John Doe(短編小説)

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10/20/2023, 4:05:52 AM

ウエスト・サイドの路上にて


『ジェイクのヤツがおかしくなっちまった』

学校の連中はそう口々に言った。土曜日の午後のこと、落雷がジェイクの後頭部に直撃したんだ。それまでのヤツはすごく意地汚いヤツで、礼儀なんてまるで兼ね備えてないロクデナシだった。そんなヤツがある朝、教室に入るなり掃除を始めやがった。

「何してんだよ、掃除なんか清掃係のおばさんに任せりゃいいじゃんか」

「やあ、ルー! ちょっと教室の汚れを綺麗にしたくなってね。今日の朝は気持ちがいいな」

今すぐ病院に行って頭の手術を受けるべきなんじゃないかとか、もう一度雷にうたれて来いとか、クラスメートは口々に彼を心配した。だけど僕としてはだな。ジェイクは今のままでいいんじゃないかと思ったんだな。だけど今まで僕を見下すような態度で『お前』と言ってたヤツが『君』とか言い出すとかなり不気味だったな。でも、僕のストレスはかなり軽減されたよ。雷に感謝してるくらいさ。

だけど、ヤツはそれから数日後に死亡した。ウエスト・サイドの路上にてうつ伏せに倒れていたのを通行人が警察に連絡し、発覚したそうだ。医者が言うにはかなり重症だったそうだ。
少しでも面白がっていた自分を呪いたいね。だってジェイクはイヤなヤツではあったけど、死んで欲しいとまでは思わなかったんだから。

だけど、僕を含めたクラスの連中らがヤツの家族に『彼は本当に良いクラスメートでした』なんて言ったら僕らは最低最悪の偽善者になるのだろう。

10/18/2023, 3:15:14 PM

オーキードーキーなある日の物語


僕はロサンゼルスのスローソン通りにある劇場に入る前から、酷くがっかりしていた。一枚10ドルのチケットを二枚買いながら、彼女に嫌われないよう、なるべく態度に出さないように努めるのが精一杯だったな。

本来、その日は学校でもそこそこ仲の良いジェミーと最新の戦争映画を観に行く予定だったんだ。だけど当日の朝、僕のとびきり美人な彼女、モルが『演劇を観に行こう』とデートに誘ってくれたのだった。君なら、そこそこ仲の良い友人と、とびきり美人な彼女、どちらを優先するかい? 僕は半時間ほど迷ったが、彼女の方を取ったね。やっぱり僕は男だからさ。

それで、デートで最後はキスでもできたらな、なんて下心を隠しながら、いかにも知的な雰囲気の服装で待ち合わせのバス停に向かったんだな。そしたらモルもすごく清楚な服でやって来たんだ。この時、僕は舞い上がっていたね。正直、演劇なんかより、こんな美人とデートできることが何より嬉しかったのさ。

そんでバスはスローソン通りの劇場付近に到着し、僕はそこで酷く頭を打ったような感覚になった。演劇のタイトルがシェイクスピアの『ヴェニスの商人』だったからなんだ。これにはこたえたね。まだ『千夜一夜物語』の方がマシだったろう。だけどモルときたら、楽しみで仕方なさそうなんだ。僕はかなり憂鬱な気分で劇場に入っていったね。

『ヴェニスの商人』の内容は知っていた。だからきっとつまらないだろうと、演劇を内心バカにしながら観ていた。あーあ、ジェミーと戦争映画を観たかったな。彼女の方はというとね、すごく熱心に観てるんだ。睡眠薬でもありゃ飲んで寝てしまおうかと思ったその矢先さ。

『お前の肉を1ポンドいただくぞ!!』

ユダヤ人の金貸し役の演技がものすごいのなんの、僕の憂鬱は一瞬で吹き飛んだね。まるでプロボクサーの全力のアッパーを食らったみたいになったのさ。それからはもう、僕は食い入るように劇を観ていたね。音楽もまた良かったんだな、これが。

いやあ、本当に良かったね、と劇場を出た後、カフェで彼女と語り合った。もう僕らは興奮しちゃってさ、夕方までカフェで雑談してその日は終わったんだけど、とても充実した一日だったよ。戦争映画は今度一人で観に行こうと思う。彼女との別れ際にしたキスがまた良かった。

いや、本当に演劇はいいよ。10ドルの価値はある。だけどそれをジェミーに伝えると、アイツ僕をからかうんだろうな。それでもいいさ。
オーキードーキーだよ。まったくね。

10/17/2023, 11:18:12 PM

サクリファイス


もう何も怖くなかった。
もう何も辛くなかった。
その微かな甘い香りが、ぼくを優しく包み込んでくれるのがわかった。
死なんて、怖くなかった。
生なんて、辛くなかった。
神様がいるかどうかなんて、たいした問題じゃなかった。
ここには、最高の人がいる。
ここには、最愛の人がいる。
それだけですべてが完結した。
それだけがすべてを抱擁した。
時計の針が狂ってしまったとしても。
砂時計の砂がすべて落ちきってしまったとしても。
ここには、あなたがいる。
世界に一人だけのあなたがいる。
それは確かに現実で、紛れもない現象。
ぼくのサクリファイスも、過去のもの。



これほどまで、素敵なことはあるだろうか?

