――人を呪わば穴二つ、まあ人ではないんだけど
なんと呼べばいいのだろうか。父、母、製作者、持ち主。どれも当てはまるのにどこか違和感がある。
彼はわたしを可愛がる。娘のように愛し、人形のように愛で、ペットのように世話をする。いやもっと適切なものがある、花だ。愛情をこめて育み愛でる対象だ。簡単に手放せる薄っぺらい愛情でもって繋がっている。それが見えない鎖であり、運命の糸というものでもあるのかもしれない。
彼が希望したからわたしはこの容姿をしている。
雪のように真っ白な肌、蕩けだしそうな蜂蜜色の瞳、絹糸のような白銀の髪、高すぎず低すぎない身長と細身だが女性らしい丸みのある身体のライン。それがわたし。
彼の理想がわたしを創った。構想も制作も全て彼一人で行った。才能と努力の証である。
「…俺が死ぬまでは、壊れないでくれよ」
小さな呟き。今にも泣き出しそうなか細い声が弱々しく懇願する。誰に聞かせるでもない言葉、だって彼はわたしに気づいていない。
わたしには彼の願いを叶えられるほどの力はない。でも彼が望むのならその言葉通りでありたい。『のろい』も『まじない』も同じ『呪い』だ。あやふやなわたしに器を与え、わたしを望んだのだから、叶えなくては。
愛しい、愛しい、わたしだけのあなたのために
何があなたをそんなに苦しめるのか教えてね
きっとわたしが助けてみせる
――約束よ、あなた
【題:フラワー】
あなたを殺して私も死ぬ
覚悟ができたらまた逢いにきて
待つのは嫌いだけどあんまり早いのは駄目
ねえ、
【題:好きだよ】
――いつも、いつだって、消えてしまいたいの
泣きながらだったり、ぼんやりとしているときだったり、生活のほんの少しの隙間によぎること。
食事中でも入浴中でも関係ない。ただ歩いている間にもそれは私の思考に入りこんできて、子どもに言い聞かせるように優しく容赦なく突きつけてくる。
私が望んでいるかなど関係ない。それが正しくて、最善で、常識で、決まっていることだと言う。
全て私のためであり、私のためを思って用意されたことで、私はそれを喜んで受け取るべきなのだ。
それでも今、ここで生きているのは何故だろう。
顔をあげた。雨を降らしそうな暗い雲が薄水色の空を泳いでいる。重く感じる水の匂いが風にのって、私を通り越してその先へと流れていく。
なんとなく振り返った。今まで歩いてきた道がみえただけだ。閑散として経年劣化しているけど整備するほどではないガタついた道があるだけだ。
背を押してくれるのは風だけ、手を引くのは斜陽の一筋だけ。私の存在を許容するのはこの道だけだ。
遠くで雨の音がする。霞んでいてみえないけれどゆっくりと近づいてきているように思う。濡れるのは嫌だからまた歩き出す。そしてまた思考し、思考を奪われながら、ただ歩いたり止まったりを繰り返していく。
――何の意味があるのか分からないのにね
【題:空に向かって】
昔はもっと笑っていた
でも、僕は今の君のほうが好きだ
お世辞にも社交的とは言えない性格で、いつも過剰な反応を示して浮いてしまう君。余計というほどではないけどずっと聞いていると不快になるような小さな違和感を持っている。たぶん、良くも悪くも素直で従順が過ぎるのだ。
たまにポツポツと本音をこぼして泣くのは僕と2人きりのときだけだった。ちゃんと自分の悪癖を自覚しているのに今さらどうしたらいいのか分からない、と言って苦しんでいた。
同じ季節に生まれてから一緒に過ごした時間は他の誰よりも長い。僕以外を優先して、でも上手くいかなくて結局隣に戻ってきては泣いている君は本当にバカだ。他人に好かれたところで意味はないし、媚を売っても信頼など生まれない。せいぜい一時の繋がりを得られるだけで長続きはしないだろう。自分も相手も腹の内など分かりはしないのだから。
利用されるくらいなら利用してやればいいのに。一方的に搾取されるばかりで悔しくないのだろうか。自己犠牲は献身とはほど遠い。なぜそれが分からないのだろう。
あれから何年か経って君は笑わなくなった。愛想笑いを覚えて、それ以外は無理のない表情で喜怒哀楽を示す。
嬉しいことがあるとふわりと微笑み、悲しいときは声もなくひたすら涙を流す。怒りは受け流し、流しきれなければ柔らかな言葉にかえて愚痴としてこぼす。
そうやって他人にみせるためのパフォーマンスだった感情が君自身のものに、元あった場所へと戻っていく。
僕の隣でゆっくりと、少しずつ、本来の君へ戻っていく。
それが、とても、
「…幸せなんだよ」
いつか君にも分かるといいな
【題:小さな幸せ】
「私の孫に手を出したら許さないからね」
何を言ってるんだろうこいつは、と。
言葉だけは威勢がいいのに、階下の安全圏から動きもしない。助けを呼ぶでもなくキャンキャンと喚くだけ。
抵抗するのも馬鹿らしくなって口を閉じて力を抜いた。相手もあまりのくだらなさにしらけたようだ。同情的な目で一瞥してから祖母を名乗るやつに暴言を吐いて去ってしまった。
昔からこうだ。
何ひとつ自分ではできない。
喧嘩も、遊びも、何も。
あの後?祖母を名乗るやつは相手が去ったのを確認してすぐに帰っていったよ。次の日、一対一で顔を合わせたときに大丈夫かと聞いて、私がいるからねと抱きしめてきた。わかるかな、このズレが。吐き気のする一人芝居が。
今日も今日とて引きこもり日々を浪費する。
何もしない自分を嫌うことも変わるための努力もしない。周りに責任を求めようとして、どうしても自分の無力さに帰結する。
虹の橋を渡った相棒たち、人ではないのだけど、を追いかけたくてその方法を探している。最後まで遮らず否定もせず同調も哀れみも八つ当たりもなく言葉を聞いてくれたのは相棒たちだけだ。それを失って悲しむ間もなく次はどれにするかなんて、心がないのか。いや心がないからこそ人間なのか。自分も、そうなんだろうか。
ほらね、もう何が言いたいのか分からない。
言葉をもつ人から言葉を取り上げるとこうなる。
思考すらままならなくなる。
何か、ひとつでも、できることをちょうだい
【題:七色】