気になる彼と会話をしていると、心がふわふわしてくる。他愛のない会話かもしれないけれど、私には大切な時間。
少し、長く話してしまったな……とは思っていたけれど、そろそろお互いにタイムリミットだった。
「あ、じゃあそろそろ俺行くね」
「うん」
「さ……」
私はその言葉を聞きたくなくて、咄嗟に彼の唇の前に人差し指を差し出す。
目を丸くしている彼。驚いて当然だと思う。
でも、さよならは言わないで欲しいの。
彼からその言葉を聞きたくなかった。
彼の口元から指を離し、戸惑う彼に向けて微笑んだ。
「また……ね」
私が小さく言うと、なぜ指を向けたのか分かってくれたみたい。そして、眩いほどの笑顔で、こくんと頷く。
「うん、またね!」
その表情に、とくんと胸が高鳴るのを抑えられない。
やっぱり……彼のことが好き……かも。
おわり
二〇一、さよならは言わないで
アラームより早く目を覚ますと、閉め忘れたカーテンからうっすらと光が差し込んで眩しい。
スマホに手を伸ばして時計を確認すると起きる時間より30分くらい早くて力を落とした。
「ん〜……」
背後から気の抜けた愛しい彼の声が聞こえる。
スマホの光で起こしちゃったかな。
すぐにスマホのライトを消して彼のそばに近づくと彼の手が私を抱き寄せる。
彼の腕の中は、その体温と彼のすっきりとしつつも優しい香りに包まれた。
あったかい……。
背中に当たる日差しと、彼の安心感に包まれて、また眠くなってしまう。
彼の腕の中で光が届かないから、より睡魔に襲われた。
おわり
二〇〇、光と闇の狭間で
カフェに行くと、気になっている彼女が普段仲良くしてくれる男友達と楽しそうに話していた。
俺はテイクアウトで買い物に来ていたのに、ついつい聞き耳を立ててしまう。
話している言葉使いも砕けていて、距離が近いように感じる。俺と話す時は丁寧に話してくれるもんな。
それはそれで、可愛いと思っているんだけれど……。
でも、友達を少しだけ……羨ましく思ってしまった……。
それと、俺も仲良くしているとはいえ、相手は異性だからモヤモヤしてしまう。
注文を終えて、出てくるのを待っていると、友達が席を外した。
声……かけちゃおうかな。
俺はほんの少し迷いつつも、今見つけましたと言う笑顔で声をかけた。
「こんにちは!」
「あ、こんにちはー!」
柔らかい笑みを浮かべて、返事をしてくれる彼女にどうしても胸が高鳴る。
本当に……気になる……だけなのかな。
そんなことを心の奥底にしまいつつ、彼女の隣に立った。
「どうしたの、一人?」
「ううん、同期の友達と一緒にいたの。トイレ行っちゃった」
同期……?
同期!?
確かに一緒にいた友達は、俺とも仲が良くしてくれる人で、正直彼女との接点が浮かばなかったから少し不安があったけれど。そうか、同期だったんだ。
「そうなんだ」
そう答えた時、カウンターから俺の注文した番号が呼ばれる。俺は彼女に目配せをして、注文したものを受け取った。
振り返ると、友達も戻ってきていて俺に気がつく。
「おー!! どうしたんすかー!?」
「え、これ買いにきたの」
そう、手元にあるものを軽く見せた。
「なんか、久しぶりっすねー!」
友達が当たり前のように屈託のない笑顔で俺をテーブルに促す。彼女も〝座って座って〟と目をキラキラさせているのが分かる。特にこの後に用事がある訳でもないのと……ほんの少し、関係が気になるからお誘いにのった。
他愛ない会話が続く。
彼女の肩の抜けた会話に驚きつつも、三人で楽しい時間を過ごせた。
けれど。
そうか、同期とはいえ、あんな話し方するんだな……。
俺ももう少し距離を近くなるように頑張ろう。
おわり
一九九、距離
朝、恋人が発熱していた。彼女は無理をするタイプだから仕事を休んでもらった。
ベッドに寝かせたあと、早い時間からやっている薬局に向かった。ペットボトル、飴、ゼリー、飲み物の総合栄養食品を買って彼女のそばに置いておく。
もう、その頃には発熱特有の赤い顔をしていた。
目が覚めても力は出せないかも……。
そんなことを思いながら、一度明けて締め直す。
まあ、彼女が飲まなかったら俺が飲むなり食べるなりすればいいかと思っていたから。
職場に到着して、隊長に事情を話すと余っている代休消化で午後半休を貰うことが出来た。
いつも元気な彼女。
普段ひかない風邪をひくと不安になると思っていて、どうしても早く帰りたかったから助かった。
スーパーに立ち寄って、消化に良さそうなものを作れるように材料を買って帰る。
荷物を持っていたとはいえ、大きな音を立てないように家の鍵を開けてそっと入った。寝室も同じように入ると、起きていた彼女が起きていて驚いてしまった。
「起きていたんだ、大丈夫?」
「さっき起きました」
まだふわふわとした表情をしているから、彼女の熱を測るために頬に触れると、嬉しそうに俺の手に頬ずりしてくれる。
「まだ寝てて。ご飯食べられる?」
彼女はそのまま頷くけれど、言葉を発することなく俺に両手を広げる。
潤んだ瞳に、寂しそうな表情をしていて胸が痛くなった。
こういう時の彼女は絶対に寂しいと思ったんだ。
そう思ったから早く帰りたかった。
そばにいたかったんだ。
俺は安心して欲しくて笑って、彼女を抱きしめる。
するとしっかりと抱きついてきた。しばらくすると胸元が熱を感じる。
「うぅ〜〜〜……」
ああ、やっぱり寂しくて不安になってたか。
俺は安心して欲しくて、彼女の背中をゆっくりとたたく。
泣かないで。
一瞬、そう思った。
でも、彼女が隠すことなく泣けるのは俺の前だけならば、そのまま泣いて欲しい。
ずっと、ずっと。
そばにいるからね。
おわり
一九八、泣かないで
「さむっ!!」
「寒いー!!」
車を降りると、一際強い風が俺たちの身体を撫でる。
今日はふたりともお休みを合わせたので、食料品やら生活必需品を買いに行こうと、デートがてら買い物に出た。
前回、買い物に来た時はこんなに寒くなかったぞー!!
上着を着ようか悩ましいけれど、駐車場からお店までの短い距離だ。俺は彼女の手を取る。
「せめて手ぐらい暖かくしよ」
目を見開いた彼女は、直ぐに満面の笑みを浮かべて頷いてくれた。
「うん!!」
彼女の指先が少し冷たくなっていたけれど、繋いでいくうちに暖かくなる。横にいる彼女を見つめると、目が合って嬉しそうに微笑んでくれた。
「あなたの手、あったかい!」
秋だとまだ暑かったけれど、堂々と彼女に触れても問題ない。そんな季節が始まったばかりだ。
おわり
一九七、冬のはじまり