私の当たり前
毎朝七時に起きる。顔を洗う。制服を着る。髪を結ぶ。朝ごはんを食べる。家を出る。
学校に着く。授業を受ける。ご飯を食べる。授業を受ける。
一人で掃除をする。ゴミ箱の中の教科書を回収する。机の中のゴミを捨てる。片方無くなった靴を探す。誰かの嗤い声を聞く。手首を引っ掻く。靴を回収する。学校を出る。手首を引っ掻く。
家に帰る。ご飯を食べる。宿題をする。お風呂に入る。髪を乾かす。
布団に潜る。一人で泣く。手首を引っ掻く。眠る。一人で泣く。
誰か、私の当たり前を壊して…
街の明かり
車のライトが、草を刈り分けたような道を照らす。
でこぼこのアスファルトのせいで、車が小刻みに揺れている。実家まで、あと少し。
事故を起こさないようビクビクしながら車を走らせていると、柔らかな明かりがぽつり、ぽつりと灯る集落が見えた。よかった。無事に着いて。
集落の細い道をくぐり抜け、比較的新しく見える一軒家に車ごと入る。エンジンの音で気がついたのか、引き戸がからからと開いた。中から人が出てきたのを見て、私も車から降りる。
「おかえりなさい。よく来たわね」
お母さんが、月の光のように優しく笑ってくれる。
今年も帰ってきて、よかった。
「お母さん、ただいま」
やっぱり私は、都会のきらびやかな光より、田舎の静かで、優しい明かりの方が好きだ。
七夕
友人と連れ立って電車を降りると、駅の改札をすぐ出たところに、七夕の笹が飾ってあるのが見えた。
「もう七夕かぁ。早いね」
定期券で改札を出て、友人が笹に吊るされている短冊をすくって見せる。
「ほんとだよ〜!ついこの間、高校生になったばっかりな気がするのに…。でもせっかくだし、短冊、書いていこうよ」
「あんた…、またお金持ちになりたいとか書くくせに」
「バレた?」
「これで何年目だと思ってんのさ。いい?願い事は、機織りが上手な織姫にあやかって、芸事の上達を願うのがいいんだから」
「分かってるけどさぁ」
芸事が上達しても、彼には会えないんだよ。
遊園地で迷子になって泣いていた私を助けてくれた彼は、大企業の御曹司だから。
彼に会うには、私も同じくらいセレブにならないと。
駅の黄色の短冊には、今年も「お金持ちになれますように」と書いた。
友達の思い出
ぼんぼりの明かりがゆったりと灯る和室。その上座に堂々と腰を下ろす。私の着物の衣擦れの音だけが、静かに聞こえた。
今日はここに、待ち望んだお客様がいらっしゃる日。いつもは気乗りしないこの仕事も、今日だけは頑張れる。いや、私がやらなくては。
私は、故人が大切にしていた物から記憶を読み取り、故人の遺志や染み付いた思い出を遺族に伝える、という少し変わったことを生業にしている。故人の強い思いにさらされ、気分が悪くなることが多いが、こういう仕事がないと立ち直れない人だっているのだ。積極的にはなれないが、私ができる数少ないことだと思って今まで続けてきた。
しばらくすると、喪服姿の初老の女性が部屋に入ってきた。彼女が、私が待っていたお客様。友達のお母様だ。
「これが…、あの子がずっと大切にしていたものなの」
たった一人の娘を亡くし、打ちのめされているのだろう。挨拶もなく、ふくさに包まれたストラップを差し出した。
「これは」
お母様は黙ってこくりと頷いた。
これは、私と彼女が初めてお揃いで買った、思い出のストラップ。死ぬまで、大切にしてくれたのか。
溢れそうになる涙を堪え、ストラップに触れる。
閉ざした目の裏に、彼女との思い出が蘇る。
たまたま入った雑貨屋で、このストラップを見つけたこと。一緒にはしゃいで学校へ通ったこと。大人っぽいカフェでお喋りしたこと。私が記憶を読み取る力のことを打ち明けたこと。病室で、お母様や私に笑顔を向けていたこと。
本当は不安で仕方なくて、夜に一人で泣いていたこと。
ストラップから、手を離した。
気付いたときには、涙が頬をつたっていた。
星空
とある魔法郷は星が綺麗なことで有名だった。
日が落ちればすぐに楚々とした星が顔を出し、暗くなればそれこそ細かな宝石を散りばめたような、美しい星空を見ることができる。
郷の外に住む者たちは、こぞって星を見ようと郷に押しかけた。しかし、郷の者たちはそれを拒んだ。
理由を聞かれた郷の者は、口を揃えてこう言う。
「死んだ者は天に登って星になるという話を、聞いたことがないのか」と。
ある日、郷に住む少女が一人亡くなった。郷を治める長の息子の、攻撃魔法の練習台にされたのだ。
郷の者は、またか、と呟きつつも涙を流し丁重に供養する。
郷の空に、また一つ星が増えた。
とある魔法郷は星が綺麗なことで有名だった。