そろそろ近づいたバレンタインの季節。
週末にくるイベントに、男女問わずソワソワしてしまっていた。
俺の務めている病院にいるみんなも、どことなく浮ついている。
友達や、仲のいい仲間には「チョコちょーだい!」と伝えていた。
が。
まあ、俺も少しだけ……そう、少しだけ落ち着かない。
俺には好意を寄せている彼女がいる。去年はバレンタインに誰にも渡して居ないみたいで、ホワイトデーに交換することになった。
あの時、誰かにバレンタインチョコを渡していないと知ってホッとしたんだ。
彼女も客商売だから、お客さんにあげるとは思っているし……今年はどうなんだろう……。
正直……彼女からバレンタインチョコが欲しい。
叶うなら、俺だけのチョコが欲しい。
ま、まあ……俺だけのチョコはハードルが高過ぎるんだけれどね。
俺はスマホを取り出してメッセージ欄を表示させる。
「……」
彼女に……チョコが欲しいと伝えたい……。
どうしようかな。
お店に行って、直接伝えようかな。
それとも、このままメッセージで伝えようかな。
俺はスマホをにらめっこしているうちに、休憩時間が終わってしまった。
おわり
そっと伝えたい
「さて、どうする?」
なんとも怪しい店。
帽子で顔や表情が見えにくい店員。
俺は迷い込んだ見慣れない道に入り込んで、お店に入ってしまった。
そこでのやり取りで、商品を見せてもらった。その商品は「未来の記憶」。
「これがあれば、あなたの都合の良い未来が手に入りますよ」
帽子のつばの下に、うっすら見える口元の端が上がる。どう見たって悪い笑みだ。
俺が見た未来は……こう願っていると思えるもの。
代金は当然法外な値段だ。その代金を払わないで店を出たら消えるらしい。
自分の欲しい未来が願った通りにできる未来が今の脳裏にある。
まあ、そんなことを言われても俺の答えは決まっていた。
「いらない」
今、俺には好きな人がいる。彼女との未来もこの記憶に頼ればどうとでもなってしまう。
「俺は……彼女に振られても、未来が思い通りにならなくてもいい」
その言葉に店員は口を開けて驚愕していた。うっすらと汗が落ちるほどに。
「思いのままの未来だぞ!?」
「うん、いらない」
「何故!?」
俺は店の出口に足を向ける。
「この店に二度と来られないかもしれないんだぞ!?」
「かまわない」
足を止めて、軽く首だけ後ろに向けた。
「彼女との未来も、俺自身の未来も、俺自身が積上げていくものだから、都合のいい記憶なんていらない」
それに俺は腹も立てていた。内側になんとも言えないむしゃくしゃした気持ちが湧き上がる。
そんな都合のいい未来?
そんな都合のいい彼女?
バカにするな。
俺が好きになった彼女も、俺が欲しい未来も、難しいから自分の手で掴みたいんじゃないか。
店員が、まだ何かを言おうと口を開くが俺はもう振り返らずに胸を張って店の扉から外へ出た。
――
「……」
振り返ると見知らぬ裏路地の行き止まりにいた。
俺はなんでここにいるんだろう?
そんなことを思いながら、表通りに向かって足を進める。
それと同時に、どうしようもないほど気になる彼女に会いたくて仕方がない。
病院の車両、どれが壊れてないかな……。
それを見つけたら、理由をつけて自動車の修理屋で働いている彼女に会いに行ける。
「……いや」
会いたいから、会いに行く。
それを理由にすればいい。
そう結論づけた瞬間、何故か心がスッキリして自然と笑みがこぼれた。
おわり
二七二、未来の記憶
彼へ生まれた気持ちは確かにホンモノで。
でも私の気持ちを押し付けるのも、私が彼に片思いしているのも、彼に迷惑をかけてしまいそうで……。
誰にでも優しい人だし、人を助けることが仕事だから、色々な異性から好意を向けられていることも……なんとなく知ってる。
その中で、一番関係性が低いのは私だ。
彼が前を向いて仕事をしている、そのお手伝いができればいい。
私の気持ちで彼を迷わせてしまうのは……嫌だった。
だから、私は自分の心に蓋をする。大好きな想いに鍵をかけて、忘れよう……。
そう思ったのに。
屈託のない笑顔で私に手を差し伸べてくれる彼に、気持ちを抑えられなくなりそう。
ダメ。
ダメだと思うほど、迷惑をかけてしまいそうな気持ちが溢れてしまう。
ようやく落ち着いたのに、彼が当たり前に手を差し伸べてくれるから、また心を抑えるのが大変になる。
自分のココロなのに、全然思い通りにならないよ。
可愛くて、格好よくて、優しくて。
全部大好き。
おわり
二七一、ココロ
「「さむーーい!!!」」
冬空どころか、吹きっ曝しの潮風は頬どころか全身に冷たく、ひと吹きの風でふたりは大きな声で叫んでしまった。
「こらこんなに寒いとは……」
「真冬の海を舐めてましたね……」
咄嗟に彼女の身体を抱き寄せて体温で暖を取る。いや、むしろそれしかないのだ。
彼女も同じ気持ちで俺に抱きついてくれる。
心許ない温もりかもしれないけれど、違う意味で心身ともに暖かくなりそうだ。
そんな邪なことが脳裏に過っているのに、彼女は空を見上げていた。
「あ、流れ星!!」
彼女の声が響き渡る。その声につられて俺は天を仰いだ。
気が付かなかったけれど、そこには満天の星が眩く輝いていた。自分たちの住んでいるところは、どちらかと言えば都会の方だから、こんなに星々が綺麗に見えて胸が震える。
そうすると、スイッと星が瞬く間に落ちていった。
「ほら、また!!」
「本当だね」
「今日、なにかあったかな……?」
なにかの流星群の日だったっけ?
