その言葉は俺の恋人を思い出す。
手を伸ばしても届かないそれ。
俺にとっても、星はそんな存在だと思っていた。
「どうしましたか?」
視界に彼女がいっぱい広がる。
愛しい恋人が目の前に寄り添ってくれていた。
「あ、うん……」
手を伸ばして彼女の頬に添えると、嬉しそうに俺の手を取って頬擦りしてくれる。
彼女は今、俺のそばにいてくれるんだ。
星に手が届いた。
俺だけの星に。
おわり
二九九、星
「願いが一つ叶うならば何を願います?」
唐突に恋人が俺に向かってそう言った。
「突然どうしたの?」
「いや、会社でそんな話になったんです。でも私……思い浮かばなくて……」
てへへと笑いながら、俺の腕に彼女の腕が絡みつく。そして肩に彼女の頭が優しく乗っかった。
俺も少し考える。
願い……か。
願いと言ってもなあ……。
そのまま彼女へ視線を送る。
だって一番願ったものは既に手にあるんだ。
ああ、彼女が思いつかなかったのも、それが理由かな。
と、思うと俺は実にしあわせだなと思ってしまった。
「あ、俺はあるかも」
ふと思い出したことだ。
彼女は〝それはなぁに?〟と言わんばかりの瞳で俺を見つめてくる。
「怪我なく君のところへ帰ること……かな」
そう伝えて彼女の身体を抱きしめた。
彼女は少しだけ間を置いてから力強く俺を抱きしめ返してくれる。
「私も……私もそれを願います!」
俺は救急隊の仕事をしている。
何かあった時の救助の仕事は危険が伴うこともあって、それは命の危機もありえた。
だから、俺の願いは『彼女の元へ怪我なく帰ること』だ。
もちろん他人に願うものじゃないけれど、何にでも縋りたい願いだから。
おわり
二九八、願いが一つ叶うならば
ため息ばかりついてしまう。
彼女の笑顔が脳裏に過ぎるんだ。
こんな感情を持っちゃダメって、心の中でブレーキをかけているけれど全然効かない。
「どうしましたか?」
俯いた俺に、身体を縮めて見上げてくる彼女。
あまりにも無垢な表情に胸が高鳴って仕方がない。
「なんでもないよ」
「ほんとですか?」
「俺、医者だよ」
「そうでした」
ふふっと笑って立ち上がる。それでも振り向きざまに笑いながら言葉をくれる。
「でも……ちょっとツラそうだったから……。大丈夫ならいいんです」
ほんの少しだけあった複雑な気持ちを汲み取ってくれる。
そんな君だから惹かれるんだ。
嗚呼……。
きみがすきだよ。
おわり
二九七、嗚呼
まだ友達だった頃。
この都市に来てからの目標を達成して買えた車を友達に自慢したくて修理屋に行った。
修理が必要だった訳じゃなくて、友達だった頃の彼女が働いていたから。
先輩を連れて行っただけで、あとの友達は全然連絡が付かなくて、先日友達になった彼女がいるかなと思って覗いたら彼女がいた。
「目標の車が買えたんだ、少しドライブしない?」
彼女は会社の人たちに確認をとって、一緒に行くと言ってくれた。
今思うと、勝手に従業員を連れ出してごめんなさい。
でも、この時間は俺にとって心に残るものになった。
話を聞くと、彼女はワーカホリック気味でどこへ行きたいと聞いても、「分からない」と返ってくる。
だから適当に車を走らせた。
赤信号の時に彼女へ視線を送るとキラキラと目を輝かせているから、本当に何も知らないんだろうな。
「わあ、素敵なホテルだ!」
彼女の言葉に、どれと聞く。指し示したホテルに車を走らせる。
観光にもなっている海辺のホテルだから、泊まり客じゃなくてもレストランに入れた。
「折角だからご飯食べる?」
「食べる!」
ホテルのレストランでもドレスコードが無さそうで、気軽に入って食事をする。仕事から抜け出させたお詫びもかねて俺が奢るけれと思ったよりリーズナブルで助かった。
帰る前にホテルの庭を軽く見学しようと歩いていると、宿泊者専用のプールがあった。
海の近くなのにプールがあるのは不思議だねと笑っていると日差しを浴びた笑顔に惹き付けられる。
「夏になったら来たいですね」
「うん、そうだね」
〝みんなで〟
と、言おうと思ったけれど、何故かその言葉を出すことが出来なかった。
人気のありそうだし、宿泊者以外でも入れるホテルだから、知り合いも来られる場所だとは思うけれど……それでも俺は彼女に言った。
「またふたりで来ようね」
「はい。折角だから秘密の場所ってことで!」
何気ない返事だったけれど、どこか見透かされたような気持ちになる。でも、それも嬉しかった。
今思うと、この頃から彼女に惹かれていたんだな。
おわり
二九六、秘密の場所
なんかいい匂いがする。
俺は重い身体を起こして、ゆっくりと目を開けた。
「ふあぁ……」
身体を伸ばして深呼吸をする。呼吸とともにバターの良い香りが口に入ってきた。
ぐうぅぅぅぅ……。
身体が空腹を訴える。
カーテンの隙間から光が差し込んでいた。時計に視線を送ると目覚ましより少し早く目を覚ましてしまったみたいだ。
ベッドの隣りをさすると冷たい。
と言うことは、隣で寝ているはずの恋人は結構早く起きたんだなと理解する。
俺は匂いのする方へ誘われるように足を向けた。
鈴鳴のような可愛い歌声が聞こえる。歌詞が分からないのか「ラララ」と奏でていた。
彼女の後ろ姿は楽しそうで、嬉しそう。顔の緩みが止められないようなほどニコニコ笑いながらパンケーキを重ねていた。
「おはよう」
「あ、おはようございます!」
俺を見つめると、頬を赤らめて幸せそうに笑ってくれる。
もう、可愛いんだ。
今日も一日、いい日になるな。
おわり
二九五、ラララ