いつも、何をやっても失敗する。そんな人生が嫌いだ。
たくさんの人が、動画や本でも、どこをみても失敗はみんなするものだと言ってる。それをどう乗り越えられるか、許せるか、それが大事だとも。
反吐が出る。じゃあどうして俺はこんなに責められるのか。謝って、謝って謝って。挽回しようと足掻いてもゴミを見る目で相手にもされない。かと思えば誹謗中傷罵倒の体のいいサンドバッグにされる。
狂う人の気持ちがわかってしまう自分が気持ち悪い。
相手にされなかった虚ろな期間から蹴り出されて、透明だった自分が悪意に滅多刺しにされながら色付いていくのが嬉しくてたまらない。
…こんなこと分からなくていい、分からないほうが幸せなんだ。それが正常だ。
頭が痛い。
身体が鉛のようだ。
静かな部屋には雨音と俺にしか聴こえない音が響いている。もったいないからと明かり1つない暗闇を街頭の光が刺し貫く。この日のために奮発した新作の期間限定チューハイでのどを潤して、あれもこれも胃の中に流し込む。
アルコールの苦味と甘ったるい人工甘味料はどうにもくどくて好きになれない。
「まあ、これで最後だしな」
床に転がって窓の外を眺める。ザカザカと雨粒が窓に当たって水滴が幾筋か描きながら落ちていく。それが満天の星空を走る流れ星のようだ、と思ったところで一度たりとも流れ星とやらをみたことがないことを思い出す。
手を伸ばせば簡単に届く星で満足できるくらいには安い人生だった。
叶うならば、次は失敗しない完璧な人間にしてくれよ
お星さま?
【題:星】
―わたしはきっと、彼に愛されていた
揺らめく視界の中で彼だけが生きている。珍しく息を乱して皮肉を吐くときだけ饒舌になる口が忙しなく動いている。なのに聴こえるのは荒い息づかいのみ。
だんだんと晴れていく思考と視界は、また彼は失敗した証拠だ。ささくれ立った乾いた指先が首筋を撫でてそこについているだろう薄っすらと紅い痕を意識する。
苛立たしげに舌打ちをして彼はいつも通り机に向かう。本と紙束、ペンとインク。ぐちゃぐちゃに積まれたそれらに囲まれながら没頭するのだ。わたしのことなど忘れて、この世界にたった独りだけの存在になっかのように思い込むことで彼ははじめて集中することができる。わたしはそれを知っている。
この一連の流れこそ、彼とわたしのコミュニケーションである。ほんの少しの苦しさを、形と立場のちがうそれを共有することで己を罰し許しを乞うのだ。
もうすっかり覚えてしまった彼の歌を思い出す。題名も歌詞もない、彼が作ったわけでもない。いつも集中した彼の鼻歌できっと本人も気づいていないだろう。
ああ。別に性的な接触などありはしない、むしろその対極にあるものだ。望み望まれることが理想なのにそれが恐ろしくて逃げてしまうような弱い存在同士で肩を寄せ合い罰し合う。ただそれだけのこと。
【題:ラララ】
「触れてみたい秘密の…」
タイトルは忘れたけど、耳に残る歌詞と独特なメロディーは覚えている。その1フレーズだけ誰よりも上手に歌えるような気がする。それくらい何度も頭の中で繰り返し再生されているのだ。
ミャオ、と甘えたような声ですり寄ってくるくせに撫でると噛んでくるのが可愛くない。どこかの誰かを連想させるような距離の測り方が本当に大嫌いだった。
可愛い顔をしてるやつほどギラギラとした欲に塗れた目をしている。与えられて当たり前というスタンスで悪びれもしない。騙されて振り回される方が悪いと言い切ってしまうあの傲慢さ、いや、高慢なのか。何にせよ可愛くない。
あの人たちの秘密を暴いてからその終わりまでをみてきた。お金も地位も、『幸せな』将来も失ったというのに反省も後悔もなくずっと喚いていた。
―――かわいそうに、
