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三年前、彼から電話があった。
「別れたい」――それだけを告げる、短い通話だった。
理由も、余白もなく、通話は途切れた。
私は何も言わなかった。言えなかったのか、言わなかったのか、今でもわからない。ただ、受話器の向こうの沈黙よりも、自分の内側の静けさのほうが、ずっと恐ろしかった。
泣き崩れるでもなく、引き止めるでもなく、どこかでそれを受け入れようとしている自分がいた。その冷静さを、私は今も恨んでいる。
あの日から私は、海の底へ沈んだ。
光の届かない、深い場所に、自分の存在ごと。
それが間違いだとは思わなかった。
人間なんて案外、そんなふうに沈んだまま生きていけるものだ。
あやふやなまま、宙ぶらりんなまま、それでも日々は続く。
言葉にしようとした瞬間、胸の奥が凍る。
自分の人生や存在意義を見つめようとしたとき、これまでの自分が急に薄く、頼りなく思えて、目を逸らしたくなった。
それでも私たちは、どうにか逃げ出し、どこへ向かうのかも知らないまま、ただ前へ進もうとする。
こんな私を見たら、彼は何と言うだろう。
笑うだろうか。呆れるだろうか。怒るだろうか。
――でも、もう確かめることはできない。
彼は、もうこの世にはいないのだから。

                     現実逃避

2/28/2026, 5:19:47 AM