いや、またやった……と言うより、今回は仕方がないんだけれど腕の骨を折ってしまった。
腕で良かった……。
脚をやったら復帰まで時間がかかってしまう。
それ以上に恋人にかかる負担が半端ないんだ。
手当てが出るから経済的にダメージはそんなにないんだけれど……。
さすがに運転できないから、彼女に連絡してある。
笑顔で対応してくれるとは思うんだけれど、悲しい顔するんだろうな。心配させるだろうし。
もう二度としない。
そんな約束なんて出来ないけれど、元気になったらそんな気持ちで仕事をしよう。
同僚にも迷惑かけちゃうし、もっとしっかりトレーニングもしなきゃ。
本当に、まだまだ未熟過ぎて自分自身が情けなくなるけれど、しっかり前を向いて行こう。
「お迎えに来ましたー!」
元気な声が響く。
彼女の視線が俺を見つけると満面の笑みを向けて、俺を抱きしめてくれる。
「お疲れ様です。しっかり治しましょうね」
おわり
三一二、もう二度と
昨日は大好きな彼が、この都市を見渡せる景色に連れて行ってくれた。
彼と出会ったこの都市をしっかり見られて幸せな時間だった。
そんなホワホワとした時間だったけれど、家に帰ったら表情を曇らせた彼からスマホの充電器を渡される。
「今日、やったでしょ」
「うぅ……」
確かに充電し忘れて充電が乏しい上に、待ち合わせ場所へ行く途中で道に迷ってしまった。つまり手がかりなしで彼に探してもらったから返す言葉もない。
しかもあんな顔をさせてしまったのだから、しっかり反省しないと……。
「心配させてごめんなさい」
それを伝えると優しく抱きしめてくれる。
「本当に心配したんだからね」
もう心配させないように気をつけなきゃ。
そんなことを考えながら、私も彼を強く抱きしめた。
おわり
三一一、曇り
彼とふたりで来たのは、見晴らしが良い景色が広がる場所。この都市が一望できる。
観光地と言うには穴場スポットらしくて、ここには大好きな彼と私だけだった。
きゅっと彼の手が強く握られる。
視線を彼に向けると彼と目が合った。
優しく笑ってくれる彼が大好きだ。
「いいところでしょ?」
「はい!」
「仕事で見かけてさ。君とここに来てみたかったんだ」
展望台から見る都市は、言葉にならないノスタルジックさがある。空気も澄んでいて心が洗われるようだった。
「連れてきてくれて、ありがとうございます」
「ん……」
私は景色を心に焼き付ける。
この都市に来て彼と出会って、彼に恋して、彼に愛された。
だから、この都市そのものが私の大切な場所だ。
そんな都市を見渡せる。それも愛しい彼と共に。
「そろそろ帰ろうか」
「はい、また連れてきてくれますか?」
「もちろん、また来ようね」
「はい!」
そう笑顔を返すと、彼も安心したように笑ってくれた。
私はもう一度だけ景色を見たくて振り返る。
この都市に来られて本当に良かった。
「またね」
そう小さく呟いて、彼の隣を歩き出した。
おわり
三一〇、byebye……
さっきまで迷子になっていた恋人の手を繋いで目的の場所に歩いていく。
こういう時に限って彼女のスマホの充電が付きかけているんだから、びっくりしちゃうよ。
充電器を渡そうと思ったけれど、繋いでいる手を離さないといけなくなるから後回しにした。
一緒にいるんだからいいや。
一瞬、彼女に連絡を取りたい人がいたとしたら……いや、それは彼女の責任だ。まあ、察する人は俺に連絡寄越すでしょ。
「ごめんなさい、怒ってますか?」
「え!?」
色々と思考を巡らせていたところ黙々と歩いてしまっていたので、彼女が不安の声をあげる。
「あ、ああ。いや、ごめん。違う違う。怒ってないよ」
不安そうな彼女の正面に振り返り、彼女が安心するように笑顔を向けた。
「心配したんだよ」
俺の言葉を聞いた彼女は、繋いだ手に力を入れる。
「心配させて、ごめんなさい」
その悲痛な表情は、本当に後悔しているのが伝わる。
繋いでいない手で彼女の頭を優しく撫でた。
「今日からスマホ充電チェックするからね」
それを伝えたら彼女も安心したようにふわりと笑ってくれた。
「はい、お願いします」
その言葉を聞いて俺はまた前に向いて目的地へ足を進める。
今日は仕事関係で色々な所へ行った時、気になる場所があったから調べて仕事後のデートで連れて行こうとしたら、このハプニングだ。
バイクや車では入れないところだから、そのまま歩き続けると空気感が変わってくる。
開けたところに出ると都市を見渡すことが出来る展望台にたどり着いた。
「わあああ! 凄い景色!!」
彼女が興奮気味に声をあげて走っていきそうになるけれど、繋いだ手が離れそうになるので、それは止めた。
くんっと引っ張られて驚いた表情が俺を見る。
「今日は離さないって言ったでしょ」
不服そうな顔をするかと思ったけれど、嬉しそうに微笑んでから俺の手をゆっくり引っ張った。
「なら、一緒に見に行きましょ」
そして同じ歩幅で展望台に歩いていく。
うん。
君とこの景色を見たかったんだ。
おわり
三〇九、君と見た景色
「も〜ようやく見つけたよ!!」
道に迷った恋人がヘルプを出してきたのは良いんだけれど、まさかのスマホの充電が殆ど無い状態だった。
最後の最後まで使えるように、必要最低限のメッセージだけで彼女を見つけることが出来た。
本当に焦ったよ。
俺は救急隊として仕事をしていて、人探しも仕事のうちだったから、そのスキルをフル動員して彼女を探した。
彼女が安心した顔をして、俺に迷わず抱きついてくる。俺も彼女の身体を抱き締め返した。
人の目なんか気にするもんか。
道に迷った彼女をようやく見つけたんだ。温もり含めて実感させて欲しい。
それでも一分もしないくらいで身体を離した。
そのまま彼女の手を取る。
「うえ!?」
「今日は、もう離さないからね」
びっくりした顔をしていたけれど、すぐに満面の笑み。
その顔はズルいでしょ。
絶対にこの手を離してあげない。
おわり
三〇八、手を繋いで