夢をみていた
トン、と手首に何かが触れて飛び起きた。
心臓が飛び出るくらい跳ねて、全身から汗が噴き出す。夢の内容と目に映る情報を処理しきれず目眩がする。激しく動く脳と心臓と、遅れて追いついた感覚に吐き気を覚え俯いた。
「大丈夫か」
聞き慣れた声に、ようやく夢と現実の区別がつき始めてあんなにもリアルなありもしない記憶が遠ざかっていった。懐かしくて、楽しくて、幸せな、私の――
ヒタリ、頬に冷たいものが触れる。
額に、頬に、首筋に、汗が伝ったあとを撫でていく。気持ちいい温度に顔を上げると眉を下げた青年が困ったように笑った。
「泣くな」
ここにいる、だから泣くな。
相変わらず無愛想で下手くそな慰め方だ。冷やしたタオルも絞りがあまいから顔も襟元も水浸しである。
もう熱もないのに、いや、これは子供扱いされているだけか。起こされないと起きないほど寝汚くはないのに。
夢をみた、昔の、家族の夢
今度こそ青年は困りきった顔をして黙ってしまった。
もうどうすることもできない過去の話。私は話したこともないのにね、そんな顔するってことは知ってたんだ。
「…泣くな」
その優しさも、献身も、何もかも無駄なんだよ。
だってもう、過去のことなんだから。
【題:届かないのに】
6/17/2025, 12:34:45 PM