がんばれって言われてがんばれたことなんて1つもない
深夜、小腹が空いてキッチンを漁っていたらあいつが来た。足音も立てず静かにやってきたのだろう。振り返ったら出入り口の前にいるあいつとバッチリ目が合って驚きすぎて声も出なかった。
冷凍庫でみつけた誰かのアイスを隠しつつ、水切り台に放置されたスプーンを掴んでダイニングに移動する。あいつは俺がソファーに座るのをみて、また静かに俺の隣へとやってくる。ジッと観察するような視線が頬に刺さるのを感じながらアイスを頬張る。ここまできて隠す意味などないが、こういうのは少し背徳感があったほうがおいしいものだ。
あいつは俺の膝に頭をのせて寝転がる。そしてまたジッと観察してくるのだ。責めるでもなく、よこせというでもなく、俺の一挙手一投足を注視する。なにか期待しているようにもみえなくはない。あいつはけっこう打算的なところがあるから。
何も言わないのをいいことに少し愚痴をこぼす。不満のような不安のような、責任転嫁したいがその度胸すらない情けない自分のことをポツポツとこぼす。
掬ったアイスが溶けて、一粒あいつの頭に落ちた。それを器用に手で拭って舐め取るあいつはいっそふてぶてしく感じる程に不満そうに鳴いた。
「…猫に何言ってるんだろうな、俺」
空になった容器を差し出せば、待ってましたと言わんばかりにカップに顔を突っ込んだ。なぜか昔から甘いものが好きでおこぼれをもらうためなら何でもするやつだ。
この猫のように生きられたらきっと楽しいだろうな。
【題:もう一つの物語】
10/30/2024, 6:44:54 AM