夕方。
彼がバイクの修理に来てくれて、他に空いていなかったから私が対応した。
少し気になるっている彼だから、少しだけ嬉しくなる。
修理を手早く終わらせて、請求書にこっそり一言を添えて渡す。その後、軽く談笑しているとお客さんが来た。
他に空いている社員はいないから、残念だけれど謝罪する。
「あ、ごめんなさい。また会いましょ」
「……え? あ、うん」
きょとんとした彼の表情。少しだけ頬が赤く見えたのは夕日の色が混ざったからかな?
「うん。また、連絡するね」
彼が小さく頷いたあとに、眩いほどの笑顔を向けてくれて、胸が高鳴る。だからその気持ちを乗せるとつい頬が緩んじゃう。
「はい!」
彼からも〝また〟って言ってくれた!
彼はバイクに乗って帰る姿を見送ると、次のお客さんの対応に戻る。
「どうしたの?」
「なにがですか?」
「めちゃくちゃ嬉しいそう」
か、顔に出てた!!
おわり
一八一、また会いましょう
そう言えば……あまり彼女の運転する車に乗ったことはなかったな……。
彼女が会社の人たちと行った場所が楽しかったと言うので、連れて行ってくれることになった。のはいいんだけれど……。
「運転、上手くなったんですよー!!」
得意気に話しながらも、ハンドルをキュッと曲げて、普通の車ではしない動きをする。振り回される浮遊感に背筋が凍る。
「そそそそそ、そうなんだぁ……」
「あっぶない!」
「うわぁっ!!!」
再び、ありえない曲がり方をした。
「こんなの私にかかれば余裕ですよー!!」
今まで見たことの無い笑顔で爛々としていて、さすがに命の危険を感じる。
「ちょちょちょちょちょ、待ってまって!! ストップストップ!!」
彼女は首を傾げて、車を橋に停めた。
「どうしましたか? 酔いました?」
「酔っては……いないんだけれど……」
俺は視線を泳がせながら思考を走らせるとピンときた。眉間に皺を寄せて、口元に目を寄せる。
「あ、ああ、うん。ごめん、酔いそうだから、俺が運転したいかも」
彼女の表情は一気に俺を心配するものに変わる。いや、少しだけ心が痛いけれど命には変えられない。
「大丈夫ですか? 飲みもの、後ろから取ってきますね」
彼女は迷わずに運転席から降りて、後ろの座席に移ってクーラーボックスから飲みものを取り出して、そのまま俺に渡してくれる。
もう、こういうところ好きなんだけれど……さっきの運転を思い出して、背中が震えた。
「ねえ、会社の人達と出かける時って、運転するの?」
「いえ。だいたい社長が運転してくれますね。お出かけ用の大きい車両もありますので」
「あ、なるほどね……」
いや待て。
俺が疲れて送り迎えしてくれる時、こんな運転していなかったぞ……。
そう考えたけれど、あの時は俺を心配したから丁寧に運転していたんだな。本当にそういうところ好き。
あ、でも過去にバイクで転んだこともあったな。
俺は彼女からペットボトルを受け取りながら、意を決する。
「少し休んだら俺、運転するね」
「無理しないでくださいね」
「ありがとう。自分で運転した方が集中して酔わないから大丈夫だよ」
そう言うと安堵した笑みをくれる。心底俺を心配してくれているから本当に申し訳ない。
ごめんね。こういうスリルは遠慮したい。
おわり
一八〇、スリル
今日は病院の全車両のオーバーホールをすることになり、修理業者の白羽の矢を立てたのは俺の彼女が勤めている会社だった。
台数も多いから、社員のほとんどが来てくれたらしい。
救急隊で使う車もヘリも全部だった。
俺のメインで使っているヘリも不安を覚える感じだったから、このタイミングはありがたい。
「担当しますねー」
聞き慣れた声が耳に入って、振り返ると恋人が工具を持って近づいてくる。
「さすが俺の専属メカニック」
くすくすと笑いながら、近くに工具を置いてヘリの状況を手際良く見ていく。
彼女との出会いは俺の仕事関係だったけれど、彼女がこの修理屋で働いていると知って、頼るようになっていた。
