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6/30/2024, 12:44:05 AM

入道雲


空を見上げると、入道雲が広がっていて。
今にも雨が降ってきそうだ。

「なぁ、お前、傘持ってる?」

「ううん、無い」

「なんで、持ってねぇーんだよ。天気予報見てねぇーの?」

「そっちこそ。どーせ、お前も持ってないんでしょ、傘」

なんて。
溜息混じりの、彼の言葉に。
俺は待ってましたと言わんばかりに。
カバンから折り畳み傘を取り出してみせれば。

ちっさ、と呟いた彼に、また溜息を吐かれた。

「はぁ?なんだよ、それ。文句あるなら入れてやらねぇーかんな」

「そんなの良いよ。二人で使ったらどっちも濡れちゃうだけじゃん」

お前のだし、お前だけで使えば?
なんて、下駄箱で靴を履き替えた彼が、先に歩き出すから。

待てよ、と。
俺も慌てて、靴を履き替えて。
彼の後を追った。

今にも雨が降り出しそうな空だったけど。
まだ雨は降っていない。

「このまま、帰るまで降らなきゃ良いんだけど」

と、空を見上げた彼が呟いて。
俺が、だな、急ぐか、なんて。
会話をしていた時のこと。

あ、と彼が呟いたかと思ったら。
空から雨がポツポツと降ってきて。

そして、一瞬でザーザー振りに変わるから。
俺が傘を取り出した頃には、ずぶ濡れだった。

「走るよ」

そう短く言った、傘の無い彼はもっと濡れている。
それでも、なんてこと無さそうな顔をしているから

そんなお前を見ていたら、俺も何でも良いか、って気分になってきて。
走って揺れる折り畳み傘が邪魔に思えて、閉じると。

少し先を全身ずぶ濡れで走る、お前の後を追いかけた。

近くの屋根がある場所に着いた時には、髪も制服も濡れて、肌にピッタリとくっついているのが気持ち悪かったけど。

「急にこんな降るなんてね、びっくりした」

なんて。
髪を掻き分けて、あっけらかんと笑うお前を見ていたら。
俺も笑えてきて。

「何か、かっこいいな、お前」

と、思ったことを口にすれば。

「はっ?何、急に……」

と、俺から目を逸らす彼の頬が薄っすらと赤く染まっていて。

「……やっぱ、可愛いのかも」

「はっ?どっちだよ?」

ってか、もっと意味わかんない。
なんて、彼に脇腹に肘を入れられる俺だった。


                     End

6/29/2024, 3:13:15 AM




お前と飲む、バイト終わりの一杯が好きだ。

バイト先の近くの、ちょっと広い公園の中にある、
紙コップのジュースの自販機。
そこで、炭酸のジュースを一杯ずつ買って、その場で一気に飲むのが。
俺と彼の、夏の習慣だったりする。

ぷはぁ、とジュースの半分以上を一気に飲み干した、お前が。

「今日はマジで忙しかったよな」

「あぁ、休憩もまともに取れなかったし」

「それにさ、新しく入ったヤツは全然仕事、覚えねぇーから、時間ばっか過ぎるっつうか」

「それな。先輩は教える気ねぇーから、俺らばっか面倒見なきゃなんないの、マジでキツい」

なんて。
バイト中の愚痴を、二人で言い合うのがストレス発散になっているし。
ちょっとした楽しみだったりもするから。
正直、バイト先には不満しかないけど。
お前と知り合えたことだけには、感謝している。

