「ただいま〜」
玄関から大好きな彼の声が聞こえた。私はのんびりソファに座っていたのを飛び上がって彼を迎えに行く。
日課になっている〝ただいま〟と〝おかえり〟のハグを迷わずしにいった。
そして、言葉と共に彼の胸の中に飛び込む。
「おかえりなさいっ!!」
いつものギューをしていると、彼も抱きしめ返してくれた。
いつもより、ずっとずっと強く。すがるような抱きしめ方に違和感をおぼえる。
多分、彼の中で何かがあったんだ。
でも彼は、それを見せないように何でもないフリをしている。
心の余裕がない時の彼のクセだ。
少しだけ抱きしめる力が緩んだから、同じようにして彼の顔を見上げると笑顔なのに陰りがある。
笑っているのに、目は笑ってない。
でも心配させないように笑う彼に、胸が締めつけられた。
聞くのは簡単だけれど、きっと話したくないだろうから、私は何でもないフリに乗る。
でも、これだけは許して。
私は大丈夫という気持ちを込めて、彼を強く抱きしめた。
おわり
二〇九、何でもないフリ
俺が彼女を明確に個人として……いや、意識するきっかけになったのは一つの大好きな飲みもの。それはクリームソーダ。
そのクリームソーダのグッズを配るのが大好きな俺は、以前から怪我をしてしょっちゅう通院してくる彼女と普通に話す仲になっていた。
痛いと悲しそうな顔をする彼女を元気づけたくて、クリームソーダのグッズをあげると、驚くほど満面の笑顔を見せてくれた。
本当に驚いたんだ。花が咲くってこういうことを言うのかなって思うくらいの笑顔だったから。
「嬉しい、クリームソーダ大好き!!」
その言葉も俺には嬉しかった。俺の周りにはもうハイハイと流す輩が多かったから。
「配るの好きだから、またあげるよ」
「え、嬉しい」
「じゃあ、今度また別のものをプレゼントしよう〜」
「やったー!」
こんな純粋な反応も……正直初めてだったんだ。
そこから俺たちはクリームソーダ大好き仲間になった。
その後、彼女に渡したものが分からなくなって、まだ集めているか聞いた時。彼女は「まだ集めてる」と即答して、宝箱に全部大切にしまってくれていた。
「全部が私のたからもの!!」
そう笑う彼女に、初めて見た笑顔を思い出したんだ。花が咲きほこるような笑顔に、胸が高鳴るのを抑えられない。
そして、俺の中で彼女は仲間から、意識する人に変わったんだ。
そんな、小さなきっかけ。
おわり
二〇八、仲間
クリスマスシーズンが近くなり、クリスマスマーケットを目的に仕事終わりのデート。イルミネーションがキラキラ輝いて、彼女の瞳も同じように輝いていた。
俺は彼女を見つめている。寒さで頬を赤くしながらイルミネーションを見上げていた。
指先を口元に寄せて息を吹きかけるて暖めている。
「あれ、手袋は?」
「会社に置いてきちゃいました」
照れたように笑うけれど、彼女の指先は寒さで赤くなっていた。
俺は手袋を片方だけ外して、彼女に向ける。
「片方、貸してあげる」
「片方だけ?」
「片方だけ〜」
彼女はちょっとだけ不服そうに唇をとがらせる。でもいたずらっ子のように微笑んでいた。
彼女が俺の手袋をすると、手袋をしていない方の手を取って恋人繋ぎをする。
彼女は目を丸くして俺を見つめてくるから、また可愛いんだ。彼女と繋いだ手をそのまま俺のコートのぽっけの中に入れる。
やっぱり驚いていたけれど、直ぐに笑顔になった。だから俺も得意げな顔で彼女に言った。
「これならどっちも暖かいでしょ」
おわり
二〇七、手を繋いで
「あの……ありがとうございます、ごめんなさい」
彼は、お昼のご飯になるはずだったお弁当を頬張っている。今は夕飯なのに。
彼の食べる姿は満面の笑みで、嬉しそうなんだけれど、申し訳なさがとり払えなくてお礼と謝罪の言葉を伝えた。
「え、なんで謝るの? おいしいよ〜?」
開けた瞬間も、彼の目はキラキラしていて、スマホで写真を撮るくらい喜んでくれた。
温めて食べ始めると本当に嬉しそうで幸せそうに食べてくれる。
凄く嬉しかったけれど……。自分のやらかしでお昼ご飯が夕飯になった。
本当にやらかした。
普段から食事の支度もしているけれど、お弁当を作りたいと言ったのは私なの。せっかくならば彼の好きなものを作りたくて、期待値を上げまくったのにやらかした。
自分用に作ったお弁当と、彼へのお弁当を入れ間違えてしまった……。
ふたり分同じものを作れば良いのだけれど、彼へ作ったハンバーグはチーズを使ってうさぎを型どったハンバーグにしたのだ。
根本的に好みが近いふたりだから、お弁当箱までお揃いにしてしまったのが間違いの原因だと思う。
お昼に気がついて、彼に電話して謝ったけれど、本当に申し訳なさでいっぱいになる。
彼は笑いながら許してくれた。それどころか、私の手元にあった彼のお弁当を夜に食べてくれると言うのだ。
なんでそんなに優しいの?
