目を開けると、いつもの天井が目に入る。
身体を起こそうと思ったけれど、とても重くて起こせそうになかった。
息を吸うと冷たい空気が心地良い。
自然と肩で息をしてしまう。
なんでだっけ?
と、ぼんやりと考える。
今朝、マグカップを落とした時、彼が怪訝な顔をして私を見ると優しく抱きしめてくれて……。
そうだ、思い出した。
熱があるから、お仕事をお休みにしたんだっけ。
彼は救急隊員でお医者さん。その彼が抱きしめてくれて、私の発熱に気がついてくれた。その後すぐに仕事を休むよう言ってくれたんだっけ……。
横を見るとペットボトルが見える。
近くに置いといたスマホを取り出して時間を見るとお昼を過ぎていた。
結構、寝ちゃったな、何か食べないと……。
無理やり身体を起こして、置いてあったペットボトルに手を伸ばす。
よく見ると、ペットボトルだけじゃなくて、飴やゼリーや飲み物の総合栄養食品の飲みものが置いてあった。
……家にこんなのあったっけ?
冷蔵庫の中を思い出そうとしたけれど、頭がふわふわで思い出せない。
ペットボトルを開けて水を飲もうとすると、事前に開いていた。
……あれ?
空いていた?
よく見ると、ゼリーも空いている。これって力が出ないことを想定してた?
こんな小さいことに喜びと、彼からの想いやりを感じてしまう。
せめて薬を飲むために、なにか食べようかと考えた。でも、朝より熱が出ているのか身体が熱くて動くのがしんどい。
どうしようかな……。
考えていると、しんと静まり返った部屋に寂しさを覚える。
その時、玄関から鍵を開ける音がした。するとそぉっと扉が開いて、彼が顔を覗かせる。私が起きていることに驚いて傍に来てくれた。
「起きてたんだ、大丈夫?」
「さっき起きました」
彼は私の頬に手を触れる。
「まだ寝てて。ご飯食べられる?」
私は何も言えずに頷く。けれど、それよりも欲しいものがあって彼に向かって手を伸ばした。
彼は驚いた顔をしたけれど、ふわりと微笑んでくれて、私を抱きしめてくれる。
強く抱き締めていると、自然と涙が溢れた。彼の気遣いも、早く帰ってきてくれたことも、行動のひとつひとつに愛情を感じて涙が止められない。
「うぅ〜〜〜……」
彼は黙って抱きしめ、背中を叩いてくれる。
「大丈夫、そばにいるよ」
おわり
一九五、愛情
ことん。
「あっ……」
小さい声に反応して振り返ると、テーブルからマグカップが落ちていた。
今の床はカーペットを敷いていたから、特に割れることもなく重い音が響く。
転がったマグカップは空だったから、特に汚れなかったが反応できない彼女に少し驚いた。
俺はマグカップを拾って彼女を見つめると、どこかふわふわしているように見えた。
俺は迷わずに彼女を抱きしめると、彼女は俺に身体を預けてくる。
うーん、温かいなー。
と言うか、ちょっと熱いかな。
「今日の予定はー?」
「お仕事ですけれど……?」
彼女は責任感が強い方だから、何かあると無理してしまう。それが分かっているのに、微熱のある彼女を仕事に出すのも気が引けた。
だから、俺のせいにしてもらおう。
「今日はお仕事お休み。軽くだけれど熱があるよ」
「え。でも迷惑かけちゃう」
「悪化して身体を壊したらもっと長引くよ」
俺を見上げながら、おろおろとしているのが分かって、また可愛い。
「医者の俺が言うんだからダメです。今日はお休み! 仕事行ったら無理しちゃうでしょ」
キッパリと言い切ると、彼女視線は泳ぎまくる。
「そ、そそそ、そんなことナイデスヨ」
裏返った声は、予測を確信に変えた。絶対、そうでしょ。
「だーめ。俺が無理したら心配するし、怒るでしょ? 俺も同じだからね」
それを言うと、彼女は言葉に詰まった。
そして唇を尖らせて、涙目で見上げる。熱のせいでほんのりと頬が紅くしているから尚更可愛い。
「じゃあ……」
彼女はぎゅうっと俺を抱きしめてくる。多分、寂しいのだろうな。
「今日はお休みします」
安心を伝えるように、彼女を抱き締め返した。
「うん。俺も今日は早く帰るからね」
そう伝えて、額に唇を乗せる。
やっぱり熱いから休ませて正解!
