とある恋人たちの日常。

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「さて、どうする?」
 
 なんとも怪しい店。
 帽子で顔や表情が見えにくい店員。
 
 俺は迷い込んだ見慣れない道に入り込んで、お店に入ってしまった。
 
 そこでのやり取りで、商品を見せてもらった。その商品は「未来の記憶」。
 
「これがあれば、あなたの都合の良い未来が手に入りますよ」
 
 帽子のつばの下に、うっすら見える口元の端が上がる。どう見たって悪い笑みだ。
 
 俺が見た未来は……こう願っていると思えるもの。
 代金は当然法外な値段だ。その代金を払わないで店を出たら消えるらしい。
 
 自分の欲しい未来が願った通りにできる未来が今の脳裏にある。
 
 まあ、そんなことを言われても俺の答えは決まっていた。
 
「いらない」
 
 今、俺には好きな人がいる。彼女との未来もこの記憶に頼ればどうとでもなってしまう。
 
「俺は……彼女に振られても、未来が思い通りにならなくてもいい」
 
 その言葉に店員は口を開けて驚愕していた。うっすらと汗が落ちるほどに。
 
「思いのままの未来だぞ!?」
「うん、いらない」
「何故!?」
 
 俺は店の出口に足を向ける。
 
「この店に二度と来られないかもしれないんだぞ!?」
「かまわない」
 
 足を止めて、軽く首だけ後ろに向けた。
 
「彼女との未来も、俺自身の未来も、俺自身が積上げていくものだから、都合のいい記憶なんていらない」
 
 それに俺は腹も立てていた。内側になんとも言えないむしゃくしゃした気持ちが湧き上がる。
 
 そんな都合のいい未来?
 そんな都合のいい彼女?
 
 バカにするな。
 
 俺が好きになった彼女も、俺が欲しい未来も、難しいから自分の手で掴みたいんじゃないか。
 
 店員が、まだ何かを言おうと口を開くが俺はもう振り返らずに胸を張って店の扉から外へ出た。
 
 
――
 
 
「……」
 
 振り返ると見知らぬ裏路地の行き止まりにいた。
 俺はなんでここにいるんだろう?
 
 そんなことを思いながら、表通りに向かって足を進める。
 それと同時に、どうしようもないほど気になる彼女に会いたくて仕方がない。
 
 病院の車両、どれが壊れてないかな……。
 
 それを見つけたら、理由をつけて自動車の修理屋で働いている彼女に会いに行ける。
 
「……いや」
 
 会いたいから、会いに行く。
 それを理由にすればいい。
 
 そう結論づけた瞬間、何故か心がスッキリして自然と笑みがこぼれた。
 
 
 
おわり
 
 
 
二七二、未来の記憶

2/12/2025, 12:11:17 PM