とある恋人たちの日常。

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「結婚しよ。家族になろうよ」
 
 一緒に暮らしていたとはいえ、少し唐突な言葉にびっくりしてしまった。
 
 少し前に私は人が居なくなる事に悲しみを痛感した。
 ただの分かれならいい。でもそれがもう二度と会えなくなるのであれば話は違った。
 その人にとって私は大した仲ではなかったと思う。ただのお客さんだったから。
 でも、私には大切なものを教えてくれた人だったんだ。
 
 このことは恋人にも話してない。
 いつかは話すかもしれないけれど、今は話せる気持ちはなかった。
 でも、彼は何も聞かずに私のことを抱きしめて言ってくれたのがさっきの言葉だった。
 
「どう……して?」
「え、嫌?」
「嫌じゃないよ、嬉しい。でも急だからびっくりしちゃった」
 
 彼は私を自分の身体に沈めるようなくらい強く強く抱き締めてくれる。正直、痛いくらい。
 それでも気がつくんだ。彼の手が少し震えている気がした。
 
「手離したくないから」
 
 その声に込められているものは、どこか悲痛なものが入っているような気がした。
 
 私もあなたを手離したくないよ。
 
 そこで初めて気がついた。
 彼は救急隊という危険な仕事をしている。怪我もする。それはつまり彼自身も失われる可能性が他の人より高いということを。
 
 その瞬間に私も身体の奥から冷たいものを感じて震えが込み上げてきた。
 
 ああ、こういう答えにたどり着いたんだ。
 
「家族になりたいです」
 
 私は精一杯の笑顔で彼に伝えた。
 
 私は今日という日をきっと忘れない。
 貰えた言葉もそうだけれど、彼の覚悟を感じたから私も応えたいと思ったの。
 
 ありがとう、大好きだよ。
 
 
 
おわり
 
 
 
四六一、きっと忘れない

8/20/2025, 1:50:49 PM