そんな俺の気持ちが伝わったみたいに。
ジュースを飲み干した彼が。

「俺さ、お前がいるから、今のバイト続けられてんだと思う」

帰りにこうやって、お前と一杯やんのは楽しいしさ、と。
空になった紙コップを、ゴミ箱に入れながら、彼がぽつりと言うから。

……さては、コイツ照れてるな。

なんて、俺の方を見ない彼に苦笑していれば。

「何笑ってんだよ、お前」

「ははっ……いや、一杯やる、ってなんか、酒飲んでるみたいじゃね、とか思ってさ」

俺も彼も未成年で。
お酒はまだ飲んだことが無いけれど。

「あぁ、確かに。サラリーマンが仕事終わりに居酒屋行くとか、こんな感じの気分なのかもな」

……だとしたら、大人になっても、お前と仕事の愚痴を言いながら、冷えたお酒を飲んだりしてぇーな。

なんて、俺はふと考えて。
そんな、お前との未来をぼんやりと思い描く、夏のある日だった。


                     End

6/27/2024, 11:35:01 AM

ここではないどこか


毎朝同じ時間に起きて。
起きたら、顔を洗って、朝ごはんを食べて、歯を磨く。
一週間分組み合わせておいた服の中から、前日に決めていた服に着替えると、髪をセットする。
時間に余裕があったら、適当にスマホのネット記事を眺めていれば、時間はあっという間に過ぎて。
決まった時間に家を出て、毎日ホームの同じ位置から、いつもの電車に乗る。

そして、いつもと同じように。
バイト先の最寄駅に着いて、仕事場に行って。
慣れた作業を淡々とこなすんだろうと考えていたのに。
最寄り駅に着く手前で、電車が大きく揺れて。
俺はバランスを崩して、体がよろけてしまう。

咄嗟に踏ん張ったけれど、隣に並ぶ様に立っていた青年に肩がぶつかってしまった。

「す、すみません」

「いえ、大丈夫ですよ」

なんて。
爽やかな笑顔を、俺に向けてくれる彼に。

何故か胸がざわつくから。
俺は思わず俯いてしまった。

……なんだろう、この感じ。

何かちょっとだけ、自分が嫌になる。

そんなことを思っていたら、電車が駅に着いて。

あ、降りなきゃ。
と、思うのに、足が動かない。

「あれ、降りないんですか?」

いつもここで降りてますよね、なんて。
さっき肩がぶつかった青年から、不思議そうに声を掛けられる。

どうやら、俺は気が付いていなかったが。
彼も俺と同じように、いつもこの電車の、この車両に乗っていたらしい。

「あ、降ります、降ります」

青年の声掛けによって、我に返った俺が弾かれたように、ドアに向かおうとして。

でも、運悪くドアは閉まってしまい、電車が発進してしまう。

……どうしよう、乗り過ごしちゃった。

このままじゃ、バイトに遅刻する。

「大丈夫ですか?」

なんて、隣の彼に心配される程、俺の様子はおかしかったのだろう。

「大丈夫……じゃないです」

もうバイトには遅刻決定だし。
一度足が動かなかった時点で、きっと、駄目だったんだ。

あぁ、もう、いっそ。

「それじゃ、俺と遊びに行きません?」

「え?」

「実は俺も、さっき降りなきゃいけなかったんですけど」

動かない貴方のことが気になっちゃって、降りるの忘れちゃいました。
と、俺とは対照的にあっけらかんと言う彼が、眩しくて。

……そっか、さっき、俺が自分を嫌になったのは、彼が羨ましかったからなんだ。

どこまでも自由そうな、爽やかな彼に。
俺は惹かれていたんだ。

だから。

「遊ぶって、どこに行くんですか?」

「どこでも良いですよ。行きたいとことかってあります?」

……行きたいところ、か。

「俺も、どこでも良いです」

いつもの見慣れた場所じゃない、どこかなら。

爽やかな風のような彼なら、きっと。
俺を新しい世界へと運んでいってくれるに違いないから。


                      End

6/26/2024, 12:01:22 PM



「最近暑いね」

「カラッと晴れてくれるなら、暑くてもしょーがないって気分になるけどね」

「今は梅雨だからなぁ。毎日すっきりしない天気でジメジメしてて嫌になるよ」

「あぁ、早く梅雨明けして、夏が来ないかなぁ」

そしたら、直ぐに夏休みじゃん。
一緒に遊びまくろーぜ、なんて。
俺と彼の、下校途中の何気ない会話。

梅雨真っ只中で、すっきりしない空模様が、俺と彼の何となく退屈な毎日を表してるみたいだった。

そんな中で、横断歩道を歩いていると。
額に冷たい雫が、空から落ちてきた気がして。

「あ、降ってきたかも」

なんて。
思わず、俺が空を見上げた時のことだ。

周りを歩く人々が小走りで、横断歩道を渡り切って行く。
俺はてっきり雨に濡れたくなくて、急いでいるだけかと思っていたんだけど。

「危ないっ!」

隣に並んでいた友人の彼が、自分の体ごと俺の体を突き飛ばす。

……えっ?

