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9/27/2023, 2:18:51 PM

▼ 通り雨

朝から、雲を運ぶ風だと感じていた。
空ばかり見ているのも何だと気にしないように机に向き合っていると、窓ガラスに当たる音。
(これは、一気に来るな)
何気無しに窓側に立てば、見知ったバイクが既に大粒にやられている。
直ぐに部屋へ引き返し、インターホンが鳴ったと同時に開錠。
バスタオルを手に玄関先へ急いだ。

「子供じゃねぇんだから、気遣い過ぎだ」
さすがに髪を拭くのは自身に任せ、暖かい珈琲を入れながら自然と溢れる笑みに彼はバツが悪そうにする。
そうして、ここに来る言い訳もぶつぶつと追加してほんのりと耳を赤くした。
「たまたま、今日天気予報見るの忘れたんだ」
「はい」
「こっちに用事もあった」
「はい」
「…最近、ゆっくり会えなかったし」
最後には語尾がとても小さくなってしまったのにも敢えて反応をせず、目の前にカップを置く。
「通り雨ですから、直ぐに止みますよ」
ほんの少しの意地悪を含ませたのが分かったのか、眉間の皺が増えた彼がこちらに手を伸ばすのが見えたけれど、それも想定内。
「今夜泊まる」
「はい」
悔しげな顔もまた愛しくて顔が綻んでしまう私は性格が悪いだろう。
子供のように、もっと激しく降ればいいと思うのも欲が出てしまうから。
雷すら、今は愛しい。 

9/12/2023, 8:05:33 AM

▼ カレンダー

日付すら左程気にしないタチではあるが、季節の変わり目くらいには気付く

気温や街の外観の変化、空気
肌寒さを感じる季節になると、妹がキッチンに籠る
『出来上がるまで見ちゃだめっ』
どんなものでも気持ちがこもっているのが嬉しくて、つい顔を綻ばせてしまう

それも、今年はない

端末のカレンダーを見て、思い出に浸っていると。
背後から軽快な電子音。
ドアホンに映るのは見知った顔。
呆気に取られている間に、反応がないのを不審に思ったのか何度も鳴らされる。
慌てて解錠をして玄関へ向かった。

「テメェッ、何べん鳴らすんだ!つか、何しに」
「誕生日、」
「あ?」
「おめでとう、×××」

ビニール袋一杯に入っている缶ビールを渡されて、ぐっと息を呑む。
いくらなんでもここで追い返す程無情ではない。
渋々中へ通して、何となく、警戒をしながらキッチンへ入る。

「相変わらず殺風景だな。空間が勿体ねぇっつーか」
「ケチつけてんじゃねぇ。酒だけか、コレ」
仕方なく肴を用意して、ふともてなしてる自分に気付く。

(違う。絆されてる訳じゃねぇ。好意なんだ仕方ねぇ、仕方、)

意識を飛ばしていたせいか背後に気配を感じるのが遅れて、反射的に睨み付けた。

「カレンダーに丸付けて、今日を待ってた」
(何の為に)
答えは声にならなかった。

9/10/2023, 1:47:31 PM

▼ 喪失感

家族、相棒、大切な——

一度に失う事になるとは思わなかった
ただ自分の選択肢が間違っていたとは思わない
だからこそ、後悔はない

日常が変わる
暖かいと思っていた生活がなくなって、家の中でぼんやりと窓の外を見ながら紫煙を燻らせる
先を見ているから哀しさはない
必ず成し遂げる自信もあるからだ

それでも、少し、ほんの少しだけ
寄り掛かっていたあの背中にしていたように身体を傾けた

9/9/2023, 1:51:24 PM

▼ 世界に一つだけ

ロマンチックな話じゃない
むしろ呪いのような、執着束縛依存の類い

不意に耳朶に触れる癖がついたのはいつだったか
(ああまた)
今日も業務中に伸びる指
穴はもちろん塞がっていないけれど、居場所を失ったものは自室の奥の奥へ
捨てられなかったのは、勿体ないと思う心か思い出か
(本当に欲しいものはくれなかった)
いつだって、手を擦り抜けるのは変わらない
今も、これからも
会う度期待を膨らませて、そうしていつかまた
(ぜってー逃す気はねぇけどな)

9/7/2023, 10:15:43 PM

▼ 踊るように

アイツの声は腹に響く
重厚感がありながら軽やかで、喜怒哀楽が乗っている
隣に立っていたあの頃とは違う
経験から、乗り越え、背負うものがある安定感
もう大丈夫と言わんばかりの広く分厚くなった背中
(怯んだり、妬み嫉みがある訳じゃねぇ)
自分だって、環境は変わった
仲間がいて、あの子だけがいない
(アイツと比べてはいる訳だな)
馬鹿馬鹿しいと思考を止めて、こちらへ向かって来る足音に振り返る
表情が綻んでしまうのは一緒にいて楽しいから
それだけはあの頃と変わらない

足取りは軽く、追い風で体も軽い
背負ったものは重くてもこの足で歩いていける

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