シシー

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5/22/2025, 1:07:39 PM

 みんながいいよって言ったから美容院の予約をとった。

 もう12冊目になるノートを可愛くデコっていく。青色のノートだからこれからの季節に合う海をイメージしてみた。カラーペンでイラストを描き、シールやラインストーンでコラージュ風に仕上げていく。最後にわたしたちの名前を書いたら完成。

「喜んでくれるかな」

 ノートに今日の出来事と連絡事項を記して、机の真ん中に置く。ちゃんと希望の髪型からオーダー方法まで詳しく書いておいたから大丈夫だよね。
 次の日は目一杯オシャレを楽しもう。待ち遠しいな。



 アラームの音で目が覚める。最近流行りのポップで可愛らしい曲に変わっていたから昨日は『わたし』の番だったのだろう。
丁寧に手入れされた髪と肌は見事にツヤツヤプルプルで、部屋の中もクローゼットの中も夏仕様になっていた。さすが『わたし』だ。完璧でしっかり者の私たちのお姉ちゃんは頼りになる。
 机の上のノートはデフォルメされた私たちの似顔絵ときらめく海面をモチーフにしたコラージュで可愛らしくデコレーションされている。

「かわいい」

 まじまじとデコレーションされた表紙をみて堪能してから中を確認した。前の日から1週間経っていたから11冊目も確認しておかなければいけない。とりあえず昨日の記録を読んで、美容院の予約がされていることが分かった。オーダー方法からその内容を書いたメモまである。抜け目ないな、ありがたいけど。
 時間までまだ余裕がある。作り置きされているだろう朝食を食べてゆっくり支度しよう。

「便利な人格ばっかりだったらいいのにね」

 私のようなだらしないやつは出てこなくていいだろうに。この身体は大変だな、本当に。




             【題:昨日と違う私】

5/18/2025, 11:37:58 AM

 紅を差して、今日もまたステージにあがる。

 トンッ、と弾みをつけて光の真ん中へ飛び込む。
手首につけた鈴をシャンシャンと鳴らし、鮮やかに染められたシルクを泳がせる。
 ほう、と嘆息を漏らす客の姿を確認して自然と口角が上がる。曲と曲の間で動きを止めると焦れた様子の客がコールする。

「舞ってくれ」

 ただその一言に従順であること。それが私の仕事だ。
 客を楽しませてチップを上乗せしてもらえるように愛嬌を振りまくのも忘れずに。特に熱心に観ている客にはサービスしておく。

「待って」

 ステージから降りた途端に呼び止められる。振り返ると真っ赤な顔をした酔っぱらいが金貨をひらつかせ、いやらしく笑っていた。定番の誘い文句を言おうとするから手近な見習いを呼び寄せて花飾りのついた籠を酔っぱらいに向けさせる。
こういう店では舞手や見習いに手を出すのはタブーである。見習いに気をつけるよう耳打ちして、ウエイターに告げ口しておいた。これからあの客は出禁になるだろう。

「夢をみるのは勝手だけれど、ルールは守らないとね」



               【題:まって】

5/18/2025, 8:20:47 AM

 身体の芯から火照る感じがして目が覚めた。

 グラグラと不安定な視界とほんの少しの息苦しさが気持ち悪い。熱でもあるのかと計ってみたが平熱だった。
起き上がるのも億劫だ。枕元に置いたボトルに手を伸ばして、でも飲む気力もなくてチャプチャプと音をたてて揺らす。ボトルの中で激しく揺れる水面はまるで荒れ狂う海のようだ。ここに船を浮かべたら一瞬で波にのまれて沈むだろう、なんて。
 ぼんやりと眺めていたら、つい先日やっていた映画を思い出した。あれは流氷にぶつかったのが原因だったか。
冷たい海に放り出されて凍えたり、水の力に飲み込まれ溺れたり、さまざまな最期をみた。
 ラストに投げ入れたハート・オブ・ジ・オーシャンは誰に届いたのだろうか。

「…私には縁のない話か」

 身を挺して助けてくれるような愛ってどんなものだろう



           【題:まだ知らない世界】

5/15/2025, 2:51:14 AM

 バカには可能性がある。

 よく、勉強ができなくてもいい、とか言う人いるけどどのレベルの話なんだと聞きたい。言葉を理解して話せればいいのか、文字が書ければいいのか。お釣りの計算ができるだけの知識、テレビや新聞の情報を精査できるだけの知識、物事を効率的に回せる頭脳や器用さ。

 バカの基準はどこにある?

