満たされないことが救いなのかもね
些細なことだった。別にすべての人が肯定するとは思ってなかったし、否定してくる人やバカにしてくる人がいるのも知っていた。ただ僕にはそれが致命傷になって、一番大事な部分が壊れて二度と戻らなくなった。
怒りや悲しみ、それ自体はいつどんなことで感じようと問題はない。理不尽なことに腹が立つのも、誰かとの決別に涙するのも、それはただ感情があるから起こることだ。
悪いことではない、悪いのはその感情の処理の仕方だ。
怒りに任せて殴りつけるのは怒りをコントロールできていない証拠で、悲しいからと相手を縛り付けて離さないのは悲しみに飲み込まれている証拠だ。
そういう経験を大なり小なり経験しながら感情の処理方法を学んでいく。そうした過程で生まれる罪悪感も時間薬と脳の忘却機能で薄らいでいく。
それらが機能しなかったら、どうなるのだろう。
怒りも悲しみも常に飲み込んで、笑顔を張り付けて誤魔化し続け、言葉を噛砕して、感情も感情表現もすべて悪として無視し続けたらならば。
初めは、『優しい人』でいられた。
その次は、『つまらない人』になった。
そのうちに、『気持ち悪い人』に変わった。
段々と、『病んだ人』になって、
ついには、『いらない人』と成り果てる。
望まれたはずなのに、与えられた役割に忠実だったはずなのに、どうして、どうして。そればかりになってしまう。生きることを否定されるのに、死ぬことは許されない。本当にずっと、どうして、としか言えなくなる。
感情をコントロールすることと、感情を殺すことは全くの別物だと気づかないお前が悪い
だってそう望まれたから言われた通りにした
人のせいにしてどこまでも汚い悪人め、恥をしれ
恥も罪も被って、罰まで肩代わりしたのにこれ以上どうしろというのだ
また人のせいにして救いようがないな、少しは自分で考えろ迷惑をかけるな
正論が苦しいのはこういうことなのかな、なんて考えてしまう。誰よりも人に尽したはずが、誰よりも周りも現実も見えておらず、利用しつくされた挙句積み上げた努力はすべて虚像でしたって結末。
優しさや病気だなんて言葉に当てはめても納得できないこの気持ちは、悪いものですか。これは感情と呼んでもいいのでしょうか。もし感情だというのならどう処理したらいいのでしょう。分からないのです、助けてくださらなくて構いませんから教えてください。それも駄目ならばあなたの話を聞かせてください。
この世界でどう生きてきたのか、聞かせてください
【題:この世界は】
目を閉じたあとの時間を、愛している
夢というものは、記憶の整理をしているとか抑圧していた願望だとか色々言われている。そんな科学的な理由やスピリチュアルな分野はよく分からないから自分が信じたいものを信じたらいいと思う。
だから私は、夢とは常識外れの物語だ、と信じている。
お前のせいだと睨んでくる親友もフレンドリーな人喰いの化け物も、全てが現実とは違う常識の中で生きているのがたまらなく面白い。
平素では考えつかない幸福な時間や考えたくもない酷い状況をポンポンと生み出しては、その中で当たり前のように過ごす自分や自分ではない誰かの視点をぐるぐると巡る。
現実に限りなく近くて遠い私だけの物語。
最近見た中でちょっと後味がうわぁってなったものをご紹介。
小6のときに使っていた教室に小学校から高校までの印象深いクラスメイトが集まっていた。特に仲良くもないメンバーでかなり居心地は悪いが、廊下側の一番後ろの席だったからまだ耐えられた。
本来私の席の後ろには掃除ロッカーが置かれているのだが、なぜか縦長の水槽が置かれていた。3分の2くらいまで水が入っていて、水面スレスレに餌入れのトレーが固定されており中身は空っぽ。前面にのみスライド式の開け口と空気孔があるだけで他に開けられるところはない。
そんな不便でしかない水槽の中には人型の何かがいて、頭だけ水面から出して、手足で常に水を掻いてプカプカと僅かに浮き沈みを繰り返している。目も口も黒い点のような空洞で落ち武者のようなザンバラハゲの気持ち悪い見た目だった。
