シシー

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10/25/2024, 2:52:23 PM

 幼い頃、両親からのプレゼントでぬいぐるみをもらった。今日からあなたのお友達よ、なんてよくある言葉ごとを素直に受け取り常に一緒に過ごした。
どこに行くにも一緒、風呂やトイレは扉の前で待っててもらった。一緒にいたい、いるべきだ、いなければいけない。誰に何を言われようと決して離れない。友達なのだから当然でしょう。

 でも歳をとるにつれてみんな変わってしまった。
母親のヒステリックな叫びと父親の躾、クラスメイトの勝手な言い分から友達を守り続けた。何度引き裂かれても捨てられても直して探し出してずっと一緒にいる。
 もう何日もごはんを食べていない。腫れ上がった頬と躾された身体が痛い。担任に引きずられて知らない人たちと病院にいってそのまま閉じ込められた。だけど友達が一緒だから怖くない。殴られるのも女の子の躾もつらくない。
だから、だから、友達を連れて行かないで。私だけの友達なの、何もおかしくない。

 ――友達はずっと一緒でしょう?


                【題:友達】

10/22/2024, 3:51:29 PM

 甘ったるい金木犀のにおいがする。

 沈みかけていた意識がすくい上げられていく。強引に引っ張られ、利き手に何か大切なものを握らされ、ぼやけた輪郭を薄紅色の花弁が攫っていく。

――願わくば、

 そう言って穏やかに微笑んでいる、ように感じた。それぞれに繋がれた手が離れていってそれが寂しく、とても情けない。私のせいだ、全部私が悪いのに、どうして。



 目が覚めたら自室の畳の上に転がっていた。開け放された障子の外、何かの染みで汚れた縁側の向こうに曇天の庭があった。見える限りすべての植物は朽ち、白かったであろう玉砂利は土埃か何かでくすんでいる。だけど、わずかに湿気を含んだ風がよく知るにおいを運んでくるからまだどこかで生きているのだろう。
 もう、そんな季節なのか。知らない内に随分と時が進んでしまった。そうだ、着物。みんなが贈ってくれたあの着物はどこにあるのだろうか。今なら丁度いい。凝った意匠の私には豪華すぎるそれを今なら着れるはずなんだ。

「はやく、みつけないと」

 この季節が終わってしまう前に替えてしまわないと、きっとまた怒られてしまうから。



               【題:衣替え】

10/20/2024, 2:13:15 PM

「ごめんね、お待たせ」

 あれこれ悩んでいたら約束の時間になっていて慌てて玄関へ向かった。すでに準備を終えて待っている彼の姿がみえて、さらに足を速める。
玄関の時計は約束の時間ちょうどをさしていた。遅れたわけではないけど、時間に余裕をもって行動する彼をきっと待たせてしまっただろう。一応謝罪はするが彼は待っていないとゆっくりでいいと言うのだ。わかりやすい優しい嘘に甘えてしまうのはよくない、でも嬉しい。

「どうかしたの」

 すっかり秋らしくなったのに合わせて装いも変えた。自分の骨格には布地がしっかりしたものが似合うから秋冬の服装は選びやすい。上着の有無で悩むけどこの季節は好きだ。タイトなスカートにブラウスと薄手のカーディガンというよくあるシンプルな組み合わせなのだが、何か気になるのか彼は少し考えるような仕草をして黙ってしまった。
 息をするように褒め言葉を吐くのに今回は何もない。それどころか目も合わない。照れるとか嫌悪しているような感じはないのになんでだろう。
頭1つ分背の高い彼の顔を覗き込むと、口元を隠し咳払いをしてまた顔をそらされる。全く隠しきれていない笑いをこらえる姿にイラッとした。

「なんで笑うの」

 あまり聞きたくはないけど変なところがあるならはっきり言ってほしい。責めるような口調で問い詰める。
彼は大きく息を吐くとまだ少しニヤけながら腰に手を回した。そのまま引き寄せられて抱きしめられるのかと思ったら、私の下腹を撫でてまた笑い出した。
その意味に気づいたらもう恥ずかしいのと怒りで彼に腹パンして自室に戻った。なんて腹立たしいやつなんだ、誰のせいだと思ってるんだ。
 いつも通りにいくわけないのに、わざわざ指摘してくるのがムカつく。どうせ太ったとしか思ってないんだ。
このことは絶対忘れない。診察結果をみて大いに反省してもらおう。



            【題:始まりはいつも】

10/18/2024, 11:34:17 AM

 ♪こんなに〜お天気なのにね〜

 うろ覚えの歌詞を口ずさむ。忘れてしまったところは鼻歌で誤魔化して、何度も同じメロディを繰り返す。
歌詞通り、外はよく晴れていて遠くにみえる木々がほんのり紅葉しているようにみえなくもない。視力には全く自信がないからしかたない。

 カラカラと油の足りていないタイヤが回る音が部屋の前を通りすぎていく。空元気な声で楽しそうな会話をする人たちが部屋を出ていった。
まあこんなところで元気よく楽しめることなんてない。だって治療をするための場所で、みんながみんな自分とは無縁の場所だと信じてやまないところなのだから。

「なんだ、随分と辛気臭い顔だな」

 当たり前だ。治療を理由にこんなところに閉じ込められていたら誰でもそうなる。スタッフや施設がどうとかじゃなくて、慣れない場所で落ち着かない生活をしていて疲れたのだ。解放される喜びより疲労感が強い。
 会計をすませ、荷物と退院処方を両手に久しぶりの外へ自分の足で出ていく。夏とはちがう少し乾燥した暑さを感じた。

「久しぶりのシャバの空気はどうだ」

 冗談めかした言葉にムッとして隣に立つ人を見上げた。久しぶりに顔を合わせたその人は相変わらずきれいで、そこに隠しきれない嬉しさを滲ませた笑顔までついてきたら何も言えない。
私の方が嬉しいはずなのに、この人には負ける。
なんだか悔しいな。



               【題:秋晴れ】

10/17/2024, 10:33:16 AM

 今だから思う。なんであんなに執着していたんだろうってね。話1つ、趣味の1つも合わない気まずいだけの人を忘れられなかった。

 努力した。無駄な努力をした。
本来の自分とは正反対の性格でおどけてみせて、似合わない服とメイクをして、雑に扱われることに満足していた。
その反動でお酒と睡眠薬がなければやっていけなくなった。鏡に映る姿の醜さに絶望しながら可哀想な自分に酔っていた。

 まあ、長続きなんてするわけもなく、突然飽きられて病んだ私は捨てられた。実際は飽きられたのだけが事実で私が勝手にすべてのつながりを断ったのが正しい。目が覚めたとかならよかったけど単に疲れ果てて続けられなくなったのだ。気持ちは残っていても身体はボロボロで無理だった。

 そんなわけで終わらせようとしたのだ。時間をかけて準備してお気に入りと必需品に囲まれながら眠った。
終わることはできなかったけど、それまでの記憶がごっそり抜け落ちてスマホの中に記録だけが残された。
あんまりにも狂った記録だったから恥ずかしくてほとんど消してしまった。教訓にはなったから無駄ではなかった。

 こんな経験、何度記憶を失っても完全には忘れられないよ。記憶に残らずとも記録があって、記録を消しても身体に染みついた感情は消えない。
あの人やあの人に似た人と会うたびに軽蔑と罪悪感が昔の絶望を思い出させるから。
 どうせ死ぬのならもっと晴れやかな気持ちで死にたい。


       【題:忘れたくても忘れられない】

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