神様だけが知っている
星が薄くなった夏の夜。3番線ホームには人がちらほらといる。みんな、今日最後の東京行きの特急を待っているのだ。
特急乗車口の近くの椅子に、腰掛ける。背負っていたリュックは、膝の上に置いた。それが合図であったかのように、どくんどくんと、胸が鳴る。
私がこの先どうなるかは、誰も知らない。私だって、よくわからない。
夢を叶えられる?叶えられないまま、諦めてしまう?またこのホームに降りることはある?向こうにはどんな人がいる?
疑問と希望を数えてみたけど、やっぱりよくわからない。東京という街は、それほどまでに未知だ。
ホームの屋根の上に、星の少ない空が見えた。
分からないことだらけだけど。
未来で、誰かを救う歌を歌っていられたらいいな。
この道の先に
ねえ、知ってる?この道をずーっとまっすぐ歩いていくと、長い長いトンネルがあるの。そのトンネルは人によって長さもどこに出るかも違うんだって。誰でも入れるけど、一つだけルールがあるの。それは…。
絶対に笑わないこと。
笑うとトンネルの先が違う世界に繋がって、二度と戻って来られないんだって。
興味があったら来てみてね。
トンネルの影のように黒い髪を持った、私の唯一の友達が教えてくれた怪談話。中学生になる前、突然遠くへ引っ越してしまった君との、最後の会話。誰もどこへ行ったか知らないようだったけど、私はなんとなく分かってる。
だから、去り際にこの話をくれたのでしょう?
トンネルに一歩足を踏み出し、静かに口角を持ち上げた。
日差し
ただただ眩しい青空が、日傘の向こうから見えた。
静かな建物の隙間で、ふと足を止める。
今朝の雨で洗われたばかりの、この美しい空は、こんな人気のない、取るに足らない路地にまで、暖かい日差しをくれるのか。
なぜこれを、人は灼けるようだと表現するのだろう。
私にとっては、これ以上はないほど心地よいのに。私だけの、守り神のよう。
日傘を閉じて、また歩きはじめた。
窓越しに見えるのは
ほどよく涼しさが保たれている部屋に、午後の暑い日差しが差し込む。あぁ、もうこんな時間になったのか。
だるい体を無理矢理起こすと、ベッドのそばの窓から下校中の同級生の姿が見えた。こんなに暑くて気温差も大きいのに、元気で羨ましい。
私は生まれつき体が弱い。季節の変わり目には絶対に体調を崩すし、真夏の強い日差しも苦手だし、強すぎる冷暖房も無理。特に急に暑くなってくるうえに、容赦なくどこでも冷房をかけるようなこの時期は、学校に行くのだって容易ではない。今日みたいに、すぐヘロヘロになってしまう。
それでも、そんな最悪な時期にも楽しみなことはある。
「…―!」
噂をすれば。外から待ち望んだ声がかすかに聞こえた。
鉛のような体を動かして、窓のほぼ真下を見る。そこには、同じ中学の制服に身を包んだ女の子が立っていた。鞄を背負っていない代わりに、近所のコンビニの袋を持っている。学校が終わって、着替える間も惜しんで来てくれたのかな。
窓をがらりと開けると、彼女の声がよく聞こえる。
「やっほ!来たよ~っ!」
私が手を振って返事をすると、彼女は満足そうに笑って、うちの玄関に向かう。
一階から聞こえた彼女の声で、何かがふわりと軽くなった気がした。
赤い糸
運命の人とは赤い糸で結ばれている。
子供の頃、初めてそんな話を聞いた時は、自分のどの指にも赤い糸なんてないから、一生結婚できないと思って大泣きして、お父さんとお母さんを困らせたっけ。
でも、その時の私を諭したお母さんの言葉は、今でも好きだなって思う。
「赤い糸は、結ばれていないのではなくて、見えないの。みんな、誰が運命の人かなんてわからないからね。大事なのは誰が運命の人なのかじゃなくて、この人と一緒にいたい、とか、いてよかった、って思えるかどうかだと、お母さんは思うの」
もちろん、お母さんもお父さんと結婚してよかったって思ってるわ。
そう付け加えて、お母さんはひだまりのように微笑んだ。
いつまでも仲良しなお父さんとお母さん。
私も、一緒にいたいと思える人と、お父さんとお母さんみたいな、あったかい家庭を作るよ。
今までありがとう。幸せになるね。