、俺以外怒んないし」って言ってるんだけどさ。
正直、なにも知らないやつが口出すんじゃねーよ、って思う。側から見れば、かわいそうだとか、あり得ないだとか。
そんな意見で溢れるところもあるんだろうけど、俺たちは違う。そう思ってないから、一緒にいる。
こいつは、人前で進んで提案したり、司会進行を務めたり1人で色々な計画を立てたり。忙しいことを沢山こなす。助けがなくても、自分でどうにかできる、そんな強みがある。
確かに、俺らと比べれば怒りやすいけど、それだけじゃない。それに、こいつは物に当たらないし、ちゃんとダメなことはダメだってわかってる。一線を超えない。
こいつの瞳は綺麗なんだ。沢山のことを経験してきた瞳。
俺らのことを引っ張ってってくれる瞳なんだよ。
こいつは、俺らにあり得ないほどの経験と、楽しみをくれる。そんな、すごい奴なんだ。
「はいはい、甘いもの食べる?」
「…食べる!」