「おまえってススキみたいだよな」
からかうような軽い口調で言われてムカついた。ようやく退院した幼なじみを見舞いにきたというのにあんまりな言いようだ。
確かに女性らしさの欠片もない貧相な身体つきに適当に纏めただけのパサついた髪はススキに似ているかもしれない。が、だからって顔を合わせてすぐに出てくる言葉にしてはひどすぎる。
「今のあんたの方がよっぽどススキみたいだよ」
1年前は制服のズボンに肉がのるくらいぷよぷよだったくせに、どこもかしこも骨張って細い。ノリで買ったダサい文字Tも全然似合ってない。
退院祝いに買ったこのTシャツも似合わないんだろう。何もかもムカつく。
黙って退院祝いを押しつけて帰ろうとしたら、鼻で笑われた。
「花言葉わかるくらいの可愛げないのかよ」
最後までムカつくやつだな。
【題:ススキ】
ここはとてもいびつだ。歪んでいる。
みんなが愛を望んで、そればかりに夢中になって誰かに与えようなんて考えもしない。こんなにいるのに誰も与えないから誰も得られない。そこにないのに求めるだけ。ないものねだりだ。
母に愛を求めて狂ったフリをする姉は、結局母だけでなく父にまで愛されずに泣き崩れた。
狂った娘を悪者扱いして被害者のフリをする母は、父の言葉の意味を理解しないまま愛されていると思い込む。
母娘喧嘩の仲裁をするフリをする父は、何かあると必ず頼ってくる母にだけ優しくして愛を確認する。
あい、アイ、愛…、ぜーんぶ〝愛〟のため
くだらない家族ごっこを繰り返してまるでそこに親子や夫婦の愛があると信じて疑わない。執着や依存でベタベタに貼り合わせただけの狂気を愛だと言い張るのだ。
同じ顔をした姉を連れて部屋に戻る。破れた古くさいパーティードレスを踏みつけて可哀想な姉を連れていく。鬱陶しい親戚どもに親という名の狂人を押しつけて姉の相手をする。
向かい合って座り、泣き続ける姉と顔を合わせる。同じ造形で同じ髪型をして同じ服を着る双子。周りの理想を押しつけられ個性を全否定される、好き勝手に操られる人形のようだ。
「あなたとわたしはちがう、ちがうんだよ」
だからその顔で愛を求めないで、とは言えない。
でも姉までわたしたち双子を同一視してしまったらふたりとも消えてしまう。ちゃんと別の人間なんだから間違えないで。
「あんな狂人なんかと一緒にならないで」
どうやったらあなたもわたしも救われるのか一緒に考えてよ。傷つかないで、悲しまないで、無理に笑わないで。
あんな奴らのために存在しているわけじゃないって言ってよ。
【題:あなたとわたし】
がんばれって言われてがんばれたことなんて1つもない
深夜、小腹が空いてキッチンを漁っていたらあいつが来た。足音も立てず静かにやってきたのだろう。振り返ったら出入り口の前にいるあいつとバッチリ目が合って驚きすぎて声も出なかった。
冷凍庫でみつけた誰かのアイスを隠しつつ、水切り台に放置されたスプーンを掴んでダイニングに移動する。あいつは俺がソファーに座るのをみて、また静かに俺の隣へとやってくる。ジッと観察するような視線が頬に刺さるのを感じながらアイスを頬張る。ここまできて隠す意味などないが、こういうのは少し背徳感があったほうがおいしいものだ。
あいつは俺の膝に頭をのせて寝転がる。そしてまたジッと観察してくるのだ。責めるでもなく、よこせというでもなく、俺の一挙手一投足を注視する。なにか期待しているようにもみえなくはない。あいつはけっこう打算的なところがあるから。
何も言わないのをいいことに少し愚痴をこぼす。不満のような不安のような、責任転嫁したいがその度胸すらない情けない自分のことをポツポツとこぼす。
掬ったアイスが溶けて、一粒あいつの頭に落ちた。それを器用に手で拭って舐め取るあいつはいっそふてぶてしく感じる程に不満そうに鳴いた。
「…猫に何言ってるんだろうな、俺」
空になった容器を差し出せば、待ってましたと言わんばかりにカップに顔を突っ込んだ。なぜか昔から甘いものが好きでおこぼれをもらうためなら何でもするやつだ。
この猫のように生きられたらきっと楽しいだろうな。
【題:もう一つの物語】
昔から魔法少女は私の憧れだ。
魔法のステッキを片手にふわふわのスカートとリボンたっぷりの装飾のワンピースで決めポーズをする姿が大好きだ。
敵を倒すシーンや他のストーリーには目もくれず、オシャレに変身してからの決めポーズまでしか記憶にない。たぶん魔法少女よりオシャレな変身が好きなんだと思う。
自分がそうなりたいとは思わないし、画面の中でしか観られないところに憧れが詰まっている。夢は夢のまま綺麗なままでいてほしいという私のこだわりなのだ。
真っ暗な部屋に帰ってくると沈んだ気分が少し和らぐ。明かりをつけて引き出しに隠したノートとペンを机の上に並べたらもう最高だ。ページをめくるたび架空の魔法少女と私好みの衣装が現れてワクワクする。映像をつくれるほどの技術はないけど絵を描くのは割と得意だ。ネットや本で服飾の情報を集めて、人体の描き方も勉強して、憧れの魔法少女を描く。
なんの楽しみもない人生に花を添えてくれる可愛くて素敵な魔法をつかう特別な存在。いつか映像もつくってみたいな。
【題:暗がりの中で】
感情的になってはいけない、僕の意見は必要ない
今まで自分の意見というものは誰かに聞かれない限り話さないようにしていた。というより言えなかった、言わなかった、必要性がなかったが正しいのかもしれない。
長子だからとか、面倒事を避ける処世術だとか、我慢という優しさのためとか、理由はいろいろある。プライドはかなり高いのだろうけど、必要なら捨てられるくらいには軽いものだ。しがみつくものではない。
自制してそれを優しさだと勘違いしたりされたりしていつも違和感だらけだ。嫌いなものなら答えられるのに好きなものは答えられない。無難に食べ物を羅列して本当に気に入っているものは誰にも言ったりしない。気づいて指摘されても曖昧に濁して言及しない。
ただ、ずっと、今も昔も怖がりなのだ
声高に自分の意見や好みを主張する人たちが眩しい。
羨望や嫉妬で狂いそうになる自分が心底嫌いで、誰かの眩しさにあやかれないか期待している。夢をみるだけなら無料だから1人のときはいつも夢をみる。
戸や窓を閉め切って、用法通りの茶葉と湯を用意し、ほんのりと香るそれに空間ごと浸る。硬い床張りに薄い絨毯をひいただけの場所に座り込んで茶色の水面をみつめ、白紙の紙束に夢の一端を残せるようペンを握る。
最後には切り刻まれて屑になってしまうそれを、僕はやめられないんだ。
【題:紅茶の香り】