みんな何も言わないし気にもしていない。私だけがそいつが立てる水音と視線を煩わしく思っている。
4限目が残り半分で終わるという頃になって、そいつはいきなり開け口を自力で開けて、ほぼ皮と骨だけの腕を伸ばしブンブンと振り回しはじめた。無視していたら次は餌入れのトレーを掴んで外に手を出し、教卓まで届くんじゃないかってくらいまで腕を伸ばして生徒の頭上でブンブンとトレーを振り回した。
もうこの時点で気持ち悪さが天元突破して逃げ出そうと思ったのだが、奴は私の真後ろにいてまだもう片手は自由に動かせると考えると動くのも怖い。
こっそり隣の子に、どうにかしてよ、と頼んでみたがゴミをみる目ではあ?と言われたのでそれ以上何も言わなかった。カースト上位だかなんだか知らんがその面引っ叩くぞと思ったけど我慢した。
そのうち人型ハゲはトレーを天井にぶつけてうるさくし始めたのに誰も何も言わない。私はイラつきを抑えきれなくなって、静かにしろやハゲ、と叫んでしまった。ハゲは腕を戻して静かになった。相変わらず私を見つめているのが気持ち悪いが授業中だからと大人しく席に座り直したら教師に、いきなり大声を出すな授業の邪魔だ、と叱られた。
何言ってんだこのクソ教師、と怒りが再燃したところで目が覚めた。
なんというか、昔から教師に嫌われまくって目の敵にされていたことを思い出させる夢だった。あのハゲは何だったのかは謎だが悪いやつではない気がする。見た目はかなりホラーだったから生理的に受け付けられないけどね。
ほぼ明晰夢だったから覚えていられただけで実際はもっと長く夢を見ていた気がする。今回はこんなだったけど楽しいものもあるから、また夢を見たいし、これからも夢を見ていたい。
書いたあとに思い出した。
小学校基準の4限目だからこのあとは給食の時間だった。
誰も反応しないのに自分だけは気になって仕方がない感覚、特に4限目ならではの焦燥感と楽しみ。
あのハゲはもしかして、腹の虫?
【題:夢を見てたい】
振り返りながら髪を耳にかけて微笑む、ただそれだけで可愛いと言われる時代は終わってしまった。
CMや漫画などでよく見る仕草であるのも頷けるくらい魅力的なワンシーンだ。まあ前提条件に美少女であることが付け加えられるわけだが、若さがあればどうとでもなる。
青春真っ盛りで、自分自身がヒロインだと心の底から思える無敵メンタルは10代までの特権だと思う。だからこそシンプルな仕草だけでキラキラと輝くのだ。一切の邪念や諦念が混ざらないその純粋さが一番の宝石である。
「気持ち悪いこと考えてる暇あったら働けー」
気持ちは分からんでもないけどね、とバイト仲間のおねーさんは肩を竦めた。
言葉遣いは荒いが面倒見のいいまさにおねーさんである。メイクもオシャレもこの人から教わったし、汚客対応の極意までしっかり叩き込んでくれた最高のおねーさんだ。
「そっか、もうすぐ成人式か。メイクしてあげようか」
楽しげに振袖の色や髪型やアクセサリーはどうだと尋ねてくるおねーさんに、私は苦笑するしかない。
「…もしかして参加する気ない?」
はい、と答えて視線を泳がせた。振袖のレンタルもできるくらいには余裕はあるし、多くはないが中学時代仲が良かった友人もいる。だからこそというか、過去の自分を覚えている人に会いたくない。
「なになに?悪いことでもしたの」
悪い顔をしながら、これまた楽しそうに聞いてくるのでどう説明したものかと逡巡する。結局、黒歴史があるんです、としか言えなかった。内容は絶対に言えない。
「アタシも参加しなかったし大丈夫、大丈夫」
何か察してもらえたようで励まされた。でも何を想像したのか、とても生温かい目でみられるのでいたたまれない。
その日は一緒に飲もうかと誘われたので、お高いやつ飲んでみたいです、と答えた。贅沢者め、と笑って流してくれるおねーさんが本当に大好きだ。
黒歴史が、勘違いブスの暴走、なんて知られなくない。
めちゃくちゃ恥ずかしくて記憶を消したいよ。
【題:20歳】
ねえ、もう1年経ったよ
朝日が昇る、ご来光とかおめでたい言い方もあるけど私にとっては単なる時間経過を知らせる単位でしかない。
