シシー

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11/17/2024, 6:11:42 AM

 何十年かぶりの家族旅行だった。身体は疲れきっていたけどまったく嫌な感じはしなくて、心地よい疲れとはこのことかと納得する。こういう疲れならたまにはいいかもしれない。そう思いながら帰りの飛行機に揺られながら目を閉じた。


 たぶん、これは夢なのだろう。眠る直前まで小さな窓の外をみていたからこんなにもリアルな夢をみているのだ。
 飛行機の翼に何かがしがみついている。高速で雲の中を飛ぶのを楽しむように、鳥のような羽に覆われた手のようなものを広げて風を受け、そして流す。
気味の悪いそれをみていたら、黄色の目がギョロリと私の方を向いた。鳥のように大きくてまん丸な目が、人間の顔に無理やりはめ込まれている。なのに口や鼻は人間のまま。
あまりの光景に目も離せずにいると、それは勢いよく飛行機の翼から機体へと這ってきて小さい窓いっぱいに顔面を押しつけてきた。無感情だった顔が喜色いっぱいに笑う。とても嬉しそうで、幸せそうで、安堵しているように感じた。でも気持ち悪い、すごく気持ち悪い。得体のしれないものに喜ばれる自分の存在すら気持ち悪くなるような、そんな顔。
 これは夢だ、夢でなければいけない。なんで、どうして、こんな夢を。

 ガクン、と大きく機体が揺れた。驚いて目を瞬かせると同時にアナウンスが流れる。もうすぐ着陸するという内容だった。ハ、と短く息を吐き出して、横顔を照らす夕日に気づいた。どうやら雲を抜けたらしい。夕闇と眩しい黄色の光が混ざってとてもきれいだった。そう、夕日はきれいだった。きれいだったんだ。とても、きれいで、きれい。

「…あの子と同じ」

 そういえば、夢の中のあいつも同じ顔してたっけ。
 あの子はもういないのに、変なの。

 

             【題:はなればなれ】

11/11/2024, 9:04:24 AM

「おまえってススキみたいだよな」

 からかうような軽い口調で言われてムカついた。ようやく退院した幼なじみを見舞いにきたというのにあんまりな言いようだ。
確かに女性らしさの欠片もない貧相な身体つきに適当に纏めただけのパサついた髪はススキに似ているかもしれない。が、だからって顔を合わせてすぐに出てくる言葉にしてはひどすぎる。

「今のあんたの方がよっぽどススキみたいだよ」

 1年前は制服のズボンに肉がのるくらいぷよぷよだったくせに、どこもかしこも骨張って細い。ノリで買ったダサい文字Tも全然似合ってない。
退院祝いに買ったこのTシャツも似合わないんだろう。何もかもムカつく。
 黙って退院祝いを押しつけて帰ろうとしたら、鼻で笑われた。

「花言葉わかるくらいの可愛げないのかよ」

 最後までムカつくやつだな。

                【題:ススキ】

11/7/2024, 2:19:35 PM

 ここはとてもいびつだ。歪んでいる。
みんなが愛を望んで、そればかりに夢中になって誰かに与えようなんて考えもしない。こんなにいるのに誰も与えないから誰も得られない。そこにないのに求めるだけ。ないものねだりだ。

 母に愛を求めて狂ったフリをする姉は、結局母だけでなく父にまで愛されずに泣き崩れた。
 狂った娘を悪者扱いして被害者のフリをする母は、父の言葉の意味を理解しないまま愛されていると思い込む。
 母娘喧嘩の仲裁をするフリをする父は、何かあると必ず頼ってくる母にだけ優しくして愛を確認する。

 あい、アイ、愛…、ぜーんぶ〝愛〟のため

 くだらない家族ごっこを繰り返してまるでそこに親子や夫婦の愛があると信じて疑わない。執着や依存でベタベタに貼り合わせただけの狂気を愛だと言い張るのだ。
 同じ顔をした姉を連れて部屋に戻る。破れた古くさいパーティードレスを踏みつけて可哀想な姉を連れていく。鬱陶しい親戚どもに親という名の狂人を押しつけて姉の相手をする。

