「私の孫に手を出したら許さないからね」
何を言ってるんだろうこいつは、と。
言葉だけは威勢がいいのに、階下の安全圏から動きもしない。助けを呼ぶでもなくキャンキャンと喚くだけ。
抵抗するのも馬鹿らしくなって口を閉じて力を抜いた。相手もあまりのくだらなさにしらけたようだ。同情的な目で一瞥してから祖母を名乗るやつに暴言を吐いて去ってしまった。
昔からこうだ。
何ひとつ自分ではできない。
喧嘩も、遊びも、何も。
あの後?祖母を名乗るやつは相手が去ったのを確認してすぐに帰っていったよ。次の日、一対一で顔を合わせたときに大丈夫かと聞いて、私がいるからねと抱きしめてきた。わかるかな、このズレが。吐き気のする一人芝居が。
今日も今日とて引きこもり日々を浪費する。
何もしない自分を嫌うことも変わるための努力もしない。周りに責任を求めようとして、どうしても自分の無力さに帰結する。
虹の橋を渡った相棒たち、人ではないのだけど、を追いかけたくてその方法を探している。最後まで遮らず否定もせず同調も哀れみも八つ当たりもなく言葉を聞いてくれたのは相棒たちだけだ。それを失って悲しむ間もなく次はどれにするかなんて、心がないのか。いや心がないからこそ人間なのか。自分も、そうなんだろうか。
ほらね、もう何が言いたいのか分からない。
言葉をもつ人から言葉を取り上げるとこうなる。
思考すらままならなくなる。
何か、ひとつでも、できることをちょうだい
【題:七色】
壊れてほしかった、ずっと。
私はね、気づいていたよ。たくさん笑ったあとで皆の視線が外れた瞬間に一切の感情が抜け落ちるところ。あなたも気づいていないようだけど、声もなく『くだらない』と呟いている。
そうやって曇っていくあなたの全てがほしい。
いつか二度と元に戻せないくらいバラバラになって捨てられてしまう、その時を待っている。味方でもなければ偽善者でも悪役でもない。風に吹かれて溶ける煙のようにゆっくりと蛇行しながら消えるあなただ。
誰に憎まれたって、この歪みこそが愛だ。
あなたはそれを知っている。だから誰にも求めず自分自身にも期待しない。色褪せたつまらない世界を目に映して不安や恐怖にゆるく締め上げられる首を撫でる。仕草の一つ一つに終わりを連想させる丁寧さがある。
そうやって作られた丁寧な作品を私と一緒に、ね。
壊して、壊れて。
次は私があなたに終わりを運ぶ。
そう、期待して夢みているのでしょう。
あなたも、私も。
【題:曇り】
―――人を殺す言葉ってなんだと思う?
聞き覚えのある質問に振り返る。彼はスマホから目を離さないまま、つまらなそうに動画を眺めているだけ。
最近よく見かける広告のフレーズだった。ダラダラと長ったらしい語りが始まりかけたとき、その無機質で責めるような声が止まって代わりに可愛らしい女の子の歌声が流れた。生き生きとした明るく愛嬌たっぷりの甘い声。さっきまでつまらなそうだった彼を笑顔にさせる声。
人を殺すのに、言葉は必要なのだろうか
その声だけで十分なのでは
嫌な女だなと我ながら思う。推しなら自分にだっているし趣味であることはお互いに理解して必要以上に踏み込まないようにしている。タガを外れるようなら殴ってでも止めることを約束しているが、趣味の範疇を超えたことは一度もないのだ。そこは心配していない。
嫉妬、というにはあまりにも根が深いし、そもそも彼とか彼の趣味とかは関係ない。自分のトラウマやコンプレックス、不安や恐怖がぐちゃぐちゃに絡まってどうしようもなくて、画面の向こうの女の子に八つ当たりしたいだけだろう。だから彼の趣味には関わらないようにしている。
自分が、可愛い女の子だったら、なんて
でも、きっと、そうじゃなかったから。そうじゃなかったからこうやって彼の隣で、手を繋いで、並んでいられるのだ。
勝手に嫉妬して勝手にマウントとって満足して忙しい生活をしていられる。自己中だなとか自分が1番よく分かってるから何も言わないで。
【題:手を繋いで】
「まともな人間になりたかったな」
「なにそれ」
ケラケラと笑うキミを守りたかった。
毛布に包まれて運ばれていくのをみていた。
それしかできない。
キミに触れることもできない透明な手が大嫌いだ。
【題:叶わぬ夢】
『お手すきの際にどうぞ』
その言葉が大嫌いだ、虫酸が走る。
まず大前提として、俺は自己愛が強い。人の予想を遥かに上回る熱量で自分という存在を自分で褒め称えている。ナルシストではない。というか自分が好きではないし誰よりも優れているとは思っていない、むしろ劣っていると自覚している。自己『愛』なんて言い方するから誤解されるんだろうけど。
誰かに認められたい!
認めてもらえるほどの能力も何もない…
でも認められたい褒められたい!
だったら自給自足すればいいんじゃね?
そういう単純な思考でもって俺の自己愛は加速していったのである。だから常にご機嫌で笑顔で心穏やかに日々を過ごしているのだ。
最も勘違いしてほしくないのは、常にご機嫌だからって悩みや負の感情がないなんてことはない。むしろ悩み抜いて出した解決策がそれだけだったと声を大にして言いたい。だから、俺を使って不幸に浸るようなことをするな。
冒頭の言葉はへりくだった、まあ、ただ相手をいい気分にさせるための言い回しだと分かってはいるのが、どうにも己や己の努力を踏み潰しているように感じて嫌いなのだ。
時間をかけて作り上げたものを片手間で軽く扱われるのを容認する言葉。頑張ったのに頑張ったとアピールできない、頑張りを誰かに認めてもらうチャンスを溝に捨てるような行為。
俺以外にも、なんか聞いてて不快な言い回しがある人っているのかね。こんな話すぐバカにされるから誰にも言えずにモヤモヤする。
ああ、ほら。俺はちゃんと能天気なだけじゃないだろ?
…ちゃんと、何かを考えられるんだ
【題:心のざわめき】