シシー

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6/11/2025, 1:06:54 AM

 ―― 一人の姫のためにこの王国は滅ぶだろう


 ある王国で美しいお姫さまが誕生した。
 珍しく恋愛結婚した王様とお妃様にはたくさんの子どもがいて、占い好きなお妃様の意向に沿って子どもが生まれるたびに占い師に未来を占わせた。
 末の姫も占われ、上記の予言がされた。
不安になった王様とお妃様は姫を地下に幽閉し、姫の存在を隠した。

 王城の地下で姫はすくすくと育った。
プラチナブロンドの長い髪と空色の瞳の美しいお姫さまは自分の立場をよく理解していた。明るく天真爛漫な子どものように振る舞いながら、誰にも教えていない能力を隠し続けた。



 ある日、隣国の王子がやってきた。
本人が望まない王位争いに巻き込まれ、呪われた不運な王子さまだった。どこに行っても嫌われてしまう王子を助けたのはお姫さまだけ。こっそり自分の部屋に匿って秘密の能力を使って王子の呪いを解いた。
 後日、王子は嬉しそうに国に帰っていった。

 また別の日、捕虜になった獣の国の姫に出会った。
城内を必死で逃げ回っていたところをお姫さまが保護し、匿った。酷い扱いを受け衰弱していた姫を、秘密の能力で癒した。
 後日、姫に抜け道を教えて国外へ逃がした。



 お姫さまが成人を迎えた年、王国は滅びた。
王位を継いだ隣国の元王子と、再建した獣の国の元姫によって攻め滅ぼされたのだ。
 生まれて初めて踏みしめる大地にお姫さまは喜んだ。
美しく笑うお姫さまに元王子と元姫は王冠を授けた。決して血に塗れた欲深な王冠ではなく、お姫さまだけの王冠を。

 予言通りこの王国は滅んだ。
 そして新たに帝国が建った。
 近隣の国々を手中に収めた。

「予言通りでしたね、お父様、お母様」

 黒いユリを一輪、墓前に供えた。



               【題:美しい】

6/9/2025, 11:33:33 PM

 ――慣れって怖い


 この世界にきて一ヶ月ほど経った。
 荒廃して、砂漠化の進んだこの世界は深刻な水不足に悩まされていた。だが水が全くないわけではない。オアシスを買い占めた上流階級が独占しているだけで、それさえなければ生活水には困らない程度にはある、らしい。

 私たちが拠点にしているのは、いわくつきのコンビニだ。いろんな霊がよく登場し、日によっては性別や年齢で入店制限がかかる。それを除けば店主の性格が捻くれていてるのが気にかかるだけで便利な店である。
 噂によれば上流階級の一部と繋がっていて、器量のいいものや才能のある人を上に紹介してくれるらしい。

「なあに、暇そうな顔して」

 相変わらず冴えない子ね、と艶やかな赤髪を靡かせてお姉さんが声をかけてきた。この人こそ噂の信憑性を爆上げしている成功者だ。器量よしスタイルよしお得意のダンスで引きつけて話術で堕とす、魔性の女である。
 私の容姿がお気に入りらしく、化粧と衣装で派手に着飾り人を堕とす話術を仕込まれている。とても勉強になるのでありがたいことだ。

「それはそうと、あの人、またなの」

 チラリと流した視線の先、店主に説教されている私の父がいる。手も服も血塗れにして黙って何かを考え込んだまま説教を聞いている、たぶん。
 最初こそ童顔イケメンと人気はあったが、医者として活動していると変人扱いされるようになった。医療機器や環境が整わないせいで死亡率は高いし、薬も何もないから結局は自然治癒を期待するしかないので、正直医者はいらない。知識だけが取り柄の変人が出来上がっただけだったのだ。

「悪い人じゃないんだけどね」

 宝の持ち腐れね、とお姉さんはため息をつく。





 商品棚にもたれかかった元患者が、消えていく。
 足先から音もなく崩れていって、そこに残ったのは一抱えほどの乾いた砂の山になった。
 人は死んだら骨ではなく、砂を遺す。
 そうやって積み重なった結果がこの世界だ。

 ――死体の上で生きるなんて、悪趣味だな

 

           【題:どうしてこの世界は】

6/7/2025, 3:18:40 PM

 私だって、そうありたかった

 病気になった。
 治すために強い薬を使った。
 髪は抜けて、爪はボロボロ。
 針穴だらけの腕、身体中が痛い。

 そんな期間も過ぎて、季節が一巡りした

 寛解した。
 経過観察のために通院する。
 髪は多少伸びてきた。
 ボロボロだった身体も回復してきた。
 薄い痕が残る腕はもう痛くない。

 夏が近づいてきたから薄着で外出した

 『うわ、ニジイロ』

 はじめは分からなかった。
 でもすぐに予想できてしまった。
 男の子よりもはるかに短い髪。
 サイズが合わなくなった服で隠れた体型。
 少し前から流行りだした性別問題のこと。

 差別も偏見もなかった。
 興味もなかった。
 意識もしてなかった。
 私はよくても、他の人は違う。
 髪の長さと体型と、あとは服装とか。
 そんなことで判断されて、
 