 向かい合って座り、泣き続ける姉と顔を合わせる。同じ造形で同じ髪型をして同じ服を着る双子。周りの理想を押しつけられ個性を全否定される、好き勝手に操られる人形のようだ。

「あなたとわたしはちがう、ちがうんだよ」

 だからその顔で愛を求めないで、とは言えない。
でも姉までわたしたち双子を同一視してしまったらふたりとも消えてしまう。ちゃんと別の人間なんだから間違えないで。

「あんな狂人なんかと一緒にならないで」

 どうやったらあなたもわたしも救われるのか一緒に考えてよ。傷つかないで、悲しまないで、無理に笑わないで。
あんな奴らのために存在しているわけじゃないって言ってよ。


            【題:あなたとわたし】

10/30/2024, 6:44:54 AM

 がんばれって言われてがんばれたことなんて1つもない

 深夜、小腹が空いてキッチンを漁っていたらあいつが来た。足音も立てず静かにやってきたのだろう。振り返ったら出入り口の前にいるあいつとバッチリ目が合って驚きすぎて声も出なかった。
冷凍庫でみつけた誰かのアイスを隠しつつ、水切り台に放置されたスプーンを掴んでダイニングに移動する。あいつは俺がソファーに座るのをみて、また静かに俺の隣へとやってくる。ジッと観察するような視線が頬に刺さるのを感じながらアイスを頬張る。ここまできて隠す意味などないが、こういうのは少し背徳感があったほうがおいしいものだ。
 あいつは俺の膝に頭をのせて寝転がる。そしてまたジッと観察してくるのだ。責めるでもなく、よこせというでもなく、俺の一挙手一投足を注視する。なにか期待しているようにもみえなくはない。あいつはけっこう打算的なところがあるから。

 何も言わないのをいいことに少し愚痴をこぼす。不満のような不安のような、責任転嫁したいがその度胸すらない情けない自分のことをポツポツとこぼす。
掬ったアイスが溶けて、一粒あいつの頭に落ちた。それを器用に手で拭って舐め取るあいつはいっそふてぶてしく感じる程に不満そうに鳴いた。

「…猫に何言ってるんだろうな、俺」

 空になった容器を差し出せば、待ってましたと言わんばかりにカップに顔を突っ込んだ。なぜか昔から甘いものが好きでおこぼれをもらうためなら何でもするやつだ。
 この猫のように生きられたらきっと楽しいだろうな。



             【題:もう一つの物語】

10/29/2024, 3:32:24 AM

 昔から魔法少女は私の憧れだ。
魔法のステッキを片手にふわふわのスカートとリボンたっぷりの装飾のワンピースで決めポーズをする姿が大好きだ。
敵を倒すシーンや他のストーリーには目もくれず、オシャレに変身してからの決めポーズまでしか記憶にない。たぶん魔法少女よりオシャレな変身が好きなんだと思う。
 自分がそうなりたいとは思わないし、画面の中でしか観られないところに憧れが詰まっている。夢は夢のまま綺麗なままでいてほしいという私のこだわりなのだ。

 真っ暗な部屋に帰ってくると沈んだ気分が少し和らぐ。明かりをつけて引き出しに隠したノートとペンを机の上に並べたらもう最高だ。ページをめくるたび架空の魔法少女と私好みの衣装が現れてワクワクする。映像をつくれるほどの技術はないけど絵を描くのは割と得意だ。ネットや本で服飾の情報を集めて、人体の描き方も勉強して、憧れの魔法少女を描く。
 なんの楽しみもない人生に花を添えてくれる可愛くて素敵な魔法をつかう特別な存在。いつか映像もつくってみたいな。



             【題:暗がりの中で】

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