シシー

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6/23/2025, 2:17:41 PM

 自分の存在価値を証明したかった

 いつも誰かと比べて、いい子であり、劣っている子だった。テストの点数も、賞をとるのも、運動神経、服のセンス、容姿、性格。私という存在を形作るものは全て、誰かと比べられること、でようやく認識される。

 特に妹と比べられることが多かった。
一つ年下の妹は私とは正反対の明るく素直な性格をした可愛い女の子だった。よく回る口と頭で大人を翻弄し、周りを味方につけて、注目されることを恐れず自由に振る舞った。当然、私はいつも2番目の扱いをされた。

 思春期になると、妹は荒れた。非行に走ることはなくてただ反抗的なだけのかわいらしいものだ。だけど大人には都合が悪かったらしい。
思春期もなく反抗もしない大人しい私にスポットライトが当てられた。ようやく私の番がきた、嬉しい。短い主人公生活にすっかり心酔してしまった。

 

 もう全部昔の話。終わったことだ、何もかも終わった。
ずっと憎くてたまらなかった。比べることでしか私という人間を存在させてくれない大人が憎くて憎くてたまらない。
 妹が子供を産んだ、かわいらしい小さな姪っ子。写真の中で幸せそうに笑っているのに、今はもうどこにもいない。こんなに小さな子から母親を奪い、それを残念がるクソッタレ共がなぜのうのうと生きている。

 キラキラと光る水面に、月は映らない

 身体中が痛い。鉄の味と臭いが濃くて嫌になる。頭が働かない。わんわんと泣く子供の声が聴こえる。
 こんなの、トラウマものでしょ。

「…約束、果たせなくてごめん」

 ぞろぞろとクソッタレ共が部屋を出ていく。子供の声が遠ざかって、残念だけど、それが正解だ。
 痛くて怠い身体を起こして、隠していたロープを取り出す。いたずら好きの子供が入ってこられないよう、しっかりとドアノブに固定して準備は終わり。
 最初から最後まで映しているだろうレンズの向こうに手を振ってみる。なんだか気恥ずかしくてすぐやめた。

「生まれなきゃよかったね、私も、あんたも」

 写真の中では相変わらず幸せそうに笑ってさ、本当にそういうとこすごいよ。昔からずっと私の憧れだった。

 自分の存在価値を証明し続けた妹も、
 なんの価値も示すことなく道具になった私も、
 みんな、みんな、始めから存在しなかった

 人が狂うのは簡単だ
 夢と現実を交互に与えるだけ
 それだけで私たちは消える

「クソッタレの、人殺しめ」




――姪っ子がこの動画を、見つけませんように




             【題:子供の頃の夢】

6/22/2025, 12:55:17 PM

―――もっとホラーを楽しめよ…

 何十年も前から廃墟となっている洋館にやかましい大学生5人組がやってきた。言わずもがな、肝試しのためである。そして無許可。不法侵入。何が起こっても自業自得。

 洋館は張り切った。何しろ廃墟になってからお客が来たのは初めてなのだから。犯罪者だったり裏社会の人だったりはたまに来ていたが、あんまりにもマナーが悪いのでお客さま対応しなかった。
だけど、この5人はご丁寧に挨拶しながら入ってきた。1人を除いてみんないい笑顔で元気よく館内を闊歩している。
 嬉しくなってロビーを昔のような綺麗な状態にしてみせた。可愛い悲鳴に大満足である。
廊下に出ようとしたから明かりをつけてあげた。装飾の凝った客室や綺麗な絵画を飾った談話室、見晴らしのいいバルコニーや天蓋付きの大きなベッドがある寝室。前のご主人たちがこだわり、絶賛した屋敷を案内した。
5人ともたくさん叫んで走って楽しそうだ。みんなも嬉しかったのか、いつになくはしゃいでいる。