 流行りの言葉に当てはめられてしまうのか

 私が何をしたんだろう。
 病気が治ったのに。
 髪が伸びてきて嬉しかったのに。
 すれ違う女の子は髪を靡かせて堂々としてる。

 ねえ、何がダメなの
 病気になったのがいけなかったの
 髪が短いから
 服装がいけないの
 
 「帽子、とりたくないよ」




 そんな目で見ないで


 

           【題:夢見る少女のように】

6/6/2025, 10:51:01 PM

 もう見飽きた廊下の先には、化け物がいる。

 日々、ガラガラと音を立てながら点滴棒を引き連れて歩く。倒れにくいように設計された滑車はけっこう横幅があるから、よく足をぶつけて躓いてイライラする。
点滴の残量が減ると少し歩いただけで逆流するし、ポンプついたら電気がチカチカして眩しいし、食事もシャワーもあちこちルートが引っかかるから邪魔。
 どんなにイライラしてても世話をしてくれる病院の人たちに八つ当たりするのはお門違いで、こんなにたくさん人がいるのに話し相手がいないから一人悶々とするしかない。

 ボッチ入院が終わったときとてつもない解放感を感じた。内心全力でスキップしながら某羊飼いの少女を追いかけ回していたら、今度は私が追われる番になった。

 テレビ代をケチってニュースを観てなかったことを後悔した。バスに乗ろうとしたら、乗客ではなく気持ち悪い何かが降車口から這い出てきて、乗車口はその名の通り巨大な口がぱかりと開かれている。
 叫ぶ気力も体力もないから目を逸らして静かに院内に戻った。周りの人がハズレだったねなんて声をかけてくれたけど訳が分からない。
家族に電話して迎えに来てもらおうとしたら、繋がらない。何回かかけ直したらようやく繋がって、話し出そうとしたらギャルギャルと気持ち悪い鳴き声が聴こえてきた。即効切ってかけ直した。母が出た。ちゃんと私が知っている声だ。でもさっきのインパクトが強すぎて退院したと報告だけしてすぐ切った。あれ、本物だよね。偽物じゃないよね。

『あなたなら大丈夫よ、ほらお帰り』

 そう言って大きな剣を渡してきた知らないばあちゃん。
いやあの、意味わからない。説明してよ。たぶん理解できないけどちゃんと話そう。まず銃刀法って知ってるかな。

『いくぞっ、野郎ども』

 元気に叫ぶばあちゃんと、威勢よく返事をしてあとに続くじいちゃんたち。ばあちゃん親衛隊かな。私いつの間に加入したの。今すぐ脱退したいよ。

 ズルズルと引きずられて外に出た。化け物いっぱい。
 でもなんか楽しくなっちゃって、ばあちゃんと背中を合わせて剣を振り回した。じいちゃんたちの黄色い悲鳴なんて初めて聴いた。もう二度と聴きたくないけど、気持ちはわかる。

「ばあちゃん、かっこいい…」




 こういう出会いがあるなら、入院するのも悪くないね。


 

              【題:さあ行こう】

6/3/2025, 2:04:32 PM

 ――また、青い影が揺れている



 毎年この時期になるとぎこちない空気が漂う。
ただでさえ湿気で重怠いのにさらに息苦しさが重なってきて耐えられない。用意された夕飯に雑にラップをかけて冷蔵庫にしまって、物言いたげな両親を無視して自室に閉じこもった。

 ドアに鍵をかけ、除湿機と扇風機の電源を入れる。エアコンは昨年壊れてからまだ直してもらってないから動かない。自業自得なことにもイライラして仕方がない。
 ベッドに倒れ込み、セクシーポーズをキメてる大根クッションを無言で殴る。こいつに恨みはないがそのポーズがなんか腹立つのだ。たっぷり詰め込まれた綿が拳を受け止めては押し返してくるのも腹立つ。妙にまとわりついてくる生地感も腹立つ。安っぽい印刷も変な位置にあるタグも全部腹立つ。

「…なんなんだよっ」

 ゆらり、ゆらり。
 電気も点けていない夕方過ぎの暗い部屋に不自然な影が揺れる。青く、暗く、水面を思わせるような影。
 恐怖はない。影は死んだバカ姉のものにそっくりだからだ。生前と同じように俺にベタベタとひっついてくる。こういう荒れてる日は、特に。


 あの日もそうだった。
 泳げないくせに川に飛び込んだ俺を追いかけてきた姉。
 足掻きながら沈む俺を押し上げて、沈んでいった姉。
 岸に引き上げられたあと振り返ったとき、
 透明度が高かったからみえてしまった。

 『危ないから一人で行っちゃダメだよ』

 その約束を無視した結果が、
 この目に、
 この身に、
 焼きついて離れない。


 きっと青い影は俺にしかみえない。
俺はとっくに狂っている。壊れている。姉を殺したくせにのうのうと生きて、今日、姉の命日に、姉の年齢に並ぶ。
決して償えない罪を償いたいのに、生かされた命を無駄にできない。こんな、こんなの。腹立つ腹立つ、バカ姉。

「なんなんだよ」



              【題:約束だよ】

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