俺には好きな人がいます。
誰にでも笑顔だし、優しいし、思いやりのある女性だから、他の人からも好意を向けられている……気はする。
請求書に添えてくれる他愛のない一言が嬉しくて、好きなものが同じものが多くて、無理に内側に入ろうとしてこなくて……。
一緒に居て心地いいんだ。
募っていく〝好き〟という気持ちをいつか伝えられたら良いと願ってしまう。
誰も知らないけれど、誰にも言っていないけれど。
多分、周りの人たちは少しづつ気がついている俺の秘密。
おわり
二六七、誰も知らない秘密
しんと静まる夜。
今日は恋人が夜勤で居間にひとりでソファに座っていた。
テーブルの前にはココアが湯気を失いかけている。それだけ時間が経った証拠。
眠ろうとは思ったんだ。
でも、彼が居ない寂しさに負けてしまった。
まあ、明日はお休みだから、頑張って眠ろうとも思わなかった。
そう。
明日は私も彼も休みだ。
彼が帰ったあと、彼にぎゅーってしてもらって眠ってから、のんびり買い物デートしよう。
あのお店見て、こっちのお店を見て……。
そんな想像をしていたら、少し楽しくなってきた。
コップを手に取りココアを口に含むと、すっかり冷たくなっていた。甘さが控えめになっていて、苦味が目を覚ます。
あ。
窓の外に視線を送ると、下の方からオレンジ色が差し込んできていた。
夜が明ける。
もう少ししたら、彼が帰ってくる。
そうしたら大好きな彼の笑顔が見られるんだ。
私の静かな夜明けが終わる。
おわり
二六六、静かな夜明け
疲れた。
肉体的にじゃなくて、精神的に。
仕事もプライベートも楽しいんだ。
人からもらう好意も嬉しい。
楽しいけれど。
嬉しいけれど。
疲れる。
そんな過去だった。
「大丈夫ですか?」
ソファで目を覚ますと、恋人が俺を心配そうな顔で覗き込んでいた。俺の頬に手を伸ばして優しく添える。その体温の温かさに安心を覚えた。
誰より愛しい彼女。
俺は両手を伸ばして彼女を抱きしめる。
「どうしました?」
彼女は俺を包み込むように抱き締め返してくれた。
そう。
あの時も、心が破裂しそうなくらい疲れていたんだ。
そんな時、俺の心にその心で寄り添ってくれたのが彼女だ。
心と心を合わせて、俺のストレスを解放してくれた人。
「もう少し、このままでいて」
君がいれば大丈夫だから。
おわり
二六五、heart to heart
「なにこれ?」
家に帰って居間に行くと、見慣れない白い箱があって、俺は思わず恋人に疑問をぶつけた。
「えっと……もらったんです」
「中身なに?」
彼女は少しだけ戸惑いながら、俺を見上げてから箱を開ける。すると中には白と水色と青い薔薇が敷き詰められていた。
「え。これって、プリザーブドフラワー?」
「は、はい」
ん?
なんか様子おかしいぞ。
不自然なまでに視線を逸らす彼女。どことなく頬と耳まで赤くなってる。
「なんかあった?」
「あ、あぁ……いや、えっと……その……」
ついにもじもじし始めた。
「えっと……聞かない方がいい話?」
「あ、いや……」
パッと顔を上げて慌てて否定する。少し考えたあとに照れた顔で見上げた。
ダメでしょ、その顔は。
俺は君に惚れているんですよ?
今度は俺の方が視線を逸らして手で顔を隠した。
「え?」
「あ、いや。なんでもないです、教えてください」
すると、彼女が左手を差し出す。そこには俺がプレゼントした指輪が光っていた。もちろん、薬指にはまっている。
「こ、これを見た社長たちが、勘違いしてお祝いって……」
「ふぇ!!?」
それはつまり……結婚祝い……。
それに気がついたあと、一気に顔が沸騰したように熱くなる。
彼女の反応はこれか……。
照れた顔した彼女はとても可愛くて。
俺も照れはあったけれど、気持ちは固まっている。だから彼女に指輪を渡したんだ。
俺は彼女の手を取ると、照れながらも不安な表情で俺を見つめる。
「安心していいよ。俺はそのつもりだから」
いつか。
プリザーブドフラワーと共に、君に永遠を違う花束を贈るね。
おわり
二六四、永遠の花束
同棲する恋人とはケンカとか、言い争いとかほとんどしない。そもそもケンカにならないんだよね。
俺はちゃんと説明するし、彼女も話をしてくれる。
もちろん全部話すなんてことは無理だから、そういう時は〝言えない〟事を伝える。
俺は救急隊だから、個人情報を取り扱うし、彼女も客商売だから、お互いの仕事で言えないことだってある。そこはふたりとも弁えている。と、思う。
生活する上で、合わないこと……も、あまりないんだよなー。
でも、これはお互いなんだけれど、ミスしてしまった時に自分を責めること。これが一番良くない。
「今の私にやさしくしないでください」
ぷくぷくになった頬、シワがよる眉間。ほんの少し涙目に見える恋人を見ていると、何か大きなミスをしたのは分かった。
俺もこういう時はある。
これは何度言っても心に寄り添う言葉を伝えたいんだ。
「なにかミスしたの?」
こくりと首を大きく縦に振る。
「人に迷惑かけちゃった?」
しばらく止まったけれど、今度は小さく頷いた。
「あやまった?」
それは強く頷く。
「いっぱい反省した?」
これまた止まってから、その瞳に大きなしずくを溜めて、ゆっくり頷いた。
俺は彼女の正面に回って胸におさめ、彼女の頭を撫でる。
「なら、俺は優しくします」
「だめ……」
「ダメじゃないの。謝って、いっぱい反省したんでしょ? これ以上、自分をいじめる方がダメ」
その言葉を聞いた彼女は、声を殺しながら方を震わせた。
「反省したあと、分からないこととかあるなら、一緒に考えよ。俺じゃ力不足かもしれないけれど……」
「そんなことありません!」
涙声が響き渡る。彼女は俺の言葉をさえぎって、しっかり俺を見つめた。
「力不足なんてないです。こうしてくれるだけで、私の心を助けてくれてます」
彼女の腕が、俺の腰に回されてその体重が俺にかかる。彼女の温もりがゆっくりと伝わってきた。
「うん。じゃ、そばにいさせて」
「はい、ありがとうございます」
こういう日は、極力そばにいて体温を分け合う。これが一番いい。
おわり
二六三、やさしくしないで