 最後に美しいステンドグラスをふんだんにあしらったホールへと案内する。もっとも栄えたあの時期を再現して5人にみせた、はず、だった。
 綺麗だと言ったのは1人だけで、あとの4人は廃墟最高と歓喜の雄叫びをあげた。
 見かねた奥様が窘めようと近づくと、フッとろうそくの灯のように消えてしまった。動揺したお嬢様たちが奥様を返せと掴みかかるが誰にも触れることなく消えてしまう。坊っちゃんたちが物を投げつけようとしても何にも触れられず、使用人が周りを取り囲んでも、5人は何の影響も受けていない。1人だけ驚いたり4人の誰かの後ろに隠れたりしていたが、いたって健康そのもの。
 次々と消えていく幽霊たちをその1人だけが最後まで見届けた。残るはご主人だけ、となったときだ。ホール前方にあるステージに5人は並んで記念撮影を始めた。そこはご主人が最期を迎えた場所でもある。当然、写真にはばっちり写ったらしい。
 アワアワしているご主人のことは直接みえていないのか、見当違いな方向を向いて丁寧に挨拶をして5人組は帰っていった。

 その後、すっかり静かになってしまった洋館でご主人は寂しいと泣いて、成仏してしまった。
なんか、もう、色々と言いたいことはある。でも喜びやら怒り、寂しさ、たくさんの感情がぐちゃぐちゃになって言葉にならない。
 だが、まあ。一つ言えることは、

―――もっとホラーを楽しめよ…

 人間ってこういうの好きなんでしょ。
 なんでそんなに予想外なことばっかりするの。
 みんないなくなっちゃったじゃん。
 寂しいよ、行かないでよ、一人にしないで…


           【題:どこにも行かないで】

6/21/2025, 2:43:32 PM

 好奇心旺盛なのは予言書の中の少女だけではないの。


 正式に女王が決まり、平和を取り戻したこの国では密かに英雄の少女への信仰が集まっていった。それは少しずつ勢力を増して、いつしか青薔薇をシンボルに掲げた神聖国を築くまでに至った。

 神聖国には青薔薇の女王が存在する。
あくまで女王というのは役職の1つであり、代表者のようなもの。ゆえに王冠は存在しない。
5年に一度、国中の女性にカードが配られて女王が引いたカードと同じものを持っていた人が次の女王になる。一応年齢制限はあるので成人前の女の子が選ばれたらやり直しになる。

 神聖国の民は皆、英雄の少女に尊敬と感謝の心をもっている。予言書を書き写したものを聖書としてその心を代々受け継いできているのだ。
もしもまた、この国や世界に危機が訪れたときに再び救いをもたらしてくれることを願って信仰し続ける。


 神聖国の成り立ちや在り方はこんな感じだと伝えられているが、実際は少し違う。
 英雄の活躍に感激し、いつか自分も英雄の少女のようになりたいと夢見る女の子がいた。同じように英雄を慕う女の子たちを集めて、どうしたら英雄のようになれるか、いつか会えるだろうか、会いたい、次は平和なこの世界を旅してほしい、できれば一緒に、案内してさしあげたい。
 安心して過ごせる場所や環境、ずっとこの国にいたいと思ってもらえるようなものを用意しよう。何が起きても英雄を楽しませ、守り、幸せにできる方法はなんだろう。
 そんな純粋な願いからはじまった愛が重い国なのである。

「いつか私も、」

 初代女王の夢が国を建てた。
 予言書の英雄をずっと追いかけている。
 人の心を動かす力は、きっと英雄にも負けていない。
 青薔薇が象徴とされたのは願掛けのようなもの。
 今でもずっと受け継がれているものである。

 