おわり
一九四、微熱
大好きな彼と久しぶりにデート。
差し伸べてくれた手を取って、当たり前のように繋いでくれる。
「行こうか」
雲ひとつない空が眩しいのは、彼の笑顔も一緒で目を細め、顔がほころんでしまう。
ああ、彼が大好きだな。
「あ……」
なにかが足に当たって転びそうになるけれど、彼が繋いだ手を引っ張って抱き寄せてくれた。
「セーフ」
楽しそうに笑ってくれる表情。一緒に暮らしていて、当たり前のように見ている笑顔なのに、ドキリと胸が高鳴る。
私は、彼の手を離して首に手を回す。そのまま身体を彼に預けて抱きしめた。
「どうしたの?」
「ううん……安心するから」
彼の表情は見えないけれど、くすっと笑うのが分かった。
「お天道様のしただよ?」
「関係ないもん」
普段は人の目を気にするけれど、大好きな彼を太陽の下で抱きしめたかったの。
おわり
一九三、太陽の下で
肌寒くなってきて、衣替えをしていると冬に良く着ているVネックのセーターが出てきた。割と長いこと着ているから伸びている。少しというか、裾は結構伸びていた。
俺はそのセーターを持ち上げて見ていると悪い考えか過ぎる。
「ねーえー」
「はーい」
離れた場所で同じように衣替えをしていた恋人のところにそのセーターを持っていく。
「なんですかー?」
端からひょこっと彼女が顔を出した。
「はーい、ばんざーい」
「ばんざーい」
相変わらず曇りのないまなこで言われた通りに両手を挙げる。それを確認した俺はお気に入りのセーターを彼女の頭から被せた。
「わっぷ!?」
するすると俺のセーターを着せると……。
……あ、これはダメだ。
何がダメだったかと言うと、俺の心と身体がイロイロとダメだ。
彼女は家用の短パンを履いていて、俺のセーターの裾の方が長い。男女の体型の差もバッチリ出ていて、俺の肩幅で止まっていた肩部分が、彼女の肩では止まらないのでスルリと腕の方に落ちていた。
「なんですか? セーター?」
彼女は肩を抑えながら、全体を見ようと鏡の前に立った。
「あ! よく着ていてたセーターだ!」
身体を動かして無邪気な笑顔で俺を見つめてくる。
うん、凄く可愛い。
自分のセーターがこんな効果を発揮するとは思わなかった。
俺は彼女を後ろを抱きしめる。
「?」
「いや、ごめん」
予想していた以上に彼女が可愛過ぎました。
おわり
一九二、セーター
「あ……」
ペンを取ろうと手を伸ばしたのに、ぼんやりしていたからか、指からこぼれ落ちた。
落ちていくはずのペンは床に落ちることなく、彼の手に収まっていた。そして、彼は身体を起こして太陽のような笑みを向けてくれる。
「落ちなくて良かった!」
その安堵した声と笑みに、私の胸が高鳴る。
違うと否定していたのに、その笑顔と優しい行動は私の心を捕らえて離さない。
「ありがとうございます」
上手く笑えただろうか。そう思いながら彼からペンを受け取る。
でも、その不安はすぐかき消された。
もう一度眩しいほどの笑顔を見せてくれたから。それと一緒に私の心臓の音もうるさくなる。
小さいことだけれど、そんなことが積み重なって否定できないくらいの気持ちが溢れてた。
好き。
伝える勇気はないけれど。
きっと言葉にできないけれど。
この想いは大切にしたい。
おわり
一九一、落ちていく