そんなことをぼんやり考えていると、彼女が俺を強く引っ張った。
「関係ないですよー! ふたりでいる時に見れたのが凄いじゃないですか!」
寒さで頬と鼻が真っ赤になりながらも、俺に向けてくれる屈託のない笑顔に、自然とこっちも微笑んでしまう。
だって俺の彼女、可愛いんだもん。
「また見えるかな?」
「見るまで頑張る!」
「風邪ひく前に戻るからね」
「えー!」
「えーじゃない」
抗議の声が上がるけれど、そこは俺、お医者さんとしても譲れないからね。
今はふたりだけのおしくらまんじゅうで、どうにか誤魔化しているけれど、感覚なくなったらシャレにならない。
「また流れ星が見えたらどうするの?」
「お願いごとします!」
躊躇いなくそういう彼女にビックリしつつも、彼女らしさに可笑しくて笑ってしまった。
「なんのお願いごとするの?」
「そんなの決まっているじゃないですか!!」
無邪気な笑顔が俺を捕える。
「あなたとずっといられますように!!」
ああ。
君にはかなわない。
俺は彼女の身体をより強く抱きしめていた。
おわり
二七〇、星に願って
「わっ」
何か軽くパコンという音と共に、バランスを崩して後ろに倒れ込む。けれど、道に倒れるわけはなく、隣で歩いていた恋人が私をうまいことキャッチしてくれた。
さすが、救急隊員さん。
とっさの救助行動はお手のものです。
「大丈夫?」
「はい、ありがとうございます!」
彼が背中を支えてくれるから、立ち上がろうとすると転んだ方の足がカクンッと力が抜けて、また彼の胸に寄りかかってしまった。
「あ、あれ?」
足に痛みは無いから、くじいた感じはなかったので足元を見るとヒールの踵が外れてしまっていた。
「わ、うそ!?」
これからデートなのに!?
今到着したばかりなのに!?
戻る……という選択肢も無くはないけれど……ここまで来るまでの往復の時間を思うと、それはためらってしまう。
お気に入りの靴だったし、割と履いていたから寿命なのかもしれないけれど、少しショックだった。
「どうしよう……」
すると、背中を支えてくれていた彼が、私をしゃんと立たせてくれる。その後、私の正面に回ったかと思うと、しゃがみ込んで両手を後ろに向けてくれた。
「背中、乗って」
「え!?」
それは……おんぶしてくれるってこと?
「でも……」
「軽いから、大丈夫。ほら乗って!」
さすがに体重を全部預けるのに抵抗を覚えていたら、見破られてしまっていた。
私はおずおずとしながら、彼の背中に体重をかける。すると、簡単に背負ってくれた。
普段、色々な人を助けているから、私くらいは本当に軽いのかも……。
「ちゃんと掴まってね」
「うん、ありがとうございます」
「君が悪いわけじゃないから、気にしちゃダメ」
少し迷いはあったけれど、お言葉に甘えて彼に後ろから抱きついた。暖かい彼の背中に、覚えはないけれど懐かしさを感じてしまった。
こんな風に背中にぎゅっとしたことは、あまりないなー。なんてぼんやり考えてしまった。
「とりあえず、靴屋さん探そ」
「うん」
周りの視線は少し痛い。
でも、見た目より広い彼の背中に寄り添っていると、安心してしまい眠りに落ちそうになった。
おわり
二六九、君の背中