日差し
一日の始まりに、太陽の日差しを浴びるのが良いってよく聞くけど。
それはそうだ、って俺は毎朝実感してる。
まぁ、俺の太陽は。
「おはよう!朝だぞ、起きろー!」
なんて。
朝からはつらつとした笑顔が眩しい、彼なんだけど。
あぁ、今日も元気で可愛いな。
と思う気持ちを何とか抑えて。
まだ眠いフリをして、抱えていた掛け布団と一緒に寝返りを打ってみせた。
「……ん、まだ寝る」
「だーめ。これ以上寝てたら遅刻だぞ」
……ちょっと待て。
今の、『だーめ』可愛過ぎないか。
もう眠気なんてとっくに覚めていて。
彼への溢れる気持ちで、胸が高なっている。
けど、まだ起きるには、俺のときめきの日差しが足りないんだ。
だから。
俺が最後の抵抗とばかりに、抱き抱えていた掛け布団を頭から被れば。
起きろー、と彼が布団を剥がしてくる。
ほんとはここで起きても良いんだけど。
まだ、目を瞑っていれば。
「ったく、しょーがないなぁ。お前ってヤツは」
と、いつもだったら、ここで彼からの擽りの刑が始まる筈で。
でも、今朝は何故か、彼がフッと笑って。
「起きなきゃ、キスしちゃうぞ」
……え、えぇ?!
なんて。
まさかのびっくり発言に。
俺が思わず、目を開くと。
「よっしゃ、起こすの成功だな」
と、ニコニコ顔の、いつもの眩しい彼。
それでも、今はその笑顔が一段と輝いて見えて。
俺の中に、一日のやる気というか、エネルギーがチャージされるのを感じた。
……もし、あの時、直ぐに目を開けなかったら、彼は俺にキスしてくれたんだろうか。
明日の朝、試してみようかな。
End
窓越しに見えるのは
窓際の席になって、最初にラッキーだと思ったのは、校庭で走る彼を見つけた時だ。
体育の授業で走る君のフォームが綺麗で見惚れてしまったんだ。
その綺麗な走りに、俺はてっきり彼が陸上部なんだと思い込んでいたんだけど。
放課後、一緒に帰る友人の用事を待つ間に、ぶらぶらと校内を歩いていた時。
美術室の窓から、君の姿が見えて。
キャンバスに向かう、真剣な横顔が綺麗で見惚れてしまったから。
あの、走るフォームが綺麗な彼と同一人物だとは、直ぐには気が付かなかったぐらいだ。
そして、君が美術部に所属していることを知って。
俺は、授業中に校庭で走る君を眺めるだけでは満足出来ず。
帰宅部なのに態々、放課後まで残って、美術室の横を通りながら。
窓から見える、絵を描く君の姿を見つめてしまう程で。
いつの間にか、俺は、彼の動作の全てに心が奪われていた。
……あぁ、いつか、窓越しじゃない、綺麗な君の姿をこの目に映したいな。
そうすれば、俺がこんなにも君に惹かれる理由がわかる君がするんだ。
なんて。
俺が考えながら、美術室の横を通り過ぎた時だ。
ガラリと、美術室の扉が開いて。
俺が驚いて振り返ると、そこには。
俺が窓越しに見つめていた彼が居て。
窓越しじゃない君の姿を、俺の目が捉えた瞬間。
呼吸をするのを忘れるぐらいに、君に見惚れて。
そして。
「……好き、です。ずっと君のこと見てました」
と、口から気持ちが勝手に溢れていた。
当然、俺の突然の告白に驚いた様子の彼。
目を見開いて、息を呑む様子でさえ、綺麗に思えて。
俺は目が離せない。
「……え、っと、友達……からでも良い?」
なんて。
辿々しかったけれど、返事をくれたことが嬉しくて。
何より、君と友人になれるなら。
もう、窓越しに見つめなくても良いんだと思うと。
それが、嬉しくて堪らないから。
「っ、はいっ。是非お願いしますっ!」
そんな、盛大に頭を下げる俺に。
彼が思わずといった感じで、笑い声を上げた。
窓越しじゃなくて、しかも初めて見た、君の笑顔。
俺は胸の高鳴りが抑え切れなくて。
咄嗟に制服の胸の辺りを強く握る。
勿論、その間にも一瞬だって、君から目を離したりはしなかった。
End
赤い糸
「俺、彼女出来たんだ」
「……部活のマネージャーの子?」
「うん、そう」
そっか、それなら良かった……。
「おめでとう」
俺はホッとして、そう言えた。
「うん、ありがとう」
目の前の彼は幸せそうに笑うけど。
俺は知っている。
その幸せが長く続かないことを。
俺には、運命の赤い糸が見える。
自分のも見えるし、彼のも見えていて。
俺のも彼のも、誰に繋がっているのか、その先はわからないけれど。
でも、少なくとも。
最近付き合い始めたという、マネージャーの子と彼の赤い糸が結ばれていないことは、見えていて知っている。
そして、俺と彼の糸が繋がっていないこともわかってる。
もし、彼の糸と繋がった運命の相手が現れて。
彼に幸せそうに紹介されたとしたら……。
俺はその時も笑って、おめでとうと言えるのかな。
俺に運命の赤い糸が見えるだけじゃなく……切ることも出来るとしたなら、俺は。
彼と結ばれた、運命の相手の糸を引きちぎってしまいそうで怖いんだ。
それで、彼が幸せになれなくても。
俺と彼が絶対に結ばれないとわかっていても。
俺は君を愛しているんだ。
こんな身勝手な俺にも、赤い糸が繋がった運命の相手は、ちゃんといるのだろうか。
だとしたら、どうか。
早く現れてほしい。
俺が、彼の幸せを断ち切る、なんて愚かな罪を犯してしまう前に。
End
入道雲
空を見上げると、入道雲が広がっていて。
今にも雨が降ってきそうだ。
「なぁ、お前、傘持ってる?」
「ううん、無い」
「なんで、持ってねぇーんだよ。天気予報見てねぇーの?」
「そっちこそ。どーせ、お前も持ってないんでしょ、傘」
なんて。
溜息混じりの、彼の言葉に。
俺は待ってましたと言わんばかりに。
カバンから折り畳み傘を取り出してみせれば。
ちっさ、と呟いた彼に、また溜息を吐かれた。
「はぁ?なんだよ、それ。文句あるなら入れてやらねぇーかんな」
「そんなの良いよ。二人で使ったらどっちも濡れちゃうだけじゃん」
お前のだし、お前だけで使えば?