 忙しいという理由でゲームを与えられた。一人遊びできるように、手間を減らすために、時間を金で買う。
小さい頃はそれでよかった。親も周りも目の届く範囲で大人しくしている子どもは賢いと褒めた。
成長すると大人しいだけの子どもに不安を覚え無理やり外に放り出した。人間関係や勉強、社会経験を積んで大人になっても困らない準備をしろと叱りつける。なのに門限だの家族サービスだの金銭面などで子ども扱いをしてあらゆる活動に制限をかける。
 ゲームなんて、と与えて得をした人がそれを言うのだ。


 息を吸う。息を吐く。
当たり前のように褒められた生活をいきなり奪って怒鳴りときには手を上げる。
そりゃあ反抗したくなる。するに決まってる。今まで認められていたのに環境が変わるのを境に悪だと怒鳴られるのだから。
 息を吸う。息を吐く。
画面の向こうの友人は遥か海の向こうで笑っている。人間に生まれた宿命だと言った。納得できなくて不満をつらつらと並べた。

 ドアが開く。荒々しく、ノックという礼儀も欠いて、非常識だと怒鳴りつけてくる非常識な人が来た。
俺が英語で話しているのを目の当たりにして、目を輝かせた。学校の勉強にはついていけなくてバカだと罵った俺を天才だと評した。

 その日からまたゲームを与えられた。

 息苦しい。友人と話していただけだ。誰も教えてくれなかった優しさも喜怒哀楽もゲームを通じて友人が教えてくれた。それだけなのに、それだけを強制するのか。

 本当はさ、他の言語だって話すだけならできるんだ。
 ゲームの中ならあらゆる言語や知識が飛び交ってる。
 間違えてもやり直せる。
 失敗を重ねて経験値を貯めて知識も技術も増えていく。

 何より、大切な友人ができるんだ。



「…もう壊さないでくれよ」



                【題:酸素】

5/14/2025, 12:33:12 AM

 私は、自分の非を認められない。

 ある日を境に私は狂った、らしい。病気だと腫れ物扱いされて、治らなければ呪いだ祟りだと騒いで神社に担ぎ込まれた。
 神主さんが出てきて禊とか色々してから小さな舞台に乗せられた。背面、きっと壁があるはずの所を正面にして座り、残りの三方を外から和紙と鮮やかな色々の布を掛けられた。その疑似的な壁の向こうで炎が揺らめき、きつい香の匂いが立ち込める。
 私はぼんやりと正面にある障子をみた。声を出さぬようにと酒を染み込ませた布を噛んだまま、外で動き回る人の影をみていた。そのうちに祝詞か何かが聴こえてきた。学のない私には何を言っているのかさっぱりわからない。ただゆらりゆらりと震える影を眺めていた。

 悲鳴が聞こえた。いや、悲鳴のような叫びか。怒りや憎しみを音に乗せて不満を相手にぶつけるだけの意味のない叫びだ。言葉にもなっていないそれは、代わりに影を集めて形を作っていく。障子の向こうから映し出されているのにきっと外にも中にもいない、存在すらしていないものが存在していない場所にいる。そして私に向かって叫ぶ。

 謝ろうとした。私は悪くないのに、そうさせた周りが悪い。怖かったから同じように振る舞った、好きも嫌いもない、相手が誰であろうと関係ない、次が私でなければいいと思った。結局、私一人が周りの分まで罪を背負って袋叩きにあったのに、それだけじゃ足りなかったのか。
 だったら、だったらさ、

―――アイツらを連れて行け

 原因も元凶もわからないくせに私にあたるな。
心からの謝罪などされても受ける気はないだろう。私も同じだ。ただ恨めしい、憎らしい、許すことなどない。
同じにはなりたくないが、考えつくことは同じだ。皮肉なら聞き飽きた。嫌味も陰口も悪口も否定も罵倒も何もかも全てが壊した。私もこの影も同じ、同じ。

 影は大きな口を開けて、障子を捻じ曲げて私を喰らおうとする。ヤケになった子どもの癇癪のように、泣き喚きながら私を喰う、はずだ。私を殺せばこの呪いは終わり、次の人へ移る。自業自得だ。私も皆も死ねばいい。

 バキン、と音がした。何かが割れた音。

 障子が勢いよく開いて、立派な神棚が現れた。目を合わせてはいけないと直感して無意識に目を伏せる。ピンと張った糸のような張り詰めた空気が息苦しく、指一本動かせないほど身体が緊張する。シャン、と鈴の音がして伏せた視界に短刀を握る自分の手が映る。ひたりと首筋に添えられた冷たさに自分の状況を嫌でも理解する。
 こんなにも慈悲深く、容赦のない罰を私は受けるのだ。私のことをよく知っているのだ。非を認められないのに罰を受けることには積極的。償う気はあるのに相応の罰を受けようとしない。矛盾、結局は他責。

 刀を抜く。透明な穢れを知らぬ美しい刃だ。
きっと汚れた私を断ち、その罪も穢れも呪いじみた子どもの癇癪も全て晴らしてくれるだろう。
 穢してしまうこと、お詫び申し上げます。





 目を覚ますと舞台の上だった。

 短刀を握ったまま、首筋に刀を突きつけられたまま。

 私は座している。

 私は、まだ。

 私は、また。

 自分の非を認められないのだ。








 そういう夢をみた。
 過去の記憶がフラッシュバックして苦しかった。
 私はいつまでも身勝手だ。
 罪の一つ認められず、償えない。
 はやく私を殺してくれと、それしか言えないのだ。



               【題:記憶の海】

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