昔はもっと笑っていた
でも、僕は今の君のほうが好きだ
お世辞にも社交的とは言えない性格で、いつも過剰な反応を示して浮いてしまう君。余計というほどではないけどずっと聞いていると不快になるような小さな違和感を持っている。たぶん、良くも悪くも素直で従順が過ぎるのだ。
たまにポツポツと本音をこぼして泣くのは僕と2人きりのときだけだった。ちゃんと自分の悪癖を自覚しているのに今さらどうしたらいいのか分からない、と言って苦しんでいた。
同じ季節に生まれてから一緒に過ごした時間は他の誰よりも長い。僕以外を優先して、でも上手くいかなくて結局隣に戻ってきては泣いている君は本当にバカだ。他人に好かれたところで意味はないし、媚を売っても信頼など生まれない。せいぜい一時の繋がりを得られるだけで長続きはしないだろう。自分も相手も腹の内など分かりはしないのだから。
利用されるくらいなら利用してやればいいのに。一方的に搾取されるばかりで悔しくないのだろうか。自己犠牲は献身とはほど遠い。なぜそれが分からないのだろう。
あれから何年か経って君は笑わなくなった。愛想笑いを覚えて、それ以外は無理のない表情で喜怒哀楽を示す。
嬉しいことがあるとふわりと微笑み、悲しいときは声もなくひたすら涙を流す。怒りは受け流し、流しきれなければ柔らかな言葉にかえて愚痴としてこぼす。
そうやって他人にみせるためのパフォーマンスだった感情が君自身のものに、元あった場所へと戻っていく。
僕の隣でゆっくりと、少しずつ、本来の君へ戻っていく。
それが、とても、
「…幸せなんだよ」
いつか君にも分かるといいな
【題:小さな幸せ】
「私の孫に手を出したら許さないからね」
何を言ってるんだろうこいつは、と。
言葉だけは威勢がいいのに、階下の安全圏から動きもしない。助けを呼ぶでもなくキャンキャンと喚くだけ。
抵抗するのも馬鹿らしくなって口を閉じて力を抜いた。相手もあまりのくだらなさにしらけたようだ。同情的な目で一瞥してから祖母を名乗るやつに暴言を吐いて去ってしまった。
昔からこうだ。
何ひとつ自分ではできない。
喧嘩も、遊びも、何も。
あの後?祖母を名乗るやつは相手が去ったのを確認してすぐに帰っていったよ。次の日、一対一で顔を合わせたときに大丈夫かと聞いて、私がいるからねと抱きしめてきた。わかるかな、このズレが。吐き気のする一人芝居が。
今日も今日とて引きこもり日々を浪費する。
何もしない自分を嫌うことも変わるための努力もしない。周りに責任を求めようとして、どうしても自分の無力さに帰結する。
虹の橋を渡った相棒たち、人ではないのだけど、を追いかけたくてその方法を探している。最後まで遮らず否定もせず同調も哀れみも八つ当たりもなく言葉を聞いてくれたのは相棒たちだけだ。それを失って悲しむ間もなく次はどれにするかなんて、心がないのか。いや心がないからこそ人間なのか。自分も、そうなんだろうか。
ほらね、もう何が言いたいのか分からない。
言葉をもつ人から言葉を取り上げるとこうなる。
思考すらままならなくなる。
何か、ひとつでも、できることをちょうだい
【題:七色】
壊れてほしかった、ずっと。
私はね、気づいていたよ。たくさん笑ったあとで皆の視線が外れた瞬間に一切の感情が抜け落ちるところ。あなたも気づいていないようだけど、声もなく『くだらない』と呟いている。
そうやって曇っていくあなたの全てがほしい。
いつか二度と元に戻せないくらいバラバラになって捨てられてしまう、その時を待っている。味方でもなければ偽善者でも悪役でもない。風に吹かれて溶ける煙のようにゆっくりと蛇行しながら消えるあなただ。
誰に憎まれたって、この歪みこそが愛だ。
あなたはそれを知っている。だから誰にも求めず自分自身にも期待しない。色褪せたつまらない世界を目に映して不安や恐怖にゆるく締め上げられる首を撫でる。仕草の一つ一つに終わりを連想させる丁寧さがある。
そうやって作られた丁寧な作品を私と一緒に、ね。
壊して、壊れて。
次は私があなたに終わりを運ぶ。
そう、期待して夢みているのでしょう。
あなたも、私も。
【題:曇り】
―――人を殺す言葉ってなんだと思う?
聞き覚えのある質問に振り返る。彼はスマホから目を離さないまま、つまらなそうに動画を眺めているだけ。
最近よく見かける広告のフレーズだった。ダラダラと長ったらしい語りが始まりかけたとき、その無機質で責めるような声が止まって代わりに可愛らしい女の子の歌声が流れた。生き生きとした明るく愛嬌たっぷりの甘い声。さっきまでつまらなそうだった彼を笑顔にさせる声。
人を殺すのに、言葉は必要なのだろうか
その声だけで十分なのでは
嫌な女だなと我ながら思う。推しなら自分にだっているし趣味であることはお互いに理解して必要以上に踏み込まないようにしている。タガを外れるようなら殴ってでも止めることを約束しているが、趣味の範疇を超えたことは一度もないのだ。そこは心配していない。
嫉妬、というにはあまりにも根が深いし、そもそも彼とか彼の趣味とかは関係ない。自分のトラウマやコンプレックス、不安や恐怖がぐちゃぐちゃに絡まってどうしようもなくて、画面の向こうの女の子に八つ当たりしたいだけだろう。だから彼の趣味には関わらないようにしている。
自分が、可愛い女の子だったら、なんて
でも、きっと、そうじゃなかったから。そうじゃなかったからこうやって彼の隣で、手を繋いで、並んでいられるのだ。
勝手に嫉妬して勝手にマウントとって満足して忙しい生活をしていられる。自己中だなとか自分が1番よく分かってるから何も言わないで。
【題:手を繋いで】
「まともな人間になりたかったな」
「なにそれ」
ケラケラと笑うキミを守りたかった。
毛布に包まれて運ばれていくのをみていた。
それしかできない。
キミに触れることもできない透明な手が大嫌いだ。
【題:叶わぬ夢】