ほんの少し前までキレイな空だったのに、突然空が暗くなってきた。
ゴロゴロと小さな音が聞こえる。
扉の音が鳴り響き、私は音の方に振り返って彼の元へ足を向けた。
「ただいまー」
「おかえりなさい、空……」
「うん、急に寒くなったからゲリラ豪雨が来るかも」
彼のそばに近づくと、当たり前のように正面から抱きしめ合う。この時間は付き合ってからずっと続けていた私たちの大切な儀式みたいなもの。
まだ暑い季節なのに彼の服は少し冷たさを感じた。
だからより一層強く抱きつく。体温を分け与えられるようにギューっと。
彼も抱き締め返してくれるけれど、外からまたゴロゴロとさっきよりちょっと大きな音が聞こえる。
その音にふたりして窓に視線を向けてしまった。
「これは来るね、雷」
「はい。光った様子がないから、ちょっと遠くから来るかもですね」
おわり
四六四、遠雷/遠来
仕事が終って空を見上げると、ビルの合間から紺色の空と満月が輝いていた。
普段ならもう少し明るい時間に帰れるけれど、今日は残業が長引いてすっかり暗くなっている。
空色って水色のイメージがあるけれど、こういう紺色も空色なんだよな。
空色が好きと公言している俺と恋人。
俺はこっちの色も好きなんだけど、彼女はこっちの〝空色〟も好きかな?
吸い込まれそうな月夜にスマホを向けてパシャリと撮る。
いつも見ている空だと思うけれど、月が煌々と輝いて、いつもと違うように見えていた。
そのまま彼女に写真を送る。
『キレイな夜空だよ』
そう送ってから駐車場に向かって車に乗り込むとスマホが震えた。
『お疲れ様です。キレイな紺色の空でこういう色、私好きです。気をつけて帰ってきてくださいね』
彼女の返事を読んで、自然と口角が上がってしまった。
同じように〝好きな青空〟だということも、俺を気遣ってくれる言葉も嬉しくて、安全運転で帰ろうと思った。
早く会いたいな。
おわり
四六三、Midnight Blue
この都市に来てそれなりに時間が経った。
仕事も順調で、都市の人たちとの仲も良い。
誰よりも大切な人も出来た。
そういう意味ではとても充実している。
でも、いつかは俺もここから旅立つ日が来るのかもしれない。
悪い意味かもしれないし、成長するために離れるかもしれない。
俺は天を仰ぐ。
俺の職場はビルの合間にあって、その高いビルの高層階と真っ青な空が視界に拡がっていた。
自然と深い息をつく。
もしそうなった時に、彼女はどうするのかな?
一緒に来てくれるかな?
俺はもう一度ため息をついた。
違うや。
俺が勇気を出せばいいんだ。
一緒に来てくれと。
離れたくないんだと。
君と一緒に旅立ちたいのだと。
おわり
四六二、君と飛び立つ
「結婚しよ。家族になろうよ」
一緒に暮らしていたとはいえ、少し唐突な言葉にびっくりしてしまった。
少し前に私は人が居なくなる事に悲しみを痛感した。
ただの分かれならいい。でもそれがもう二度と会えなくなるのであれば話は違った。
その人にとって私は大した仲ではなかったと思う。ただのお客さんだったから。
でも、私には大切なものを教えてくれた人だったんだ。
このことは恋人にも話してない。
いつかは話すかもしれないけれど、今は話せる気持ちはなかった。
でも、彼は何も聞かずに私のことを抱きしめて言ってくれたのがさっきの言葉だった。
「どう……して?」
「え、嫌?」
「嫌じゃないよ、嬉しい。でも急だからびっくりしちゃった」
彼は私を自分の身体に沈めるようなくらい強く強く抱き締めてくれる。正直、痛いくらい。
それでも気がつくんだ。彼の手が少し震えている気がした。
「手離したくないから」
その声に込められているものは、どこか悲痛なものが入っているような気がした。
私もあなたを手離したくないよ。
そこで初めて気がついた。
彼は救急隊という危険な仕事をしている。怪我もする。それはつまり彼自身も失われる可能性が他の人より高いということを。
その瞬間に私も身体の奥から冷たいものを感じて震えが込み上げてきた。
ああ、こういう答えにたどり着いたんだ。
「家族になりたいです」
私は精一杯の笑顔で彼に伝えた。
私は今日という日をきっと忘れない。
貰えた言葉もそうだけれど、彼の覚悟を感じたから私も応えたいと思ったの。
ありがとう、大好きだよ。
おわり
四六一、きっと忘れない
私の瞳は恋人を捉える。
彼は病院のベッドで横になり足を吊っていた。
「お見舞いに来てくれてありがとう」
そんなことを言うけれど、私の表情が笑っていないことに気がついたみたい。
私は彼と恋人になってすぐに、彼の仕事の先輩からこっそり言われたことがある。
『彼はさ、人を助けるために自分が怪我をすることを厭わないんだよね』
それは自己犠牲という結論だと分かった。
彼の仕事は救急隊で、人を助けることが仕事。
困っている人がいるとつい声をかけてしまって、仕事じゃなくても助けてくれる人。だって私との出会いもそういう感じだもん。
優しくて、優しくて。
今回の怪我は彼の咄嗟の行動で救助しつつも自分が怪我をしたと聞いた。
それを聞いた瞬間に、彼の先輩の話を思い出して〝ああ、こういうことか〟と思ったの。
救急隊として、それじゃダメだとも……。
しばらくして彼がびっくりして慌てる。
「な、なんで!? どうして泣くの?」
私はぽろぽろとこぼれる涙を止めることもせずに頬をふくらませながら彼に訴えた。
「あなたが自分を大切にしてくれないからです」
お願い。
もっとあなた自身を大切にして。
おわり
四六〇、なぜ泣くの?と聞かれたから