春風とともに
綺麗だな。
頭上の、満開の桜の花を眺めていたら。
突如、強い風が吹いて。
それは一瞬で、僕の全身をぶわっと呑み込んで。
かと思ったら、一瞬で去っていく。
咄嗟に目を瞑っていた僕が、目を開くと。
目の前には、さくらの花びらを手にした君がいて。
きょとんとしている僕に、君は。
「髪に着いてたよ、これ」
と、手にしていた、花びらを見せてくる。
でも、僕はというと、何だか信じられない気持ちで。
というのも、目の前の彼は、幼なじみで、僕の大切な人。
彼と一緒に過ごせるだけで、僕はいつだって幸せだった……のに。
去年の、丁度今頃。
君は、ボールを追いかけて車道に出てしまった子供を庇って亡くなってしまったんだ。
だから。
「な、なんで、君が、ここに?」
驚きを隠せない僕に、君はイタズラが成功して喜ぶ子供みたいに笑って。
「春風に乗って、お前に会いに来たんだよ」
なんて、彼の言葉と同時に、また風が吹く。
桜の花びらが舞う中、微笑む君が、僕の前に春を告げにやってきたのだった。
End
涙
僕はよく泣く。
悲しくても、嬉しくても。
特に君の言葉は、僕の胸を強く揺さぶるから。
君は、僕からすれば怖いくらい真っ直ぐでぶれない人だから。
そんな君の隣に、僕なんかがいても良いのかな、なんて。
いつも不安で、不安ばっかりの自分が嫌いだから。
君もこんな僕なんて、嫌いになるんじゃないかって。
だから、君といると、僕は泣く。
悲しくて、嬉しくて。
「もう、泣かなくても良いってば」
そう言って、涙が止まらない僕の頭をクシャクシャと撫でる君の声は、呆れ気味。
でも。
「そんなとこも、可愛いけどさ」
なんて、彼の言葉に俯いていた顔を上げれば、唇にそっと、キスを落としてくれるから。
やっぱり、僕は泣く。
嬉しくて、嬉しくてたまらなくて。
そして。
涙ながらに、僕は彼へと。
「っ、ありがと、うっ」
すると、満足そうに笑う彼は。
「うん。やっぱ、お前の笑顔はもっと可愛いよ」
と、また涙が溢れる僕の頭をワシャワシャと、撫でるのだった。
End
小さな幸せ
僕にとっての小さな幸せは。
君と並んで歩けること。
君と手を繋げること。
君を抱き締められること。
君と向かい合わせでごはんが食べられること。
君と同じベッドで眠れること。
そして。
「……おはよ、う」
なんて。
まだ、眠そうな君のおはようを、1番に聞けること。
「おはよう」
「ん、なんで笑ってるの?」
瞼を擦りながら、不思議そうな顔をする君が可愛くて。
これが、俺の小さな幸せの、まだほんの一部。
End
春爛漫
いつもしかめっ面の彼。
せっかく席が隣同士になったんだから、そんな彼と仲良くなりたい、なんて思うのは。
「ねぇ、迷惑かな?」
「……何?それ、俺に言ってる?」
俺が席から、じっと、隣の席で本を読む彼を眺めて言えば。
本から視線だけを俺に向けた彼が、相変わらずのしかめっ面で、返してくれて。
それに気分を良くした俺は、思わず笑顔になる。
「そう、君に言ってるの。ねぇ、その本、面白くないの?」
だって、すっごく難しい顔してる。
「……面白くはないよ、興味深いだけ」
それって、どう違うんだろ?
なんて、俺の思ったことが、顔に出ていたのか。
「……別に、お前に理解してもらおうとは思ってない」
そう言って、視線を本の中へと戻してしまう彼に。
「嫌だ、俺のこと見て欲しい」
「は?」
戸惑いの声を上げた彼が、顔を俺へと向けてくる。
目を見開いた、その表情はしかめっ面ばかりの彼には珍しくて、あどけないから。
あぁ、可愛いな。
なんて、心の中で呟いていたつもりが、声に出ていたらしく。
え?と小さく声を漏らした彼の頬は、うっすら赤く染まっていて。
それは、校庭に咲く、桜の花びらを連想させる。
しかめっ面の彼の、別の一面は。
俺にとっての、春爛漫だった。
End
記憶
俺の記憶の中の君は、いつだって笑っていて。
明るくて、ちょっとだけお調子者の君。
そんな君が、楽しげに手を引いてくれるから、ちょっとだけネガティブ思考の俺でも、今まで笑って過ごせていたのに。
これが、幸せか、なんて。
俺らしくなく、浮ついた気持ちでいたのに。
「どうして、別れようなんて言うの?」
明るい君には似合わない、涙なんか流して。
「別れたいのは、お前の方だろ?」
とか、君が流れる涙を腕で拭いながら、続けて言うのに、俺は益々、混乱する。
俺が君と別れたい、だって?
そんなことある筈がない。
と、俺がすぐさま言えば。
昨日、女の子と楽しそうにしてたじゃん、なんて。
彼が泣きながら言う。
昨日?
俺が女の子と楽しげにする、なんて有り得ないんだけど。
でも、それで、思い当たるのは1つしかない。
「それ、俺の妹だよ」
そう、俺が真実を告げれば。
君の目がみるみる大きくなって、やがて、涙も引っ込んで。
「っ、それ、先に言ってくれよ!」
なんて、顔を真っ赤に染める。
あぁ、いつも笑顔で明るい君も、不安に涙する時があるんだな。
ごめんな、気が付かなくて。
俺ばっかり心配性なのかと思ってた。
自分のことで、精一杯だった、情けない俺。
こんな俺のことで、君は泣いてくれるのか。
「心配しなくても大丈夫だから」
俺が好きなのは、君だけだよ。
そう、俺が告げれば、君の真っ赤な顔はたちまち、明るくなって。
眩しい笑顔で。
「俺もお前が大好きだよ!」
あぁ、これでこそ、俺の1番記憶に残る、大好きな君だ。
End