最初は不安もあったけれど、どんどん頼もしくなって、気がついたら心惹かれて彼女。今は恋人になって一緒に住んでいる。
「随分、きてますよ。このヘリ」
「ちょっと無理させちゃったからね」
彼女はテキパキと作業を進めていく。その指で触れるヘリ。
「飛べなくなった翼、直しますね」
それを見る彼女の視線、その表情を俺は知っていた。慈しみを持つ優しい微笑み。
俺に向けてくれるものに近いけれど、俺の好きな表情。仕事に対して前向きに、誇りを持った視線。
「好きだよ」
「はい?」
ぽつりと呟いてしまった言葉。彼女の耳には届いてなかった。
「あ、ううん。家に帰ったら話すね」
うっかり、ときめいた気持ちを言葉にしてしまった。分かった、家に帰ったら全身全霊込めて伝えてあげよう。
そんな邪なことを考えながら、仕事をしている彼女を見守った。
おわり
一七九、飛べない翼
今日は観光地になった秋の風物詩を見に来た。
広大な土地にゆらゆらと動く、すすきの群生。その銀の穂は、太陽の光を浴びて金色に見える。
「綺麗ですねえ」
「そうだねぇ」
近くまで行こうかなと思ったけれど、想像しているより広過ぎるわ、葉が鋭そうだわと思ってやめておいた。
勇敢な観光客は、中に入って行っていた。背の高いすすきなんて自分たちと変わらないくらいの大きさだから、束になっていると少し迫力もある。
「晴れてよかったです」
「そうだね」
彼女は俺に身体を預けてくれる。彼女の重みはずっしりとして、大切な重みだ。
「来年は忙しくて見にこられないかな?」
「わかんないです」
彼女は大きくなったお腹をさする。その表情は慈しみを含んだ優しい微笑み。もう、ちゃんと〝おかあさん〟をしていた。
「意外と、元気過ぎて大暴れしているかもですよ」
「だったら、また来ようね。今度は三人で!」
来月の初旬に、俺は〝おとうさん〟になります。
すでに三人だけれど、彼女……奥さんをひとりじめできる、最後のデート……かな?
おわり
一七八、ススキ
俺の仕事は救急隊で、人を助けることが仕事だ。
緊迫感があって、精神的に参る時もある。だからこそ、普段はバカバカしいまでのくだらない話で盛り上がる。
背中に冷たいものが落ちるような緊張感が走ることだって多い。だからこそ、救助に行く前はストレスを減らしリラックスするように心がけていた。
今日もヒリついた現場で救助を行い、病院に戻ると緊張感が緩んだ。
「休憩入りまーす」
無線で他の隊員へ伝えると、それぞれの言葉で返事が帰ってくる。俺はその言葉を確認して、休憩所に入った。人は誰も居なくて、静かだから聞こえる無機質な機械音が響いている。
迷わず自販機に向かい、飲み物を買うと適当な席に座った。
「ちかれたー……」
誰もいないからこその大きな独り言。ペットボトルのキャップを開けて、一気に含む。
さっきの現場は、久しぶりにキツイ救助だったな……。
俺は目を閉じて、さっきの救助の状況を反芻する。
あそこはもう少し、出来たよな。
ああ、でもその後はいつもより早く対応出来たな。
次の現場に活かしたい。そう思うからこそキツイ時ほど脳裏に浮かべ、思考をめぐらせた。
「ふうー……」
だいぶ頭がパンパンになってきたな。
そんな時、スマホが震えた。なんだろうと覗いてみると連絡事項が回ってきていた。
読み終わって、スワイプしてホーム画面に戻した時、視界に入ったのは恋人の写真。それを見た時に心が軽くなった。
「あ、やっべ……」
いつも彼女から言われていることを思い出す。反省はしてもいい。でも、それで無理しないで、それで苦しまないでと。
自然と口角が上がる。
俺はもう一度スマホの画面を見つめた後、目を閉じた。深呼吸をするとパンパンになっていた頭が、冷静さを取り戻していくのが分かる。
「反省は大事。でも、やるなら冷静に」
俺は飲み物を口に入れてから、もう一度考えていった。
うん。
もう、大丈夫!
おわり
一七七、脳裏