「大切な人ができたんだ」
いつも子供っぽい言動で甘えたりふざけたりしていたフレンドが突然真剣な口調で話しだした。
オンラインゲームで知り合ってほぼ毎日一緒に遊んでいたけど、それだけの人だ。会ったこともなければゲーム外での繋がりもない。だからふつうに、おめでとうと返した。
それからなんだか冷めてしまってそのフレンドをブロックしてゲームもやめた。
彼に恋心なんてものは抱いていなかったけれど、現実が辛くて眠れなくなって泣きながらゲームに没頭していた私にはとても重たかった。青春してるんだな、信じ合える人がいるんだな。たったそれだけのことが耐えられなくなった。
たまたまそのゲームの広告が表示されたとき、考えるよりも先に広告削除ボタンをおした。その後削除理由を選択する画面が出てきて自嘲した。
迷わず選択したのは『不快だったから』のボタンだった。
この感情が嫉妬なのか憎しみなのかは分からない。あんなに仲良くしていたはずなのに、なんて汚い人間なのだろうか。ただただ彼が、ゲームが、不快でしかない。
何より悲しいと思ったのは、簡単にリセットできてしまうシステムと追い詰められたときの行動力だ。何の躊躇いもなく関係を断って、それを実現してしまえること。そして罪悪感を抱くことなく忘れてしまえること。
誰かと話しているとき、たまに脳裏にちらつくものがある。ドロドロとした暗いものが少しずつ思考を飲み込んで目の前の話し相手に不快感を抱いてしまうのだ。
その声や話し方、言葉遣いからちょっとした仕草が不快でしかたない。すぅ、と熱が引いていく。指先から冷えていって心臓まで達したとき、嫌悪に変わる。
どうやらトラウマにでもなってしまったようだ。
・蛇足・
書きたい部分だけかいていたら、登場人物が病んで終わる結末ばかりだったな
明るいキラキラハッピーエンドが書けるメンタルがほしい
よいお年を
【題:1年間を振り返る】
「ねえ」
後ろから声をかけられて振り返った。いや、振り返ろうとした。
ガクンッと微かな衝撃とともに、身体が傾き視界が揺れた。宙に浮いたかのような感覚は何かに躓いて転びそうになったときとよく似ている。たった一瞬の感覚を他人事のように味わいながら、バランスをとろうと無意識に身体を捻りつつ足を引いたのだけはわかった。
踵から思いきり床を踏んだはずの足元からは鈍い音がして、背筋がゾワゾワするような感触に思わず目を見開いた。身体を捻った反動で振り抜いた腕が何かを視界の外へ吹き飛ばすのもみえてしまってもうだめだった。
自分でもびっくりするくらい大きな悲鳴をあげた。
結論からいうと、彼は私を驚かそうとして失敗した。
後ろから声をかけて私が振り向くタイミングで足技をかけて転ばせようとしたらしい。もちろん受け止めるまでを想定して他の人と練習までしていたのだとか。
だが、私は転ぶことなく体勢を整えてしまった。それも背後で受け止める準備をしていた彼の足を思いきり踏んづけた挙げ句、その整った顔面に肘鉄をいれるというおまけ付きで。
彼は左足と顔面を腫れ上がらせていて、もうどちらが悪者かわからないくらい酷い状況となった。呆然としたままの彼と彼の兄弟たちに謝られながら私も謝罪し続けている。こんなことなら素直に転んでおけばよかった。
土下座をしつつ彼の様子を覗き見ていた。呆けているのにどこか悔しそうな笑いをこらえているような、ちぐはぐな表情をしている。以前は能面のような薄い笑みを浮かべているだけだったのに、こんなにも人間味のある表情もできるのかとなんたか嬉しくなってしまった。
今回は結果こそ最悪だったけれど、いい収穫もあった。
変わらないものなどないのだ。人形のように決まったことしかしなかった彼に悪戯心が芽生えたんだ。
なんだかそれだけでほっこりしてしまう。彼の兄弟が必要以上に彼を構う理由がわかってしまった。
「ねえ、今度はもっと上手くやってよね」
【題:変わらないものはない】
朝、まだ日が昇りきらない薄暗い庭は静かだ。
