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「本当に行くのか?」
霧で覆われた森に、足を踏み入れようとしているヤツに声を掛ける。自転車を止めるためのストッパーを足で下ろしながら、こちらをみていた。
「行くよ」
結われているふわふわの癖毛を揺らしながら、そう告げた。
「なんでだよ、危ないだろ。この時期は森に入っちゃいけないんだ。知らないのかよ」
漕いでいた自分の自転車をとめる。
睨みを効かせた目をむけると、奴は逆に睨み返してくる。
「早く見つけてあげないと。何があるかわからないんだから」
こいつが探そうとしてるのは、二匹の猫。
元々はウチにいた猫たちだったが、奴が引っ越してきたときにみた花に猫たちは夢中になっているらしく、時々家を出ている。
猫なんて、犬のように永遠についてくるものでもないのだから、一人旅ならぬ二人旅でもしてるだろう。そんなに心配するものでもないはずだ。
「猫は色んなところ行くだろ。森に行ったかなんて分かんないんだからわざわざ行く必要ない」 
「でもダメなの。朝、ここら辺を彷徨いてたの。その時は人もいたから気にしてなかったけど、もう人もいない。ご飯だってこんな森の中じゃ見つかるわけないでしょ?私が探しに行かないと、誰が行くっていうのよ」

俺のいうことに、少し起こっているように見える。ヤツは怒るとはちゃめちゃにめんどくさい。
このままじゃ埒が開かないから見つめるその真剣な眼差しに、俺は折れてやることにした。
「…すぐ戻るぞ」
「ついてきてなんで頼んでないけど〜?」
「うるさい、お前泣くとめんどくさいからついてってやるだけだ」
そして俺たちは、その森に姿を消した。


5/10/2025, 1:22:01 PM