夢を見た。
茜が、僕のことを心から好きでいてくれた――そんな空想の話。
茜は孤独で、独りよがりに生きることをどこかで愛していた。
変わりたいと僕にすがるくせに、いざというときには一歩も踏み出さない。
変わることが怖くて、同じ傷を何度も何度も、自分で抉っていた。
そのことを、僕は知っている。
茜が「自分が嫌いだ」と言うたびに、
僕は、茜のことをもっと好きになった。
変な愛し方しかできなくて、ごめん。
それでも、どこにも行かないでほしい。
隣にいてくれるだけでいい。
茜の席の隣は、いつも僕でありたかった。
――そうだ。
たぶん、そんな夢を見ていたんだ。
こんな夢を見た
茜の遺書
想へ
本当に好きです。
あなたのことが、心の底から好きでした。
どれだけ言葉を重ねても足りないほど、私はあなたに出会えたこと──
あなたが息をして、ここに存在していること──
そのすべてが、私の生きがいでした。
あなたの顔が好きでした。
切れ長の瞳も、薄い唇も、まっすぐに通った鼻筋も。
消えてしまいそうなほど透明な肌も、光を吸うような髪の色も。
いつも隣にいるのに、どこか遠いところにいるような、
そんな空気をまとったあなたが、たまらなく好きでした。
初めて会ったとき、
“美しい”という言葉がこれほど似合う人がいるのかと驚きました。
けれど、その言葉が正しいのかも今では分かりません。
私は、私自身が嫌いです。
私の外見は、あなたと比べるまでもなく醜い。
あなたの隣に立つたび、自分のすべてが嫌になるのです。
だから、本当はあなたのそばにいたくなかった。
それでもあなたは私の手を握って、「好きだ」と言ってくれました。
どうしてですか?
こんな外見の私を、あなたはなぜ選んだのですか?
その理由を、あなたは最後まで教えてくれませんでしたね。
それだけが、心残りです。
私がこの世界から去る理由を、あなたはきっと分かっていると思います。
味方が誰もいなかったこと。
あなたはもしかしたら味方でいてくれたのかもしれないけれど、
私はそう受け取れませんでした。
だって、あなたは美しい。
私は美しくない。
それだけで、私にとってあなたは味方ではなかったのです。
ひとつだけ、正直に言います。
私は、美しいあなたが嫌いでした。
でも、美しいだけのあなたじゃない部分──
汚い現実を見てきたような、あの目だけは、私と同じでした。
同じ境界線の向こう側を知っている人だと、
そう思えたから、
私はあなたを好きになったのです。
美しい
想の遺書
この世界から先にいなくなる僕を、どうか……どうか許してほしい。
茜。
君は自分のことが嫌いだって、ずっと言っていたのに、
どうしてあんなにも自分の話をしてくれたの?
あのとき君が言った
「私が私として生きてるからね」
──あの言葉が、ずっと胸に刺さって抜けなかった。
だって、本当はわかっていたんだ。
君が何を抱えて、何を隠して、
どれだけ自分を守りながら生きてきたのか。
ただ生きているだけで、君はいつも傷だらけだった。
人はさ、誰もが自分の世界に閉じこもって、
見たいものだけ見て、見たくないものからは目をそらして、
「どうして?」って問いかける勇気すら持たずに、
勝手に生きて勝手に離れていく。
そんな世界を、君はずっと一人で歩いていたんだよね。
でもね茜。
君が消えそうになっていたあの瞬間、
泣きそうな声で名前を呼び続けたのは僕だけだった。
茜の世界に飛び込もうと、必死で手を伸ばしていたのは僕だった。
誰も見ていないあの暗闇で、
君が息をしているかどうか、それだけを考えていたのは……僕なんだ。
だから、僕はあの「みんな」とは違う。
君の世界に入りたいと、
君の孤独に触れたいと、
君の痛みを分けてほしいと、
本気で思っていた人間が、
この世界に一人だけ存在していたことを、お願いだから忘れないで。
そして──
僕はたくさんの命を奪った。
許されるはずのないことをしてきた。
そんな僕が、最後の最後に君には生きてほしいなんて、
なんて矛盾してるんだろう。
なんて勝手なんだろう。
それでも……それでも願わずにはいられない。
茜。
生きて。
僕のいない世界で、息をして、笑って。
僕が果たせなかった分まで、生き抜いて。
この身勝手な願いも、罪深い祈りも──
全部抱えたままいなくなる僕を、
どうか……どうか許してください。
この世界は
小学校の作品展、色とりどりの作品にあなたは何を思いましたか?
