「いらっしゃいませ、修理ですか?」
お客さんにそう笑ってお出迎えする。
車のお医者さん。
そういうコンセプトで修理をしている。
少し難しい修理も、ややこしいカスタムもお客さんにお渡しした後に見られる笑顔が大好き。
気になっていた彼が車両を持ってきてくれる。
「ごめん、カスタムして欲しいー」
「はい、おまかせください!」
誰にでも優しい人。
だから気になる人のままで終わらせなきゃダメ。
「どうしたの、なんかいいことあった?」
「はい?」
「いや、凄くいい笑顔だからさ」
……あなたが来たからなんて言えるわけないよ。
おわり
六三三、スマイル
「またね」
そう言って彼女に手を振ってから車を出す。
気になる彼女お店に行って、用事を済ませてから離れると小さい穴が空いたみたいだった。
大切な人は作る気は無い。
そんな気持ちとは裏腹に、彼女への気持ちが大きくなっている。でもそんな気持ちには見ないふりをしていた。
息苦しさを覚えて車を端に寄せて停める。
心の底にある気持ちを認めてしまえば楽になるのだろうか。
車の窓にその気持ちを指で書く。
ひらがなの二文字を。単純に。
書きながらその気持ちが身体に浸透して行くような気がした。
認めてしまえば、楽になるんだろうな。
おわり
六三二、どこにも書けないこと
時計の短い針がてっぺんを指している。
本当は恋人を起きて待ってたいんだけど、明日の朝を考えると、もう眠らなきゃいけない。
パジャマに着替えて冷たいベッドに潜り込む。
シーンとした部屋は、独りであることを思い知らされた。
独りは、得意ではない。
それも彼と出会って変わったんだ。
彼と一緒にいることで安心することができた。
私は彼の枕を抱きしめて顔を埋める。
彼の愛しい匂いに落ち着いてしまい……。
いつの間にか意識を手放していた。
おわり
六三一、時計の針
目を覚ますと温かくて、もう一度眠りそうになる。
夢を見ることもなく深くしっかり眠ることができた、と思う。
暖房つけて寝ている訳じゃないし、なんでだろう?
不思議に思いながら寝返りを打つと愛しい彼がそばにいてくれていた。
ああ、彼の温もりと彼の愛しい匂いが安心させてくれたんだ。
眠る時には彼はそばにいてくれなくて。
それは仕事だから仕方がないんだけど、それでもちょっと寂しかったんだよ。
それを言葉にするのは困らせることも知っているから、胸の奥にしまっておく、
その分、一緒にいられる時に私なりの甘えをするんだ。
そんなことを思いながら身体を起こそうとすると、それが出来なかった。
重さを感じなかったから抱きしめられていないなーと思ったらパジャマをしっかり掴んでいた。
恋人になって、一緒に住んでそれなりに経つのに、私を想ってくれる些細な優しさに〝大好き〟って思う気持ちが溢れてしまう。
手が外せるか、パジャマを脱いだ方が早いか、考えながらも愛おしい彼の頬に唇を乗せた。
おわり
六三〇、溢れる気持ち
起きてるかなぁ、寝てて欲しいんだけど。
しっかりと長引いた残業が終わり自宅に帰る。
音を出さないように、そろりそろりと家の中に入った。
静まり返った部屋。
人の気配はするけれど音がないから……眠っているのかな。
俺は音を出さないように気をつけながら、寝室を通り越して居間に荷物を下ろし、上着をフックにかけた。
さっき通り過ぎた寝室には恋人が先に眠っている。
明日は早めに出社すると聞いていたから、さすがね先に眠ってくれていて安心した。
割と無理してでも起きて待っててくれること多いから、『先に寝ててね』と伝えたんだ。
ちゃんと寝ててくれているよね。
俺はさっさと支度して寝室に向かうと、案の定ベッドには彼女が俺の枕を抱きしめながら眠っていた。
ここでも音を立てないように部屋着に着替えて彼女の横に潜り込む。
うーん、俺の枕は返してもらえなさそうだな。
それは彼女の寂しいという気持ちの表れ。
寂しい思いをさせたのは申し訳ないと思いつつ、自分がいないことでぷくぷくする彼女も可愛いと思ってしまうから救いようがない。
枕がないのは辛いけれど、遅くなったのは仕事だからね。
今度時間を作って埋め合わせしよう。
そう思いながら彼女の頬に唇を落として眠りについた。
おわり
六二九、Kiss