私は、自分の非を認められない。
ある日を境に私は狂った、らしい。病気だと腫れ物扱いされて、治らなければ呪いだ祟りだと騒いで神社に担ぎ込まれた。
神主さんが出てきて禊とか色々してから小さな舞台に乗せられた。背面、きっと壁があるはずの所を正面にして座り、残りの三方を外から和紙と鮮やかな色々の布を掛けられた。その疑似的な壁の向こうで炎が揺らめき、きつい香の匂いが立ち込める。
私はぼんやりと正面にある障子をみた。声を出さぬようにと酒を染み込ませた布を噛んだまま、外で動き回る人の影をみていた。そのうちに祝詞か何かが聴こえてきた。学のない私には何を言っているのかさっぱりわからない。ただゆらりゆらりと震える影を眺めていた。
悲鳴が聞こえた。いや、悲鳴のような叫びか。怒りや憎しみを音に乗せて不満を相手にぶつけるだけの意味のない叫びだ。言葉にもなっていないそれは、代わりに影を集めて形を作っていく。障子の向こうから映し出されているのにきっと外にも中にもいない、存在すらしていないものが存在していない場所にいる。そして私に向かって叫ぶ。
謝ろうとした。私は悪くないのに、そうさせた周りが悪い。怖かったから同じように振る舞った、好きも嫌いもない、相手が誰であろうと関係ない、次が私でなければいいと思った。結局、私一人が周りの分まで罪を背負って袋叩きにあったのに、それだけじゃ足りなかったのか。
だったら、だったらさ、
―――アイツらを連れて行け
原因も元凶もわからないくせに私にあたるな。
心からの謝罪などされても受ける気はないだろう。私も同じだ。ただ恨めしい、憎らしい、許すことなどない。
同じにはなりたくないが、考えつくことは同じだ。皮肉なら聞き飽きた。嫌味も陰口も悪口も否定も罵倒も何もかも全てが壊した。私もこの影も同じ、同じ。
影は大きな口を開けて、障子を捻じ曲げて私を喰らおうとする。ヤケになった子どもの癇癪のように、泣き喚きながら私を喰う、はずだ。私を殺せばこの呪いは終わり、次の人へ移る。自業自得だ。私も皆も死ねばいい。
バキン、と音がした。何かが割れた音。
障子が勢いよく開いて、立派な神棚が現れた。目を合わせてはいけないと直感して無意識に目を伏せる。ピンと張った糸のような張り詰めた空気が息苦しく、指一本動かせないほど身体が緊張する。シャン、と鈴の音がして伏せた視界に短刀を握る自分の手が映る。ひたりと首筋に添えられた冷たさに自分の状況を嫌でも理解する。
こんなにも慈悲深く、容赦のない罰を私は受けるのだ。私のことをよく知っているのだ。非を認められないのに罰を受けることには積極的。償う気はあるのに相応の罰を受けようとしない。矛盾、結局は他責。
刀を抜く。透明な穢れを知らぬ美しい刃だ。
きっと汚れた私を断ち、その罪も穢れも呪いじみた子どもの癇癪も全て晴らしてくれるだろう。
穢してしまうこと、お詫び申し上げます。
目を覚ますと舞台の上だった。
短刀を握ったまま、首筋に刀を突きつけられたまま。
私は座している。
私は、まだ。
私は、また。
自分の非を認められないのだ。
そういう夢をみた。
過去の記憶がフラッシュバックして苦しかった。
私はいつまでも身勝手だ。
罪の一つ認められず、償えない。
はやく私を殺してくれと、それしか言えないのだ。
【題:記憶の海】
5/14/2025, 12:33:12 AM