べったりとした空気が重くて、気分が落ち込んでしまう。
早く家に帰って涼しい場所に逃げ込みたい。
汗だくで身体中気持ち悪くて、シャワーも浴びたいー!!
そんなことを思いながら、チャイムを鳴らして家に入る。
ああ、涼しい。極楽です。
と言うか、家に入って涼しいってことは恋人が先に帰っていたのかな?
そんなことを思っていると奥からいつものように恋人が顔を出して俺に向かって両手を広げて走ってくる。
「待って! 今はダメ!!」
俺は手を正面に突き出して彼女が飛び込んでくるのを止めた。
俺たちの〝当たり前〟になっている行動として〝お帰りのハグ〟がある。
今の俺は汗だくで、身体ベタベタで、匂いも気になるところなんです。
大きな目が見開いて驚いていたけれど、俺の状態を見て一歩引いてくれた。
「先にシャワーどうぞ」
「ごめんね、ありがとう!」
それだけ言って俺は脱兎の如くシャワーを浴びにすっ飛んで行った。
――
シャワーを浴びてサッパリしてから着替えてリビングに向かうと微かにマリン系の香りが鼻をくすぐる。
本当に微かなんだけれど水をイメージする透き通った匂い?
そんな疑問を持ちつつ、彼女の姿を視界に入れる。
「さっぱりしたー、おまたせ!」
俺の声に反応した彼女は満面の笑みで俺に向かって来てくれる。
「わーい、おかえりなさいー!」
そう言って俺に抱きついてきた。
「ただいまー! ああ、帰ってきたーってなるー」
「うふふー、私もですー」
彼女を抱きしめていると、さっき掠めた香りが彼女からする。
「ねえ、なんか香水付けた?」
「え?」
「いや、なんか、いい匂いする」
彼女は少し考えてからパッと表情が変わる。
心当たり、あるのかな?
彼女は俺から離れようとしたけれど、むうっと唇を尖らせた。
離れたくないのかな?
だったら嬉しいけど。
その後、改めて俺に抱きついた。
どうやら離れる選択肢は却下されたみたい。
「えっとお客さんからアロマオイルを貰ったんです。夏っぽい香りで気持ちよかったから。苦手な香りじゃないですか?」
「ううん、俺は好き。すっきりしているよね。海っぽい」
「そうなんです!」
彼女の目がキラキラと輝く。
「私もお客さんから聞いて匂いを嗅がせてもらったんです。気に入ったからなんの匂いか聞いたらプレゼントしてくれました」
嬉しそうに報告してくれているけれど、そのプレゼントをしたのは男じゃないよね?
「ふふ、女性からですよ」
彼女が俺の表情を見て笑う。
「そんなに分かりやすい顔してた?」
「してましたー」
彼女は目を細め、ニヤニヤしているのが分かる。
「私はあなたの恋人ですよー」
そう言ってまた抱きしめてくれる。
ふわりとマリンの香りが鼻をくすぐった。
おわり
四一一、夏の匂い
7/1/2025, 1:53:59 PM