10/16/2023, 2:19:43 AM

惑星エックスにて


くだらない、馬鹿げたことかもしれないけど、これから話すことは決してぼくの妄想や出鱈目なんかじゃないことを前提に、どうか聞いて欲しい。

結論から言うとね、ぼくは宇宙人(厳密には地球人もぼくらからすれば宇宙人だから、敢えてこの呼び方をするけど)だ。きみらは地球人、ぼくの母星は惑星エックスっていう地球とよく似た星の人間なんだ。

でも、きみは今、ぼくは地球人にそっくりじゃないかと思ったことだろう。当然だよな。だって地球人の祖先がぼくらエックス星人なんだから。でも、きみたち地球人より遥かに優れた高度テクノロジーの文明を築いているよ。きみたちはテレポートもテレパシーもできないだろうけど、ぼくらはそれができる。特殊な磁場を発生させて宇宙空間を移動できる乗り物だってあるんだから。

きみら地球人が月面に旗を掲げていたころ、ぼくらは既に銀河系のほぼ全てを植民惑星にしていた。近い将来、エックス星と地球の間で戦争が起きるかもしれないね。なるべく、平和的に外交を進めるつもりだけど、きみらはものすごく攻撃的だから困る。

ぼくの兄、ギグポーニは、地球に潜入している。兄貴、『ジム・ジル・ジェノラータ』なんて名前でアメリカを監察してるんだ。ぼくは『ノグチ・トチロー』って名前でニホンにいる。本名はポサボッドなんだけど。まあ、きみはぼくが頭がおかしいヤツだとでも思ってるんだろ? 顔に出てるよ。

話を続けるね。

でね、ぼくは結局何を言いたいかというと、きみに恋をしたことを伝えたいんだ。きみのグリーンの瞳、すごく綺麗だな。そこで、きみとぼくでエックス星に行かないかい? ああ、ぼくの場合は母星に帰るだけなんだけどね。

嫌? それは残念。だけどきみに拒否権はないよ。さっき言ったけど、ぼくの星の科学技術は銀河系最高レベルなんだ。きみを逃がしはしないよ。

あ、そろそろ部屋に戻らなきゃ。どうやってもさ、この施設から出ることができないけど、いつか出てやるさ。そしてきみを絶対に連れて行くんだから。

やめろ! 今戻ろうとしてたろ! ぼくは掴まれるのが大嫌いなんだ、離せったら!!
チクショウ!!

10/12/2023, 1:25:13 PM

恋は金より重し、また命より尊し


その男は、自分は世界一不幸だと信じていた。
自分より不幸な者はいない。いたらそいつに今すぐ会いたいものだ、とさえ思っていた。

男は中世の頃から代々続く名家の血筋の人間だった。いわゆる、『王子様』というヤツで、容姿端麗、文武両道、英邁闊達。彼の名声や才能に嫉妬した男たちは皆『王様気取り』『王子様』と男を皮肉な渾名で呼んだ。その一方で、女たちは皆彼に見とれていた。男は学校ではかなり浮いた存在だったし、彼自身それを望んでいなかったのである。

彼は普通に生きていたかった。『王子様』ではない、普通の、平凡な男。そんな普通に憧れていた。そんな普通の幸せに憧れていた。富も名声もくれてやる、どうか俺に普通をくれ、と月に向かって神に祈ったこともあった。

その祈りが神に届いたかどうかは定かではない。しかし、決定的な奇跡としか思えないような出来事が彼に起きた。それはあまりにも突然だった。
なんと、彼の邸宅が火事で焼け落ちたのである。あっという間のことだった。風が強く吹いていたせいで火はたちまち燃え広がり、家族は助かったものの屋敷は全焼、父親が唯一銀行に預金していた金以外全てが焼失した。それでも銀行には充分な金はあったのだが、この時不謹慎にも男は「やった」と内心喜んでいた。

それから彼ら一家は『普通の家族』となった。学校でも皆気の毒に思って前のように皮肉な渾名で彼を呼ぶことはなくなった。男は学校の居心地がすごく良く感じた。皆が自分に同情してくれる。皆が自分を同じように接してくれる。彼はようやく幸せを掴むことができたと思った。

そして、遂に恋人ができた。

決して名家の出身ではない。特別美人でもない。『お姫様』ではない。しかし優れた感性とおおらかさを兼ね備えた少女。男は少女に結婚を申し込み、彼女はそれを受け入れ、家族の反対も押しきり、卒業と同時に結婚した。

しかし、幸せは長くは続かなかった。男は幸せを保つため、一生困らないだけの金を得ようと、資産家になることを目指し、自分の全能力を使ってもう一度金が必要だと神に祈った。

それがいけなかった。

男は少女と街を歩いていると、彼女は突然何も言わずに倒れ、その肉体は人の形をした男がかつて嫌い、また得ようとした無数の紙切れになった。
男は呆然と立ち尽くしていた。目には涙を浮かべ、彼女の身体をかき集めた。
しばらくすると、街中の人間が男を押し退け、大喜びでしきりに紙切れを集めては持って行ってしまうのであった。

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