あのときの女の顔ときたら。危うく殴り殺しそうになったと憔悴しきった依頼人が泣いていたのを思い出す。
確かにかわいそうではあるが、あの女がいう権利はない。第三者からの客観的な感想であればまだ耐えられるのに、あの女が口にすると煽り文句でしかない。まあ、分かってて言ったんだろうけど、あまりにも酷い。
「どう育ったらあんな化け物が出来上がるんだか」
倫理観を捨てたのか、元からなかったのか。道徳教育の敗北を感じる。家庭環境にも交友関係にも問題はなく大学まででて大手企業への内定まで決まっていたのに、それを捨ててまで固執するのはなぜだろう。甚だ疑問である。
【題:question】
なんか、もう、ここまできたらなんでも許される
…そんな気がした。
恋というには深く、愛というには中身のない、そういう一方的な恋愛をしていたのだ。素直に片思いといえばいいものを報われないことが分かりきっている現実から目をそらすために恋愛だと思い込んでひたすら追いかけた。
物理的な距離は1ミリも縮まらないのに、恋愛脳フィルターをかけて普段の会話ですら恋人同士がするような甘さを含んだものに変換してメロメロになる。目が合う、隣に並ぶ、笑い合う、なんてことは起こり得ないのに勝手に頭の中でその場面が再生されてその幸福感に酔いしれるのだ。
ゴテゴテにデコられた無駄に分厚い日記帳には本当にどうでもいい些細なことまで時間場所状況を細かく書いてある。恋愛小説、というよりばっちり自己投影された夢小説のようだ。
うわあ、と思いながらガムテープでぐるぐる巻きにしてゴミ袋に入れていく。これは思い出ではない、ただの黒歴史。誰かに見つかる前に処分して置かなければいけないものだ。
まあ、でも。こんなに狂っていても誰かを一途に想うのはとても幸せだった。内容や書き方はさておき、相手を想って想いすぎた妄想止まりの幸福はなんとなく目を引く。本人には悪気も邪気もないピュアな恋心とそれに伴う隠しきれない言動。それは本人以外には不気味なものでしかないだろう。
「…まあ、私は報われたから、よかった…」
左手薬指に光るものが証拠だ。そして今こうやって片付けをしているのも、いらないものを捨てているのも、これから始まる生活のためだ。絶対に知られたくない知られてはいけない私の恋愛ごっこ。
ああ、これからが楽しみだ。妄想なんかでは終わらせない、私だけの―――。
【題:ひそかな想い】
1輪の花束で伝えること。
花束なのにたった1輪だけなんてケチ臭いと思うだろうか。だけど、数百円を握りしめて歩き回っていた自分にはそれが精一杯だった。言葉すら通じるかもわからないのに飢えも渇きも癒やさないきれいなだけの花を贈られても喜ばないよな。欲しいものなら俺もおまえもいっぱいあるのに、手が届くのが何の役にもたたない飾りだけとか笑える。もちろん情けないという意味で、だ。
花瓶なんて洒落たものもない。飲みきったビール缶を軽く濯いで、味気ない公園の水で満たしたそこに場違いなほど鮮やかな花を挿す。
人気のない公園の隅で不自然な小さな山が少しだけ華やいだ気がする。なんとかっていう法律だか条例だかの違反にはなるが、こいつには帰る家も墓もない。そもそも人でもないこいつに人のルールを押しつける方が野暮だろう。死に場所くらいくれてやるのも優しさだ、俺って優しい。
「…俺もおまえもロクでもない人生だったな」
あ、こいつは猫生か。まあいい死人に口なしだから文句言われようがどうせ聞こえない。
子猫の割におっさんくさいダミ声で鳴いてたのにな。
「見た目詐欺だったよな、ほんと…」
ほんの少し花が揺れる。
風のせいだろうがなんだろうがどうでもいい。
ただ猫が死んで、それを弔った。
それだけだ。
【題:そっと伝えたい】