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12/25/2025, 2:58:30 PM

世界が歪んだ瞬間を見たことがありますか?


「……茜が死んだんだ」

その一言を聞いた瞬間、胸の奥がひやりと冷えた。
急いで現場へ向かった俺の視界に飛び込んできたのは、動かない茜の身体と、床に座り込んだ想の姿だった。
その顔には涙も焦りもなく——
犯人というより、看取りを終えた“遺族”のような静けさがあった。
だが、検視結果はその曖昧な印象を容赦なく切り捨てた。
争った形跡なし。
抵抗痕なし。
首には、ゆっくりと締められた痕跡。
——抵抗していない。
つまり、茜は“受け入れていた”。
捜査会議の空気が一気に張りつめた。
“自殺幇助”か、それとも“同意殺人”か——
どの項目に当てはめても、そこにあるのはひとつ。犯罪だ。
俺は想を取調室に呼んだ。

「……想。あの日、何があった?」

想は長い沈黙のあと、諦めたように口を開いた。

「茜が……言ったんだよ。
『もう生きたくない』って。
何も感じないし、誰にも届かないって。
それで……“終わらせてほしい”って頼まれた」

喉の奥がひきつれるような感覚があった。
想は言葉を続ける。

「断ったんだ、何度も。
でも茜は、僕じゃなきゃ嫌だって……
“想なら怖くない”って言った。
僕は……目を閉じても、手を離せなかった」

取調室の空気が重く沈む。
感情ではなく、事実だけが突き刺さる。

「……想。茜が望んだとしても、それは殺人だ。
お前は止めるべきだった」

想は小さく震えながらうなずいた。

「わかってる……全部。
でも……茜を一人で死なせたくなかった。
せめて最後は、僕がそばにいたかった」

しばらくして、想は顔を上げた。

「梶原……お願いがある。
茜の物語を、書き終えさせてほしい。
生きてるうちに間に合わなかったから……
せめて最後に、約束だけは果たしたい」

刑事として許すべきではない。
だが、目の前の友の声はあまりに切実だった。
長い沈黙のあと、俺は答えた。

「……三日だ。
三日後、必ず警察に出頭しろ。
そのときは、俺が全部受け止める。
逃げたら——俺が必ず捕まえる」

想は静かに頭を下げた。
「……ありがとう、梶原」
その声は、祈りにも、遺言にも聞こえた。
たぶん僕が想と茜を愛したことは罪であったと。
                
                   祈りを捧げて

12/24/2025, 3:56:53 AM

世界ってさ、結局は混合物だと思いませんか。
なのに、人は“純度”なんてものを勝手に作って、そこから外れたものを嫌う。



お風呂先にありがと。
「あ……はい」
その返事に、自分でもわかるほど変に緊張していた。湯上がりで少し幼く見える髪、ほんのり赤い頬。旅館の浴衣さえ、彼には不思議なほどよく似合っていた。
「急に降ってきたね」

「……ね」

「……茜、緊張してる?」

「まあ、少し」

「はは、手出さないよ。茜は経験豊富なんでしょ?僕が初めてなわけじゃないんだし」

「そうなんだけどね……。ねえ、人種差別って、なんで生まれたと思う?」

「ん?急だねその質問。んー……人は誰かを見下すことで自分を保とうとした、とか?」

「……人種差別って、“嫌い”とか“見下す”とか、そんな単純な感情じゃないと思うんだ。
世界って、いつの間にか“触れていいもの”と“触れちゃいけないもの”に線を引くでしょ?
体にウイルスが入ると良くないっていうあの感覚を、社会にそのまま拡げたみたいにさ。
違う顔、違う声、違う文化を、“汚れ”とか“混ざっちゃいけないもの”に分類して……。
本当はただの違いなのに、一度“前提”になってしまうと、人の形さえ曖昧にされちゃう。

私ね、小さい頃からずっと、自分の顔は“世界から排除される側”の顔なんだって思ってた。
だから、拒む人と一緒にいるほうがむしろ楽だったんだよ。
排除する人と、される私。役割が最初から決まってるから。
……でも、あなたは違った。
境界を引かないで近づいてくる人って、人生で初めてだった。
そういう人に触れられることが、いちばん怖いんだよ」

