手紙……というほどではないけれど。
私は適当な紙に、思っていたことを書き出した。
ぼんやりしては書いて、書いてはぼんやりして。
考えて書くことじゃなく、その時に思いついたことを、思いついた気持ちをひたすらに書きつづった。
最後の一文を見つめると胸が締め付けられてしまう。
〝彼が好き〟
そんな単純な言葉。
最初から読み直すと、読んでいる途中から顔が熱くなる。
これじゃ、ただの熱烈なラブレターだ。
折りたたんで、私の気持ちと一緒に引き出しにしまい込む。
いつか気持ちを伝えたいけれど、彼に迷惑がかかってしまうかもしれない。
そんなことを思うと、言葉にできずに彼を見守ろうと思ってしまった。
――
「ねぇ、これなぁに?」
彼と一緒に住むことになって、引越しの手伝いをしてくれる彼が、どこか見覚えのある紙を渡してくれた。
なんだろうと、紙を開くと背中から彼もその紙を覗き込む。
最初の文章を読んで思い出した。
彼に片想いしていた時に、それだと気が付かずに書きつづった私の気持ちだ。
思わず隠そうとしたけれど、彼の動きの方が早くて、紙を上にあげて私が手を伸ばしても届かない。
「読んじゃダメ!」
彼はその言葉を聞かずに、じっと紙を、私の過去の想いを読むと緩んだ笑顔で私を見つめてくる。
内側から熱くなるし、恥ずかしくて彼から視線を逸らした。
すると彼に抱きしめられる。
「ねぇ、このラブレター。俺がもらってもいい?」
顔から火が吹き出るかと思った。
おわり
二七八、手紙の行方
彼女は甘やかな声で俺を呼んでくれる。
振り返るとその人が優しく微笑んだ。
透き通るような白い肌は、幼さの残る表情を大人びて見せるから、俺の胸が高鳴る。
もちろん、彼女の魅力はそれだけじゃないけれど。
外見が可愛いと思うより先に、彼女の優しさに惹かれた。
些細な思いやり。と言ってしまえば、全てがそれなんだ。
好きな色や、好きなものが一緒は偶然で。
俺が軽い気持ちであげたものを宝物にしてくれていて、それを当たり前に見せてくれた時は嬉しかった。
色々なものが積み重なっていた。
そして、彼女が俺を呼ぶ。
振り返ると、彼女の笑顔がキラキラと輝いていて、俺の心を捉えて離さない。
知ってはいけない感情を、見て見ぬふりも出来ないくらい見せつけてくる。
悔しいけれど。
俺はどうしようもないくらい、君に恋してる。
おわり
二七七、輝き
どうか時間よ、止まってくれ。
知りたくなかったんだ。
知ってはいけなかったんだ。
気がついちゃダメだったのに、気が付かないようにしていたのに……。
気がついてしまった。
悔しくて目頭が熱くなる。
外気温の冷たさを感じなくなるくらい、全身の内側から熱が巡った。
この感情の名前を知っても、気がついても、理解してもいけないのに。
そう決めていたのに。
瞳を閉じて目の前が真っ暗になる。
それでも、抜けるような空の下でキラキラ輝く髪と、胸を締め付けられそうなほどの暖かくなる彼女の笑顔が浮かんでくる。
俺は……
きみがすきだ。
この感情が〝恋〟だと気がついちゃダメなのに。
頼む。
気がつく前に戻って、そこで時間が止まってくれ。
おわり
二七六、時間よ止まれ
会いたい気持ちが溢れて仕方がない。
でも、俺の周りにも、彼女の周りにも人がいて、抜けられるような状況ではなかった。
何より俺と彼女の物理的距離がある。
それぞれのグループで笑って、はしゃいでいた。
彼女に視線を送ると、キラキラした瞳でみんなの会話に相づちを打ち、時々楽しそうな彼女の声が響く。
みんなは気にならないだろう声。
俺の耳にハッキリ聞こえる。
