「あれ、あなたのしているブレスレット。こんな透明でしたっけ?」
先日、恋人になった彼女が、俺の付けている水晶のブレスレットを見てそう呟く。
そう言われて俺は自分のブレスレットを見ると、確かに俺の記憶とは違っていた。
前はもっとヒビ割れの水晶が何個かあったはず……。
この水晶のブレスレットは人から貰ったもので、気に入って毎日付けているから誰かのと間違えたなんて思えない。
「なんでだろう?」
「なんででしょう?」
ふたりで同じ方向に首をかしげていて。目が合うと笑いあっていた。
ああ、しあわせです。
そんなことがあってしばらくした日。水晶をくれた友人に会ったから、ヒビ割れのことをブレスレットを見せながら聞いてみた。
「なにか良いこと……あったね、そう言えば」
「おかげさまで」
友人は俺に恋人ができたことを思い出し、呆れたように笑ってくれる。
はい、俺は今しあわせです。
「だからだね」
ビシッと、胸を張って答えてくれるんだけれど、何を言っているのか分からなかった。
「え、どゆこと?」
「この石、水晶のクラックって言うんだけどさ。願いが叶うとヒビが薄くなるんだよね」
「そんなことある!?」
「あるんだな、これが」
ふんす!とドヤ顔で話してくれる。
「邪気を守ってくれたり、願いを叶えてくれたりする石だから、役目を果たしてくれたんだね」
歯を見せて笑ってくれるその表情を見て、嬉しくなってしまった。
友人は心の底から俺を応援してくれたんだな。
おわり
四一二、クリスタル
べったりとした空気が重くて、気分が落ち込んでしまう。
早く家に帰って涼しい場所に逃げ込みたい。
汗だくで身体中気持ち悪くて、シャワーも浴びたいー!!
そんなことを思いながら、チャイムを鳴らして家に入る。
ああ、涼しい。極楽です。
と言うか、家に入って涼しいってことは恋人が先に帰っていたのかな?
そんなことを思っていると奥からいつものように恋人が顔を出して俺に向かって両手を広げて走ってくる。
「待って! 今はダメ!!」
俺は手を正面に突き出して彼女が飛び込んでくるのを止めた。
俺たちの〝当たり前〟になっている行動として〝お帰りのハグ〟がある。
今の俺は汗だくで、身体ベタベタで、匂いも気になるところなんです。
大きな目が見開いて驚いていたけれど、俺の状態を見て一歩引いてくれた。
「先にシャワーどうぞ」
「ごめんね、ありがとう!」
それだけ言って俺は脱兎の如くシャワーを浴びにすっ飛んで行った。
――
シャワーを浴びてサッパリしてから着替えてリビングに向かうと微かにマリン系の香りが鼻をくすぐる。
本当に微かなんだけれど水をイメージする透き通った匂い?
そんな疑問を持ちつつ、彼女の姿を視界に入れる。
「さっぱりしたー、おまたせ!」
俺の声に反応した彼女は満面の笑みで俺に向かって来てくれる。
「わーい、おかえりなさいー!」
そう言って俺に抱きついてきた。
「ただいまー! ああ、帰ってきたーってなるー」
「うふふー、私もですー」
彼女を抱きしめていると、さっき掠めた香りが彼女からする。
「ねえ、なんか香水付けた?」
「え?」
「いや、なんか、いい匂いする」
彼女は少し考えてからパッと表情が変わる。
心当たり、あるのかな?
彼女は俺から離れようとしたけれど、むうっと唇を尖らせた。
離れたくないのかな?
だったら嬉しいけど。
その後、改めて俺に抱きついた。
どうやら離れる選択肢は却下されたみたい。
「えっとお客さんからアロマオイルを貰ったんです。夏っぽい香りで気持ちよかったから。苦手な香りじゃないですか?」
「ううん、俺は好き。すっきりしているよね。海っぽい」
「そうなんです!」
彼女の目がキラキラと輝く。
「私もお客さんから聞いて匂いを嗅がせてもらったんです。気に入ったからなんの匂いか聞いたらプレゼントしてくれました」
嬉しそうに報告してくれているけれど、そのプレゼントをしたのは男じゃないよね?