なんて、下駄箱で靴を履き替えた彼が、先に歩き出すから。
待てよ、と。
俺も慌てて、靴を履き替えて。
彼の後を追った。
今にも雨が降り出しそうな空だったけど。
まだ雨は降っていない。
「このまま、帰るまで降らなきゃ良いんだけど」
と、空を見上げた彼が呟いて。
俺が、だな、急ぐか、なんて。
会話をしていた時のこと。
あ、と彼が呟いたかと思ったら。
空から雨がポツポツと降ってきて。
そして、一瞬でザーザー振りに変わるから。
俺が傘を取り出した頃には、ずぶ濡れだった。
「走るよ」
そう短く言った、傘の無い彼はもっと濡れている。
それでも、なんてこと無さそうな顔をしているから
そんなお前を見ていたら、俺も何でも良いか、って気分になってきて。
走って揺れる折り畳み傘が邪魔に思えて、閉じると。
少し先を全身ずぶ濡れで走る、お前の後を追いかけた。
近くの屋根がある場所に着いた時には、髪も制服も濡れて、肌にピッタリとくっついているのが気持ち悪かったけど。
「急にこんな降るなんてね、びっくりした」
なんて。
髪を掻き分けて、あっけらかんと笑うお前を見ていたら。
俺も笑えてきて。
「何か、かっこいいな、お前」
と、思ったことを口にすれば。
「はっ?何、急に……」
と、俺から目を逸らす彼の頬が薄っすらと赤く染まっていて。
「……やっぱ、可愛いのかも」
「はっ?どっちだよ?」
ってか、もっと意味わかんない。
なんて、彼に脇腹に肘を入れられる俺だった。
End
夏
お前と飲む、バイト終わりの一杯が好きだ。
バイト先の近くの、ちょっと広い公園の中にある、
紙コップのジュースの自販機。
そこで、炭酸のジュースを一杯ずつ買って、その場で一気に飲むのが。
俺と彼の、夏の習慣だったりする。
ぷはぁ、とジュースの半分以上を一気に飲み干した、お前が。
「今日はマジで忙しかったよな」
「あぁ、休憩もまともに取れなかったし」
「それにさ、新しく入ったヤツは全然仕事、覚えねぇーから、時間ばっか過ぎるっつうか」
「それな。先輩は教える気ねぇーから、俺らばっか面倒見なきゃなんないの、マジでキツい」
なんて。
バイト中の愚痴を、二人で言い合うのがストレス発散になっているし。
ちょっとした楽しみだったりもするから。
正直、バイト先には不満しかないけど。
お前と知り合えたことだけには、感謝している。
そんな俺の気持ちが伝わったみたいに。
ジュースを飲み干した彼が。
「俺さ、お前がいるから、今のバイト続けられてんだと思う」
帰りにこうやって、お前と一杯やんのは楽しいしさ、と。
空になった紙コップを、ゴミ箱に入れながら、彼がぽつりと言うから。
……さては、コイツ照れてるな。
なんて、俺の方を見ない彼に苦笑していれば。
「何笑ってんだよ、お前」
「ははっ……いや、一杯やる、ってなんか、酒飲んでるみたいじゃね、とか思ってさ」
俺も彼も未成年で。
お酒はまだ飲んだことが無いけれど。
「あぁ、確かに。サラリーマンが仕事終わりに居酒屋行くとか、こんな感じの気分なのかもな」
……だとしたら、大人になっても、お前と仕事の愚痴を言いながら、冷えたお酒を飲んだりしてぇーな。
なんて、俺はふと考えて。
そんな、お前との未来をぼんやりと思い描く、夏のある日だった。
End