なんて。
俺が突然のことで、何が何だかわからなくて。
彼の隣で呆然と尻餅をついて、座り込んでしまえば。

次の瞬間、一台のトラックが猛スピードで俺のさっきいたところに突っ込んで走り去っていくから。

俺は一瞬で血の気が引いた。

だって、あのまま、さっきのところを歩いていたら、俺は……。

「良かった、お前と会うのが今日で最後になってたかもしれない」

と、ホッと息を溢す彼を見て。

……そんなの、悲しいに決まってる。

なんて考えると、俺の目に自然と涙が頬を伝うから。

「何泣いてんだよ、お前なぁ」

「……っ、だって、俺っ」

「もう大丈夫だよ、俺はお前の傍にいるよ」

「うん、ありがとう……俺を助けてくれて」

あの瞬間助けてもらえていなかったら、きっと。
俺はもう二度と、お前の隣を歩けなかっただろう。

今日がお前に会った最後の日になってたかもしれないんだ。


君と最後に会った日……になってたかもしれない日


                      End

6/25/2024, 11:14:55 AM

繊細な花


俺は貴方を見かけた時に思ったんだ。

貴方は、繊細な花みたいな人だって。

毎朝、花壇で一人、色とりどりの花を咲かせる植物の手入れをしながら、微笑む貴方を見て。
なんて、身も心も綺麗で、素敵な人なんだろう、って。

帰宅部の俺が、部活の朝練のある友人に付き合って、早い時間に登校するようになって、数日。
教室の窓から見える花壇を手入れする彼を見かけてから、俺は毎日飽きもせず、その様子を眺めていた。

というより、見惚れていたんだ。

だから、直ぐに彼の異変に気が付いた。
彼はいつもの様に、近くの水道から引っ張ってきたホースで、花壇に水を遣っていたのだが。
どうも、その様子がおかしい。
いつもなら、色とりどりの花達を慈しむように眺めているのに。
今日は俯きがちで、花達をあまり見ていない。
ホースを握る手が揺れていて、何だかしんどそうだと思った瞬間。

俺は教室を出て、花壇へと向かっていた。

「大丈夫ですか?!」

なんて、俺の突然の登場に驚いて、目を見開く彼に。
躊躇いもなく声を掛ければ。

「……えっと、君は?」

「教室から花壇が見えて、貴方が体調悪そうにするのが見えたからきちゃいました」

ほら、あそこの教室です、と。
俺が見上げて、自分の教室を指差すと。

「そう、だったんだ。心配してくれてありがとう」

でも、大丈夫。
ちょっとフラついただけなんだ。
なんて、手を止めていたホースを動かし、花壇に水を遣り続けようとする彼に。

「無理しないでください」

花達に水を遣るのも大切だと思うけど。
貴方にはもっと自分を大切にしてほしいから。

もし、貴方が自分自身を大切に出来ないのなら。
俺が貴方を大切にしたい。

「これ、良かったら飲んでください」

と、俺はここに来る途中の自販機で買った、ペットボトルの水を、彼に差し出す。

「貴方が花達にしか水を遣れないなら、俺が貴方に水をあげます」

なんて、言葉も添えて。

すると、目を丸くしていた彼が、あはっと吹き出す様に笑ったかと思ったら。

「君面白いね。ありがとう、受け取るよ」

と、俺からの水を受け取ってくれた彼は。
俺がずっと間近で見てみたいと思っていた、花壇に向けるような、優しくて綺麗な微笑みを浮かべていた。

あぁ、やっぱり、貴方は花みたいな素敵な人だ。


                      End

                      


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