世界が歪んだ瞬間を見たことがありますか?
「……茜が死んだんだ」
その一言を聞いた瞬間、胸の奥がひやりと冷えた。
急いで現場へ向かった俺の視界に飛び込んできたのは、動かない茜の身体と、床に座り込んだ想の姿だった。
その顔には涙も焦りもなく——
犯人というより、看取りを終えた“遺族”のような静けさがあった。
だが、検視結果はその曖昧な印象を容赦なく切り捨てた。
争った形跡なし。
抵抗痕なし。
首には、ゆっくりと締められた痕跡。
——抵抗していない。
つまり、茜は“受け入れていた”。
捜査会議の空気が一気に張りつめた。
“自殺幇助”か、それとも“同意殺人”か——
どの項目に当てはめても、そこにあるのはひとつ。犯罪だ。
俺は想を取調室に呼んだ。
「……想。あの日、何があった?」
想は長い沈黙のあと、諦めたように口を開いた。
「茜が……言ったんだよ。
『もう生きたくない』って。
何も感じないし、誰にも届かないって。
それで……“終わらせてほしい”って頼まれた」
喉の奥がひきつれるような感覚があった。
想は言葉を続ける。
「断ったんだ、何度も。
でも茜は、僕じゃなきゃ嫌だって……
“想なら怖くない”って言った。
僕は……目を閉じても、手を離せなかった」
取調室の空気が重く沈む。
感情ではなく、事実だけが突き刺さる。
「……想。茜が望んだとしても、それは殺人だ。
お前は止めるべきだった」
想は小さく震えながらうなずいた。
「わかってる……全部。
でも……茜を一人で死なせたくなかった。
せめて最後は、僕がそばにいたかった」
しばらくして、想は顔を上げた。
「梶原……お願いがある。
茜の物語を、書き終えさせてほしい。
生きてるうちに間に合わなかったから……
せめて最後に、約束だけは果たしたい」
刑事として許すべきではない。
だが、目の前の友の声はあまりに切実だった。
長い沈黙のあと、俺は答えた。
「……三日だ。
三日後、必ず警察に出頭しろ。
そのときは、俺が全部受け止める。
逃げたら——俺が必ず捕まえる」
想は静かに頭を下げた。
「……ありがとう、梶原」
その声は、祈りにも、遺言にも聞こえた。
たぶん僕が想と茜を愛したことは罪であったと。
祈りを捧げて
12/25/2025, 2:58:30 PM