「……遠まわしだね。つまり?」

「だから……緊張してるの」

「茜は僕の顔、好きだからね」

そう言って、彼はそっと手を伸ばし、私の頬に触れた。
そして、さっきまで揺れていたキャンドルの火を静かに摘むように消す。
闇と雨の音だけが、ゆっくりと私たちを包んでいった。
                  
                  揺れるキャンドル

12/22/2025, 6:49:02 AM

世界の人口は83億人いる。
その中で、人生で出会える人はせいぜい3万人。
そんなわずかな奇跡を、
性別という理由だけで半分にしてしまうのは、
あまりにも勿体ないと思わないか。


誰にでも分け隔てなく優しいところが好きだった。
何かを考えているときの、遠くを見るような沈黙が好きだった。
焦点の合っていないその瞳さえ、好きだった。
――僕は、想が好きだった。

笑ったときの顔が、たまらなく好きだった。
弱いのに、それを隠して強がるところが好きだった。
たった一人を、まっすぐに愛し続ける姿が好きだった。
――僕は、茜が好きだった。

正しいとされる愛の形を、僕は親から教わった。
同じ価値観を、社会からも繰り返し刷り込まれた。
多様性の時代だと言われるこの世界で、
受け入れられているのは、いつも「理解しているふり」だけだ。
梶原唯月の気持ちは一度も守られなかった。
                    
                  降り積もる思い

12/20/2025, 5:56:15 AM



お久しぶりです。


梶原唯月です。
霞と想の物語、まだ読んでいますか。
読めてしまっているあなたは、きっともう引き返せない。

僕は今も生きています。
呼吸をして、心臓を動かして、こうして文字を書いている。
それだけで、ひどく場違いな気がするんです。
本当は、ここにいるべきなのは僕じゃない。

彼らは死にました。
正確に言えば、死を選び続けた末に、やっと死ねた。
自分を愛するより、他人を壊れるほど愛してしまう人間を、
僕はあの二人以外に知りません。
だから僕は、幼なじみとして、そして取り残された人間として、死んだ二人のことを、何度も、何度も、ここに蘇らせています。

死を夢見て、死を追いかけて、
互いの傷を確かめるように抱き合って、
それでも「愛だ」と信じて疑わなかった二人。

あの結末が、救いだったのか、破滅だったのか。
僕にはもう、区別がつきません。
ただ――あまりにも美しくて、吐き気がしました。

まだ話していないことが多すぎる。
語っていないというより、
言葉にした瞬間、すべてが壊れてしまいそうで、
ずっと喉の奥に詰まったままなんです。

正直に言います。
早く全部ネタバレしてしまいたい。
あなたたちの中に、この二人を住み着かせてしまいたい。

もうすぐクリスマスですね。
祝福の日に、二人の「出会い」についての物語の断片を、紹介しようと思っています。
それは、想と霞からの贈り物です。

もっとも、それが本当に贈り物なのか、それとも一生離れない呪いなのかは、受け取った人にしかわからないでしょうけど。
逃げなくていい。
もう、遅いですから。


いつも読んでくれて、ありがとうございます。
それが救いなのか呪いなのか、僕にもまだ、わからないままです。
                   
                 「手のひらの贈り物」

12/19/2025, 2:42:38 AM

死んでほしい、と思うほど誰かに心を向けたことはありますか。
無関心ではいられなかった、その感情の行き着く先を、あなたは知っていますか。



「想、何を見ているの?」

「毒殺だよ。ボツリヌス毒素」

画面を撫でるように、彼は微笑った。

「スプーン一杯で、三百万人。筋肉は言うことを聞かなくなって、呼吸だけが取り残される。苦しいって思う前に、終わるらしい」

楽しそうですらあった。

「茜が望むならさ、僕は人殺しになれる」

息をするみたいに、簡単に。

「殺してほしい人、いるでしょ。母も、姉も、父も。誰も君を守らなかった。友達だって、平気で君を置いていった」

彼の声は優しい。だから余計に怖い。

「居場所を奪った人間はね、茜の世界に存在しちゃいけないんだよ。消えてもらわないと」

喉が詰まる。

「……想」

「大丈夫。僕が全部やる。茜は汚れなくていい」

その言葉が、私を包む檻みたいだった。

「……想の心の片隅で、殺すならいい」

震える声で、縋るように言う。

「でも、今の私は殺さないで。今の私を見て。ここにいる私を、ちゃんと」

彼は笑った。

まるで、それすら許可するみたいに。

                    「心の片隅で」

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