            【題:君の背中を追って】

6/20/2025, 10:05:53 PM

 いつまでも追いつけない人でいてほしかった

 通学途中、決まった曜日にだけ見かける先輩がいた。部活の関係なのだろう、うちの学校は運動部と文化部の一部を除けば、基本週に1回活動するだけのただの集まりがあるやつが大半だ。だから普段顔も合わせないような生徒同士が帰宅時間が被る唯一の曜日でもある。
 先輩を見かけたのはそれが初めてだったし、途中まで方向が同じなのもあって見かけたらなんとなく目で追うようになった。
特別美人でもなければ可愛いわけでもない。スッと伸びた背中とスマホを覗くたびに微笑む様子がなんとなく印象に残ったのだ。


 そんな奥手でもない俺にとってはまあ、少し、面倒臭いなとは思った。でも気になるのは先輩だけだし、ということで話しかけたら早かった。嫌々ではないが雰囲気に流された感じの先輩を彼女にできた。
 一見恥ずかしがり屋にみえて、ただ困惑しているような我慢しているような、自然と一歩後ろに下がってしまう変な人だ。隣に並んでいたのに気づけば俺の後ろを歩いているし、アクションを起こすのも全部俺だけで先輩はされるがまま。物理的な距離は縮まっても精神的な距離はずっと残った。

 穏やかに、喧嘩なんてしたこともなく穏やかに、先輩の卒業式を迎えた。お互いなんとなくここまでだと思っていた。遠距離するほどの熱はなく、でもいい思い出として残り続けるだろうなってくらいの距離。
 早咲きの桜が色づいているのを綺麗だねといって眺めながら歩いた。珍しく隣を歩いてくれて、なんなら少し距離が近いくらいだ。ちょっとからかおうと口を開いたとき、

「私ね、病気なんだって――」

 言葉は出なかった。はくはくと息だけが漏れて、困った顔をした彼女が笑いながらハンカチで頬を撫でてくる。

 こんな、こんなの、笑っていられるかよ。

 いつも困ったように笑うだけで拒否しなかったのも、言葉では遠慮するくせに表情や態度では隠せていなかったのも、一度も好きだと返してくれなかったのも、そのせいか。
 どうしようもないほど惚れていた。惚れていたさ。
ただただ、無駄な気遣いと不親切な優しさが腹立たしい。


 進学もせず、彼女は入院した。
 痛いと泣き言をこぼすのは通話のときだけ。
 面会のときはずっと笑っていた。

 最期に、ようやく、ほしかった言葉をくれた。

 ほんと、ずるい人だよ。
 俺だって、俺のほうがずっと好きなのに。
 そういうところが、嫌いだ。




             【題:好き、嫌い、】

6/17/2025, 12:34:45 PM

 夢をみていた

 トン、と手首に何かが触れて飛び起きた。
心臓が飛び出るくらい跳ねて、全身から汗が噴き出す。夢の内容と目に映る情報を処理しきれず目眩がする。激しく動く脳と心臓と、遅れて追いついた感覚に吐き気を覚え俯いた。

「大丈夫か」

 聞き慣れた声に、ようやく夢と現実の区別がつき始めてあんなにもリアルなありもしない記憶が遠ざかっていった。懐かしくて、楽しくて、幸せな、私の――

 ヒタリ、頬に冷たいものが触れる。
額に、頬に、首筋に、汗が伝ったあとを撫でていく。気持ちいい温度に顔を上げると眉を下げた青年が困ったように笑った。

「泣くな」

 ここにいる、だから泣くな。
相変わらず無愛想で下手くそな慰め方だ。冷やしたタオルも絞りがあまいから顔も襟元も水浸しである。
もう熱もないのに、いや、これは子供扱いされているだけか。起こされないと起きないほど寝汚くはないのに。

 夢をみた、昔の、家族の夢

 今度こそ青年は困りきった顔をして黙ってしまった。
もうどうすることもできない過去の話。私は話したこともないのにね、そんな顔するってことは知ってたんだ。

「…泣くな」

 その優しさも、献身も、何もかも無駄なんだよ。
 だってもう、過去のことなんだから。



             【題:届かないのに】

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