今日は珍しく彼女の方が遅番。俺が残業だったり夜勤だったりすることはあるけれど、彼女が遅番で遅くなるのは珍しかった。
いや、遅番もあるのだけれど、割と俺の夜勤と合わせてくれることが多かったんだよね。そういう意味だと、上手く合わないのが珍しい。
見たいテレビもないし、動画も思いつかないから部屋は静まり返っていた。
静寂の音が耳に残って、少痛みを覚える。胸に穴が空いたような感じも相まって孤独を強く感じた。
「早く帰ってこないかな……」
座っているソファの隣をさする。当たり前だけれど温もりは感じない。それはより俺の胸を締め付けた。
自然を足をそばに寄せて、体育座りをして身体を小さくする。
彼女がいないと消えちゃいそう。
おわり
二一七、寂しさ
そう言えばと思い出す。
出会いは夏。
気になったのは秋。
意識して、距離が一気に近づいたのは冬。
一緒にいることか多くなった冬。
「どうかしましたか?」
吐く息が白い中、彼女とのことを思い出していた。
急に言葉を止めてぼんやりした俺に彼女が顔を覗き込んで声をかけてくれる。同時に繋いだ手がキュッと強く握られた。ここにいるよと伝えるように。
俺は安心させるように笑う。
「ごめん、ぼんやりしてた」
「危ないですよ?」
「うん、ごめん」
何か悩みがある訳じゃないと伝わったのか、彼女も柔らかいほほ笑みを俺に返してくれた。
今はずっとそばにいる。
おわり
二一六、冬は一緒に
夕飯が終わり、ソファに座ってのんびり本を読んでいると、彼が横座りで隣に座った。私の腰に腕を回して肩に顔を埋める。
「横向きましょうか?」
「うん、俺のこと背もたれにして」
身体を横に向けて寄りかかると、彼は体勢を変えずに私の肩にすがる。
「あ、来週のシフト、スマホに送っておきますね」
「分かった〜、休みは?」
「ちゃんと合わせましたよ〜」
「でかした〜」
そう言うと、肩に埋まっていた頭がグリグリされてくすぐったい。
「あははは、やめてください。くすぐったいー」
少しグリグリ続けた後、頬に温かいものがちゅっという音と共に触れる。
「明日、終わり早いよね?」
「はい」
「じゃあ、夕飯は外で食べる? 新しいお店できたみたいだから行こうよ」
「行くー!!」
大きく返事をしながら、背中を伸ばして手を大きくあげる。それは身体を思いっきり彼に押し付ける状態だ。
そんな感じで、とりとめもない会話を続ける。こんななんでもない時間が幸せで仕方がない。
おわり
二一五、とりとめもない話
朝起きていつも通りに挨拶をしようと口を開く。彼女に声をかけようとした瞬間、声に引っかかるものがなくて違和感を覚えた。
〝おはよう〟
そう言ったつもりだったのに、なんの音も出なくて、恋人は振り返らない。
あ、あれ……?
喉を鳴らして、初めて彼女が振り返り笑顔を向けてくれた。
「おはようございます!」
〝おはよう〟
もう一度声を出そうとするが、完全に掠れて声が出ない。その様子をバッチリ見た彼女は口をぽかんと開けて、目を丸くしていた。
喉を押えて咳をすると、明らかに悪い咳をしてしまうから、口元を押えていても慌てて彼女から離れた。
後ろから物音が聞こえたけれど、俺はそれどころじゃない。止まらない咳に胸が焼けるようだった。こういう時にはしっかり声が出るのが辛い。
しばらくすると、暖かい手が背中をさすってくれる。
「落ち着いたら、これ飲んでくださいね」
首を縦に振りながら少しずつ咳を落ち着かせると深呼吸をした。
「ふぅ〜……」
背筋を伸ばすと、水の入ったマグカップが差し出される。
「飲んでくださいね」
口だけ〝ありがとう〟と動かすと、彼女からマグカップを受け取って水を口に含む。喉に冷たい水が通ると、乾いた喉に少しずつ潤いが染み渡っていく。
飲みきった後にもう一度声を出してみるけれど、やっぱり声は出ない。
「今日はお仕事を休んで診察に行ってくださいね」
俺は苦虫を噛み潰したような顔で頷く。なんと言っても行く場所は俺の職場だ。
「一気に乾燥しましたからね。今日中に加湿器を出しておきますね」
俺は両手を合わせて彼女に会釈する。
声が出ないってこんなに不便なんだなー。
風邪に気をつけていたけれど、完全に油断した。
彼女へ移さないように、これ以上に悪化しないように気をつけなきゃな。
おわり
二一四、風邪
彼女と人気のイルミネーションを見に行ったあと、人混みから逃げるように海の見える公園へ向かった。
そこには都市の有志で飾られた小さなイルミネーションと、それを見るための椅子が用意されている。
「ここにもイルミネーションがあるんですねー」
「俺も知らなかったー」
彼女の手を取り、椅子に座る。吐く息も白く寒いから彼女の肩を抱き寄せた。彼女も寒いと言わんばかりに俺の腰に両腕を回す。
正直、人混みに疲れたのと暑かったから、少し頭も冷やしたくて海に来た。本当にそんな軽い気持ちだったんだ。
規模は小さいイルミネーションで、当然迫力も段違いだけれど、公表されている場所じゃないから人も少なくて落ち着く。
「寒いけど……落ち着きますね」
俺も寒いには寒いけれど、彼女の体温が心地よくてたまらない。
「そうだね」
さっきまでの喧騒とは違って、繰り返される波の音と彼女の体温が心を落ち着かせる。
「寒いけれど君が暖かいから落ち着く」
「私もです」
そう言いながら、彼女は俺の胸にすり寄る姿が愛らしい。
「もう少し寒くなったら雪降るかなー」
「クリスマスくらいに降ったらいいですね」
すると彼女は身体を話して目線を俺に合わせる。そして満面の笑みで話しかけてきた。
「雪が降ったら、また来ましょ。今度は暖かい飲み物も持ってきて!」
「ここに来るまで大変そうだけれどね」
ふたりで笑い合うと、どちらからともなくもう一度肩を寄せあった。
雪が降ったら、また来よう。風邪をひかないように寒さ対策をしっかりしてね。
おわり
二一三、雪を待つ