シシー

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4/16/2025, 11:29:09 AM

 何も知らない、知らなくていい


 白い大きな花が咲く垣根の向こうにあなたは立っている。もう夕暮れで朱色の光があちこちに差して、影を暗く落とす。
名前を呼んでみた。花が邪魔をしているのかあなたは辺りを見回すだけでこちらを見ない。
もう一度呼ぼうとして、口を塞いだ。僅かな隙間から見えたあなたの姿はとても綺麗だったから呼べなかった。

 遠くで私を呼ぶ声がする。ずっと、その声で、私だけを呼んでほしい。でも、もう駄目なんだ。


 傾く日に背を向けるのは私だけでいい
 光の中で笑うのはあなたであってほしい


 「こんな現実なんて知りたくなかった」


 その言葉で救われる私がいることも、全て忘れて頂戴。



              【題:遠くの声】

4/12/2025, 1:26:16 PM

 ゆっくりと、自分で首を絞めていくの


 心底愛しているだとか、誰よりも信頼しているとか、全然そういうものはない。むしろ何か特別な用事でもなければ関わりたくない人だ。
でも、私だけはこの人を理解して側にいなければいけないと思ってしまう。すごく嫌な人なのになんでだろう。

 手が上がったとき、冷静にその人自身を眺めてしまう。
表情、声音、話すテンポは基本で。手の高さ、開き具合、視線の先、口角。ちょっとした動作の一つ一つに楽しげな加虐心を探す。あんまり悠長にしていると痛いし、機嫌を損ねて意図せず加虐心をかき立ててしまうから素早くみて判断する。

 時折みせる弱さと、誰にも与えられなかった寄り添うという行為が忘れられない。どうしようもなく魅力的で手放すことができない。きっと私はこの人よりもこの人が与えてくれる対等な人間扱いが好きなんだ。
理解なんてしなくていい、だって今までずっと目を逸らされてきたのだから今さら何を言われたって届かない。


 ゆっくり、ゆっくりと、私は沈む


 ただバカにされてすり減るだけの日々より、多少の我慢と引き換えに求め続けたぬくもりをもらえる方がずっといい。どんなに狭い視野の中でも幸せというものは必ず映り込むのだ。過剰な自己防衛の末にようやく得られた安寧を他の誰にも邪魔させない。
 苦しさの先にあるものはハッピーエンドで間違いない。
少なくとも、私にとっては間違いない。間違いないの。

「…明日も、晴れるといいね」

 この人がみせてくれるものならなんだって、好きなの。



                 【題:風景】

4/7/2025, 3:10:55 PM

 ――人を呪わば穴二つ、まあ人ではないんだけど


 なんと呼べばいいのだろうか。父、母、製作者、持ち主。どれも当てはまるのにどこか違和感がある。
 彼はわたしを可愛がる。娘のように愛し、人形のように愛で、ペットのように世話をする。いやもっと適切なものがある、花だ。愛情をこめて育み愛でる対象だ。簡単に手放せる薄っぺらい愛情でもって繋がっている。それが見えない鎖であり、運命の糸というものでもあるのかもしれない。

 彼が希望したからわたしはこの容姿をしている。
雪のように真っ白な肌、蕩けだしそうな蜂蜜色の瞳、絹糸のような白銀の髪、高すぎず低すぎない身長と細身だが女性らしい丸みのある身体のライン。それがわたし。
 彼の理想がわたしを創った。構想も制作も全て彼一人で行った。才能と努力の証である。

「…俺が死ぬまでは、壊れないでくれよ」

 小さな呟き。今にも泣き出しそうなか細い声が弱々しく懇願する。誰に聞かせるでもない言葉、だって彼はわたしに気づいていない。
 わたしには彼の願いを叶えられるほどの力はない。でも彼が望むのならその言葉通りでありたい。『のろい』も『まじない』も同じ『呪い』だ。あやふやなわたしに器を与え、わたしを望んだのだから、叶えなくては。


 愛しい、愛しい、わたしだけのあなたのために

 何があなたをそんなに苦しめるのか教えてね

 きっとわたしが助けてみせる


 ――約束よ、あなた



               【題:フラワー】

4/5/2025, 11:23:05 AM

 あなたを殺して私も死ぬ

 覚悟ができたらまた逢いにきて

 待つのは嫌いだけどあんまり早いのは駄目

 ねえ、

              【題:好きだよ】

4/2/2025, 10:29:27 PM

 ――いつも、いつだって、消えてしまいたいの


 泣きながらだったり、ぼんやりとしているときだったり、生活のほんの少しの隙間によぎること。
食事中でも入浴中でも関係ない。ただ歩いている間にもそれは私の思考に入りこんできて、子どもに言い聞かせるように優しく容赦なく突きつけてくる。
 私が望んでいるかなど関係ない。それが正しくて、最善で、常識で、決まっていることだと言う。
全て私のためであり、私のためを思って用意されたことで、私はそれを喜んで受け取るべきなのだ。
 それでも今、ここで生きているのは何故だろう。


 顔をあげた。雨を降らしそうな暗い雲が薄水色の空を泳いでいる。重く感じる水の匂いが風にのって、私を通り越してその先へと流れていく。
なんとなく振り返った。今まで歩いてきた道がみえただけだ。閑散として経年劣化しているけど整備するほどではないガタついた道があるだけだ。
 背を押してくれるのは風だけ、手を引くのは斜陽の一筋だけ。私の存在を許容するのはこの道だけだ。

 遠くで雨の音がする。霞んでいてみえないけれどゆっくりと近づいてきているように思う。濡れるのは嫌だからまた歩き出す。そしてまた思考し、思考を奪われながら、ただ歩いたり止まったりを繰り返していく。


 ――何の意味があるのか分からないのにね



             【題:空に向かって】

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