寝て、起きて、寝て、また起きる。
ずっと帰ってこないあなただけを待っているの。
日の出とともに、どこかへ行ってしまった。なんかの歌で希望がどうのと歌うものがあるけどさ、初めから何もない私にはどれだけ明るくても常に影が差してばかりなんだよ。
天井から吊ってゆらゆらと揺れる蜘蛛の糸に無力感が湧いて、慈悲の欠片すら恐ろしい責苦の一部に変わって逃げられない。絶望と諦念はもはやセット売りされている。
浄化されずに残ったこの心はどうすればいいのでしょうか。
ずっと待っているのに変わらないのは、やはり私のせいなのでしょう。手を離さなければ、いや、そもそも届いていればこんな思いはしなかった。
すっかり冷え切って固くなった丸い頬を撫でる。
反射ばかりでその目に映るのが私かも分からない。
分かっていた、知っていた、その弱さは何度も私に見せてくれたあなたなりの誠実の証だったのだろう。
「寒かったねぇ」
雪なんてもうほとんど珍しいものだ。
自分には関係ないと、言えたならよかったのに。
「寂しいなあ、酷い人」
【題:日の出】
あの目、軽蔑を滲ませておいて嘘をついてる、
「卑怯者」
あの人は確かにそう言った
何もかもがぐちゃぐちゃだ。
口の中に広がる甘美な鉄臭さも、痛みに歪む顔も、絶え間なく溢れる血潮も、服も床も真っ赤に汚れてる様も、全部がぐちゃぐちゃだ。
私だって信じたくはなかった。でも自身の存在こそがその証明で、それは紛れもない事実なのだ。
―――ダンピール、吸血鬼の混血児
物語の中の存在だとばかり思っていた。
母親は死んだと聞かされていたし、父親は幼い頃に病死していて顔もまともに覚えていない。施設で育ったけれど、シスターにも司教様にも指摘されたことがない。ちょっと八重歯が鋭いだけの普通の女の子だったはずなんだ。
血をみても美味しそうとは思わなかった。なんとなく胸がざわついたくらいで、ただ血が苦手なのだと思い込んでいた。
結婚した、優しい人だった。夫だけは優しかったけど義理の家族は冷たい人たちだった。ずっと子供のできない私を疎んでは離婚させようと躍起になる人たちだから。
夫と2人で他の街へと引っ越した。優しい彼とならどこでもよかったの。
初めて子供を妊娠したとき、すごく嬉しかった。
まだ胎動すら分からない薄い腹を夫と一緒に撫でながら将来のことを話し合った。幸せな一時だった。
調子が悪くて、つわりがはじまったのだろうかと横になったときだった。唐突に酷い空腹と口渇を感じて、物を食べては吐いて水を飲んでは吐いてを繰り返した。満たされない身体を労ってくれる夫をみて、正確にはその首筋の奥に隠れる血管をみて、これだと確信した。
甘く芳しい匂い、愛する人の匂い、欲を掻き立てる匂い。
夫は、子供の心配をしながら息絶えた
私に対する恨み言などなく、私とお腹の子を愛していると言い残して私の腕の中で眠った。どれだけ声をかけても揺さぶっても起きやしない。
夜の闇の中で、キャンドルの灯りが揺らめくのを感じて振り返った。鈍く光る銃口が私を指していて、でもそんなこと大人しく受け入れられないから逃げ出した。愛する人に別れを告げる暇もなく、逃げることしかできなかった。
娼館の妓女が声をかけてきた。その子供は腹の中でしか生きられない、と。生まれてもすぐに死んでしまう運命なのだと言った。まあ当然だ。異種族間の、しかも不完全な混血児では妊娠できただけでも奇跡なのだ。
誰に言われずとも、なんとなく本能的に不可能だと察している。それでも愛する人との子を諦めきれないのだ。
妓女はそっと耳打ちしてから去っていった。
たくさんの人の血が子供の命を繋いでくれた。
もう何年も経って、お寝坊なこの子はようやく生まれる準備ができたらしい。痛む腹を撫でてから、薄れゆく意識の間に間に産声と祝福の言葉を聴いた。
私をこんなふうに産んでおいて放ったらかした母親と、私は同じことをする。
「…ばかな子」
最後に会ったときから姿形の変わらない妓女に私は微笑むことで返事をした。
【題:揺れるキャンドル】