「ふふ、女性からですよ」
彼女が俺の表情を見て笑う。
「そんなに分かりやすい顔してた?」
「してましたー」
彼女は目を細め、ニヤニヤしているのが分かる。
「私はあなたの恋人ですよー」
そう言ってまた抱きしめてくれる。
ふわりとマリンの香りが鼻をくすぐった。
おわり
四一一、夏の匂い
季節的に日差しが強くなって、カーテンを開けっ放しにしていると冷房の温度がなかなか下がらない。
「カーテン閉めるから電気つけるね」
「はーい」
俺は水色のカーテンを閉めてから、LED蛍光灯をリモコンて付けた。
彼女が麦茶を出してくれて、ふたり揃ってソファに座る。昨日何があったとか、こういう話をしたとか、他愛のない話をしていると気温が下がっていく。
彼女の肩がブルっと震えている姿を見てしまった。
「カーテン閉めたから寒くなったかな、温度上げるね」
そう言いながらリモコンで温度を一度上げた。
「もう少し上げたほうが良かったら言ってね」
「はい」
彼女はふわりと微笑んで、俺の腕に手を絡ませてから肩に寄りかかってくる。
「ありがとうございます。まずは、あなたからあっためてもらいます」
ほんのりと頬を赤らめてから寄り添ってくれる。触れる彼女の体温が冷たくて本当に冷えていると理解したから、俺はその手を離して肩から抱き寄せた。
「じゃあ、まずはこうしようか」
彼女は驚いたけれど、嬉しそうに俺の腰に両手を回してピッタリとくっつく。
いや、本当に冷たいな。
俺はリモコンでもう一度温度をあげてから彼女を抱きしめた。
俺の体温を分け合えたらいいな。
おわり
四一〇、カーテン
暑い日が続くから、涼しい場所でのデートをすることにした。
何度か来ているプラネタリウム。
今回もちょっと良いペアシートを選択。横になって宇宙(そら)を見上げられるシートで、最初に見てからとりこになっていた。
「今日のお話も楽しみだね」
「はい!」
私と彼は、ペアシートに寝転がる。彼を見つめながら横になり目が合うと同時に笑い合う。
彼の柔らかい笑顔が大好きで、胸が暖かくなった。
始まる前にふたりで宇宙を見上げるように身体を仰向けにして、私は彼の手の甲に触れると彼の手が私の手を包み込む。
上映が開始されると、青い空が深い深い紺に変わり、星々が美しい光を放ってキラキラしていた。
吸い込まれそうな深い青だった。
でも、彼と繋いだ手の体温は私と彼がここにいると伝えてくれるようで、しあわせと安心を覚えた。
おわり
四〇九、青く深く
もわんと湿度が高くて、服が身体にベタついてしまい不快指数が無駄に上がる。
空を見あげれば日差しは強くて手で顔に日陰を作るけれど暑さは増すばかり。
首から汗が身体に流れ落ちて汗を拭う。
「あづーい!!!」
「暑いですね」
「夏の気配が近づくどころか、既に居座ってるよ……」
ぐったりと頭を傾けると、滝のように汗が吹き出てきた。流石に不快過ぎて辟易していると頬に冷たいものが当たる。
「ひゃあっ、冷たっ!!」
「ふふ」
彼女の手からペットボトルを頬に当てられて、その冷たさに驚くと俺を見て楽しそうに笑う彼女が見えた。
「飲んでください」
「ありがとう」
彼女からペットボトルを受け取り、水分を身体に取り込んだ。
もう初夏なんて言えないくらい暑いから、熱中症には気をつけないとね。
おわり
四〇八、夏の気配