「想と茜って、昔からああなの?」
梶原が、牛乳を一気に飲み干したままの口で言った。
身長の低さを気にしているのか、放課後になると毎日欠かさず牛乳を飲んでいる。
「“ああ”って何が?」
「えー、なんか……変? てか変人? 奇人?」
「……」
「自覚なし? まあ、そういうとこ好きなんだけどね」
梶原は俯き、小さな声で言葉を足した。
「そういえば、小学校の作品展でさ、想と私だけ先生にめっちゃ怒られたことあったよね」
「なんで?」
「確か小六の図工で、“将来の夢の自分を粘土で作りましょう”って授業があったの。でも、想と私だけ飾られなかった」
「ほー」
「想はさ、粘土で“死んだ自分”を作ったんよ。題名が『愛おしい死』。作品展では色とりどりの作品が並んでたのに、あいつのだけ異質すぎて……先生、半泣きで怒ってた」
「想って、死そのものだよね」
「それな」
「で、茜は?」
「私は……辞退した」
「へぇ、茜らしい。なんで?」
「夢なんて、ないほうが“生きたい”って思えたから。
私、向上心を持って生きていくことができないんだよね。
だって、“明日のために今日生きる”ってことでしょ?
私は今日のために今日生きたいの。
そんな曖昧なものに縋ったら、“今は幸せじゃありません”って言ってるみたいでさ。
だから先生に『夢なんて私には存在しません』って言ったら、バカ怒られて、その日ずっと廊下に立たされてた」
茜はケラケラと笑った。
その笑い声の奥に広がる、彼女だけの世界に――
ふと入り込みたいと思う自分がいた。
色とりどり
あなたの目に映る世界は何色ですか?
「茜は雪は好き?」
想が唐突に問いかけた。授業が終わったばかりの、二人きりの教室。窓の外では、ちらちらと白い粒が舞っている。
「嫌い」
茜は即答した。
「え、雪嫌いな人って初めて見たかも」
「だって雪って“冬”でしょ。冬の次は春が来るじゃん」
「……え、急に季節の話?」
「春が来るってことは、色んな選択肢を迫られるってこと。新しい年って、なんか苦手なんだよね」
「じゃあ春が嫌いなんじゃん」
「違うよ。春を急かしてくる“冬”が嫌いなの。で、その冬を連想させる雪はもっと嫌い。とりあえず、冬の具体例が全部嫌いなの」
「ははっ、“作用でございますか”」
想は大げさに頭を下げて、面白がるように笑った。
「茜、人は一人で生きているんだよ」
「? 人は一人じゃ生きていけないよ。寂しいじゃん」
「そういう意味じゃなくてさ――」
想は言いかけて、窓の外に視線を戻した。
「んーとね。俺たちが生きてる“世界”って、ひとつじゃないと思うんだ。人が違えば、見てる景色も、考え方も違う。みんな別々のメガネをかけて生きてるんだから、世界はその分だけあるってこと」
茜は黙って想の横顔を見つめる。
「でさ、その世界にはそれぞれの“善”がある。正しいって思える基準も、気持ちの基準も、人の数だけ違う」
ゆっくりと、想は茜の方を向いた。
「だからね、世界の外側に立って『こっちが正しい』って決めつけられる人なんて、この世にいない。そんな“神みたいな立場”の人間なんていないんだよ」
小さく笑って、想は続ける。
「だから茜は――茜がいいと思うほうを選べばいいんだよ。嫌いでも、怖くても、好きでも。茜の世界の話なんだから」
茜の睫毛がわずかに揺れた。窓の外では、相変わらず雪が静かに降っている。
「雪」