壊れてほしかった、ずっと。
私はね、気づいていたよ。たくさん笑ったあとで皆の視線が外れた瞬間に一切の感情が抜け落ちるところ。あなたも気づいていないようだけど、声もなく『くだらない』と呟いている。
そうやって曇っていくあなたの全てがほしい。
いつか二度と元に戻せないくらいバラバラになって捨てられてしまう、その時を待っている。味方でもなければ偽善者でも悪役でもない。風に吹かれて溶ける煙のようにゆっくりと蛇行しながら消えるあなただ。
誰に憎まれたって、この歪みこそが愛だ。
あなたはそれを知っている。だから誰にも求めず自分自身にも期待しない。色褪せたつまらない世界を目に映して不安や恐怖にゆるく締め上げられる首を撫でる。仕草の一つ一つに終わりを連想させる丁寧さがある。
そうやって作られた丁寧な作品を私と一緒に、ね。
壊して、壊れて。
次は私があなたに終わりを運ぶ。
そう、期待して夢みているのでしょう。
あなたも、私も。
【題:曇り】
―――人を殺す言葉ってなんだと思う?
聞き覚えのある質問に振り返る。彼はスマホから目を離さないまま、つまらなそうに動画を眺めているだけ。
最近よく見かける広告のフレーズだった。ダラダラと長ったらしい語りが始まりかけたとき、その無機質で責めるような声が止まって代わりに可愛らしい女の子の歌声が流れた。生き生きとした明るく愛嬌たっぷりの甘い声。さっきまでつまらなそうだった彼を笑顔にさせる声。
人を殺すのに、言葉は必要なのだろうか
その声だけで十分なのでは
嫌な女だなと我ながら思う。推しなら自分にだっているし趣味であることはお互いに理解して必要以上に踏み込まないようにしている。タガを外れるようなら殴ってでも止めることを約束しているが、趣味の範疇を超えたことは一度もないのだ。そこは心配していない。
嫉妬、というにはあまりにも根が深いし、そもそも彼とか彼の趣味とかは関係ない。自分のトラウマやコンプレックス、不安や恐怖がぐちゃぐちゃに絡まってどうしようもなくて、画面の向こうの女の子に八つ当たりしたいだけだろう。だから彼の趣味には関わらないようにしている。
自分が、可愛い女の子だったら、なんて
でも、きっと、そうじゃなかったから。そうじゃなかったからこうやって彼の隣で、手を繋いで、並んでいられるのだ。
勝手に嫉妬して勝手にマウントとって満足して忙しい生活をしていられる。自己中だなとか自分が1番よく分かってるから何も言わないで。
【題:手を繋いで】
「まともな人間になりたかったな」
「なにそれ」
ケラケラと笑うキミを守りたかった。
毛布に包まれて運ばれていくのをみていた。
それしかできない。
キミに触れることもできない透明な手が大嫌いだ。
【題:叶わぬ夢】
『お手すきの際にどうぞ』
その言葉が大嫌いだ、虫酸が走る。
まず大前提として、俺は自己愛が強い。人の予想を遥かに上回る熱量で自分という存在を自分で褒め称えている。ナルシストではない。というか自分が好きではないし誰よりも優れているとは思っていない、むしろ劣っていると自覚している。自己『愛』なんて言い方するから誤解されるんだろうけど。
誰かに認められたい!
認めてもらえるほどの能力も何もない…
でも認められたい褒められたい!
だったら自給自足すればいいんじゃね?
そういう単純な思考でもって俺の自己愛は加速していったのである。だから常にご機嫌で笑顔で心穏やかに日々を過ごしているのだ。
最も勘違いしてほしくないのは、常にご機嫌だからって悩みや負の感情がないなんてことはない。むしろ悩み抜いて出した解決策がそれだけだったと声を大にして言いたい。だから、俺を使って不幸に浸るようなことをするな。
冒頭の言葉はへりくだった、まあ、ただ相手をいい気分にさせるための言い回しだと分かってはいるのが、どうにも己や己の努力を踏み潰しているように感じて嫌いなのだ。
時間をかけて作り上げたものを片手間で軽く扱われるのを容認する言葉。頑張ったのに頑張ったとアピールできない、頑張りを誰かに認めてもらうチャンスを溝に捨てるような行為。
俺以外にも、なんか聞いてて不快な言い回しがある人っているのかね。こんな話すぐバカにされるから誰にも言えずにモヤモヤする。
ああ、ほら。俺はちゃんと能天気なだけじゃないだろ?
…ちゃんと、何かを考えられるんだ
【題:心のざわめき】
たった缶ビール1本で酔っ払ってしまう君をみて、苦しくなる。
毎晩のように安い焼酎やウイスキーをロックで飲み干し、まだ足りないとさらに安いワインを空けてしまう。
決して強いわけでもないのに飲めてしまうし、どれだけ酔って醜態を晒しても自分で片付けまでしてベッドで寝るくらい徹底した自己管理をしてる。いや、醜態晒してる時点で自己管理できてるとは言えないか。まあ他の人に世話を焼かれる前に自分で片付けできるだけマシだろう。
あの日、あの時。嫌がる君を無理やりにでも病院に連れていけばよかった。
あんなに飲んでいた酒に口をつけず、食事にも軽いつまみにすら手を出さない君の顔色は真っ白だった。座っていてもフラフラしていて、立ち上がればそのまま倒れてしまいそうになるのを机にしがみついて耐えていた。何度も病院に行こうと説得してものらりくらりとかわして逃げる。
ついには倒れてそのまま数カ月間、帰って来なかった。
ようやく帰ってきたと思えば治療のために何度も入退院を繰り返して、いつの間にか酒にも食事にも興味を示さなくなった。
一段落ついた、とりあえずは治った、とお墨付きがもらえて久しぶりに向かい合って食事をした。一口二口食べてニコニコしているだけの君にお酒を勧めた。度数の弱い、かつての君が苦い炭酸ジュースと称した缶ビールだ。
おいしいねと言いながら飲みきって、可愛らしくふにゃふにゃと酔っ払う姿に、嬉しさと寂しさと色んなものが混ざってそうだねとしか返せなかった。
酔ったままソファに寝転んで君は寝てしまった。以前の君なら絶対にあり得ないことだった。起こそうと頬をつついてみると薄く目を開けて、柔らかく微笑むだけしてまた眠ってしまう。可愛い、のに、苦しい。
君の寝顔にかつての君を重ねてしまう。こんなのはおかしいが堪らなく惚れ込んでいた最愛の君の姿を君から探してしまう。もちろん今でも好きだ、愛している、離すつもりなどない。だが、俺にはこの人しかいないと思ったあの姿がみられなくなるのが寂しいのだ。
君が長生きするために必要なことだったと思えばいいのだろうか。もし長く生きられなくたって、絶対に一人にはしない。俺の生きる意味を、与えてくれる君を、ずっと愛している。それだけなんだ。
【題:君を探して】