もう悔しくて、自分が情けなくて部屋の片隅でへこたれていると、彼が帰ってきて今に至る。
「もう、謝らない! 俺はこんなに頑張ってくれたって分かって嬉しいし、おいしいし、幸せいっぱいなんだから!」
その言葉が嘘じゃないと伝わるくらい、緩んだ笑顔を見ていると、謝ってばかりじゃなくて切り替えないとダメだな。
「食べ終わったら、甘えてもいいですか?」
「いいよ、いいよー。ご飯のお礼にたくさん甘やかしちゃう」
「今日、失敗したのに?」
「俺から言うと失敗も可愛かったし、お昼も夕飯も幸せだから甘やかす!」
それはもうキッパリと言ってくれたから、ふふっと笑ってしまった。
本当に単純な失敗をしたけれど、反省して次に活かそう。そして、今度は失敗しないようにするんだ!
おわり
二〇六、ありがとう、ごめんね
「ただいまー」
家に帰ると、普段なら走ってお出迎えしてくれる恋人が来なかった。
今日、彼女の仕事は休みだから、家にいるはずなんだけれど……。
居間に行くと部屋の隅に体育座りしている恋人を見つけた。
「たーだーいーま!」
少し大きな声で言うと、ガバッと顔を上げる。そして俺を見ると大きな瞳からボロボロと涙がこぼれおちた。
「今日のおべんと、ごめんなさいー!!」
ああ……やっぱり落ち込んでるか。そりゃそうだよね。
前日から〝今日のお弁当は楽しみにしていて〟と可愛い笑顔で言っていたし、昨日の夜と朝でしっかり準備をしていた。
朝ごはんも作ってくれて、満足気に送り出してくれたのにお昼になったら自分のお弁当箱と俺のお弁当箱を入れ間違えていたという……。
料理はまぁする方なんだけど、基本的に不器用だからこれだけ頑張るんだよな。それが俺のためだから口角が上がるというものだ。
同じものを作ったのかと思ったのだけど、彼女は自分のお弁当は適当な冷凍食品をぶち込んだだけのお弁当になっていた。つまり俺のお弁当箱に気合いを入れまくった結果なんだなと理解出来る。
俺のために作ってくれたお弁当は夜食べるから残しておいてとお願いした。
まあ、俺は夜にそのお弁当が食べられると喜びが先延ばしになったと、一日浮かれていたんだけれどな。
だけど、彼女はそう思う訳じゃないから罪悪感でいっぱいになっている。
こんな落ち込み方、初めて見たもん。
俺は彼女に笑顔で腕を広げた。
「そんな部屋の片隅で小さくなっていの。ほら、俺はまだ〝ただいまのぎゅー〟をもらってないよ」
俺に飛び込んでいいのか不安な顔を向けてくる。腕を広げたまま〝おいでおいで〟と両手を振ると、ゆっくりと立ち上がって胸に飛び込んできた。
めちゃくちゃ力強く抱きしめてくれて、これはこれで嬉しい。
そして安心して欲しいから、俺も彼女を強く抱きしめ返した。
「本当に、本当にごめんなさい」
「なーんで? 作ってくれただけでも感謝しているし、入れ違いなんて大したことないよ。これから食べさせてもらうんだから!」
「でも時間が……」
見上げてくる彼女は愛らしいけれど、大粒の涙は止まらない。俺は彼女の額に自分のそれを軽く当てた。
「愛を込めて作ってくれたんでしょ?」
「もちろん!!」
「じゃあ絶対に美味しいから、もう泣かないで」
その言葉に納得した表情を浮かべ、また俺の肩に顔を埋める。
「愛はいっぱいいっぱいいーっぱい込めましたっ!」
「うん」
「だから、食べてくださいっ!」
切り替えた彼女の顔は、俺が見たかった大好きな笑顔だった。
おわり
二〇五、部屋の片隅で