胸の高鳴りと共に、手を伸ばして引き寄せたくなる甘やかな彼女の声。
会いたい。
話したい。
そばにいたい。
違う。
君の声を聞いていると、どうしようもないほど胸を締め付けられる。
俺は、君にそばにいて欲しいんだ。
おわり
二七五、君の声がする
「ちょこぉ〜」
俺は家に帰るなり、恋人にダル絡みする。
今日はバレンタインなのだ。以前からきっと用意してくれていると思うけれど、今朝彼女から反応がなかったので帰ってきてすぐに絡んでしまっていた。
「もう、仕方がないですねー」
彼女は苦笑いしながらキッチンに向かう。俺は鎮座して待った。
しばらくすると、カシャカシャと金属音が響くと、甘い香りが漂ってくる。
ちゃんと用意してくれていたのは分かっていても、それがとても嬉しいんだ。
少し時間を置いてから、トレーを持って俺の目の前にシンプルなマグカップが置かれた。
マグカップにはドンと生クリームが乗っかって飲み物が見えない。
「まずはこちらをどうぞ」
どことなく含みのある彼女の言葉に、首をかしげながら生クリームからその飲み物を口に含むと甘さと苦さが広がった。
「? ココア?」
その瞬間、フグのように一気に頬か膨らんだ。
「違いますぅ! ホットチョコレートです! 私結構頑張ったのにー!!」
「え!? チョコレートなの!?」
「きちんと砕いて頑張ったのにー!!」
全然伝わっていない俺に悔しさが溢れたのか、俺の両頬を掴んで引っ張った。
「ひひゃいよー」
両手を目の前に縦に重ねて拝み倒す。砕いたってことはチョコレートを砕いた上でこれ作ったの?
「甘いの好きだと思ったから生クリームも沢山入れたんですよ!?」
「本当にごめん。でも、美味しいし……めちゃくちゃ嬉しいよ」
そう。
凄く嬉しいんだ。
彼女は恨めしそうな視線を俺にぶつけながら、もう一度立ち上がって冷凍庫から何かを取りだして俺の目の前に置いた。
「これって……」
ちょんと置かれたのはチョコレートアイス。
どこか不格好なのは、きっとこれも手作りだからだ。
それが分かるのは、俺は昔これを食べたことがあったから。
出会って間もない頃に、彼女から作ったからとお裾分けで貰ったことがある。手間がかかるものだと分かったからよく覚えていた。
「これも作ってくれたの?」
そう聞くと頬は膨らんでいないけれど、とても唇が尖っていた。
「作りました」
本当に……手作りにこだわるんだよな。
それは彼女が普段からプレゼントにどうするかと悩むと、お金でどうこうするんじゃなくて、手作りして心を込めることを選択する。
クリスマスも俺に合わせた好きな飲み物を手作りしてくれた。
心を込めてくれた。
「ごめんね。本当に、ありがとう。俺、ホットチョコレートって飲んだことなかったからココアとの差が分からなくて酷いこと言っちゃった。ごめんね」
そう伝えて彼女の頬を撫でると、何か驚いた顔をしていた。そして俺の手の上に手を重ねて俺の手に頬を擦り寄せる。
「いいえ。私こそごめんなさい。確かにココアとホットチョコレートの差って分からないかもです」
「一生懸命作ってくれたんでしょ」
「はい」
「愛も込めてくれた?」
「それはいっぱい!!」
ぱあっと明るい笑顔を向けてくれた。
俺への気持ちを込めた! と言う時に、こんな可愛い笑顔を見せてくれるのだから、沢山愛をこめてくれたんだと分かって自然と頬が緩んだ。
「本当にありがとう」
「アイスもホットチョコレートもゆっくり楽しんでくださいね」
「うん」
自然と唇を重ねると、彼女がまた笑う。
「ふふ。チョコレートの味がします」
おわり
二七四、ありがとう