一つ息を吐けば白く、吸えば肺の中から体の芯まで冷えるような空気に自然と呼吸は浅くなる。
竿についた朝露を素手ではたいて落し、倉庫の脇にある水溜めを覗いた。まだ水が凍るほどの寒さではないことに少しがっかりしつつ、水面に映る赤くなった自分の鼻先に冬の訪れを感じた。
「今年は降るかなぁ」
海に近く特別冷え込むような土地ではないからここら辺では滅多に雪は降らない。冷たい潮風が駆け抜け薄氷を張る程度の冷え込みしかない平野に情緒も魅力も一欠片もない。
薄く色づいてきた東の空を眺めて一拍。今日も天気は良さそうだと確信して洗濯物を外へと運び出す。風こそないものの遮るもののない平野では晴れているだけで洗濯物ははやく乾くのだ。利点はそのくらい些細なもので本当に味気ないことこの上ない。
昔、珍しく大雪になって弟妹たちとともにはしゃぎまわったのが懐かしい。ソリを引くのは私で弟妹たちはただ乗っているだけで偉そうにあっちへこっちへと指示を出してふんぞり返っていた。それに腹を立ててちょっとした復讐として木下に差し掛かったとき木の枝を叩いて弟妹たちに雪を落としたのだ。妹は泣きながら家の中へ駆け込み、弟は呆然としたあと楽しそうに笑い転げていた。
その後叱られはしなかったけど、妹には恨まれたし弟にはおやつをわけてもらえた。なんだか釈然としなかったけれど楽しかったのは覚えている。
だから、毎年息が白くなる度期待してしまう。
楽しかったあの時をもう一度、いや何度でもいい。
叶わない夢を、降らない雪を待っているの。
【題:雪を待つ】
「わたしにはね、パチパチと弾けているようにみえるの」
寒い寒いと手を擦りあわせながら言った彼女は眩しそうに目を細めていた。
日も落ちてほとんど夜に飲み込まれてしまった暗い空にイルミネーションはよく映える。街路樹に飾られたものは美しく色を変えながら夜道を照らし、店先に置かれた安っぽいものでも一点物のオブジェのように輝いている。
何をみてもどこにあっても美しいと思えてしまうこの季節と暗さに酔っていたのだろうか。それとも彼女と並んで歩けることに浮かれていたのか。急に発せられた言葉を理解できず、足を止めた。
もっと、こう。きれいだねとか、ロマンチックだねとかそういう感想を期待していた分がっかりしたような気持ちになったのだ。
「強い光が苦手でね、イルミネーションとかそういうのはじっくりみたことなかったんだ」
「あなたのいうきれいな景色をみられないことがね、うん。ちょっと悔しいし寂しいから嫌い」
数歩先でマフラーで口元を隠す仕草をみて、なんだかどうでもよくなってしまった。苦手だと口では言っているのに目線はいつまでも『きれいな景色』を見上げていた彼女に、何も言えなくなってしまった。
「うそつき」
離れた数歩分の距離をつめて、イルミネーションを遮るように彼女の前に立った。口下手で素直でない性格はお互い様だから、もういいや。
期待通りにいくはずがない。そんなのわかっていた。それなのに許せてしまうのはきっと、惚れた弱みなんだろうな。
【題:イルミネーション】
――太陽の下で笑うあなたが憎い
言葉にしたらとても軽く感じるこの想いと長い間睨み合ってきた。
ずっと私の後ろを付いてきていただけの子が、ポンッと家から出ていったときにようやく真正面からその姿をみた。
真っ黒でドロドロとした影だとばかり思っていた。だからその顔をみることも声をきくこともひどく恐ろしかった。
だけど、どうだろう。
眩しい太陽の光を当然のように浴びて、それを自分のものだと信じて疑わない素直さを持ったまま笑っているのだ。
昔、殴り合いの喧嘩をしたときの目やいたずらがバレたときの饒舌な口も、ひたすら我慢を強いられた弱々しい身体も心も、全部なかったかのように笑ってる。
強い光を浴びるあなたと、その影に未だに囚われて逃げる努力すらしない私と。
ああ、やっぱりね。私はあなたのようになれないの。
――本当に、本当に憎くてたまらない
【題:太陽の下で】