「わっと危ない!」
転びそうになる彼女を先回りして、咄嗟に腕から背中に手を通し、恋人の体重を支えた。
「セーフ!」
「ありがとうございます……」
青年はそのまま彼女の両脇に手を添えて、軽く身体を持ち上げ、足が路地から離れる。
「わっ」
そして、ゆっくりと路地に着地させた。
「怪我はない? 脇、強制的に引っ張っちゃったけど、痛くなかった?」
「あ、それは大丈夫です。でも……」
「でも?」
「重く……無かったですか?」
青年は頭にクエスチョンマークを飛ばしながら、少しだけ首を傾げる。青年にとって重いなんて思えなかった。
むしろ、彼女より重い人間を持ち上げることだってよくある。青年はそんな事をしているのだ。
「軽いほうじゃない?」
「いや、私、重いですから!」
さっき、持ち上げた時。そんなに重かったっけな?
青年は眉間に皺を寄せながら考えたが、そんなふうに思えず。分からなくなっていた。
瞳を閉じて考えていたが、パッと目を開けて彼女を全力で腕を伸ばして高く高く持ち上げる。
「わあっ!!」
そして、彼女の膝の裏を掴み、座るように抱き上げた。
「伊達に救急隊で鍛えてないよ。余裕だから!」
彼女には言葉にしないけれど、青年は考えていた。
いつか、真っ白なドレスを着ている君をこうやって持ち上げたいな……。
おわり
一五一、高く高く
「遅くなっちゃった……」
今日は久しぶりにカスタムのお客さんが多くて残業してしまった。
とは言え、明日の素材も作っておかないと、明日の早番の人が作らないといけなくなっちゃう。
もし、ワンオペになってしまった場合、お客さんをお待たせすることになるから、余裕を持って準備をしておきたかった。
「ただいまー」
午前様になってしまったから、あまり大きな声で言わなかったけれど、返事はない。
廊下の先が明るくて、居間に電気が付いているのは分かる。
荷物を置いて、居間に行くとダイニングテーブルに簡単なご飯が用意されていて、申し訳なくなる。
そのままソファを覗くと恋人が眠っていた。
待ってくれたのかな。
無防備に眠る姿は、幼さが残っていて自然と口角が上がってしまう。
優しくて、気を使ってくれて、エスコートしてくれる彼は私より大人っぽいのに、こうやって見ていると子供のように見えて微笑ましい。
それに彼への愛しさが溢れてしまう。
「待ってくれて、ありがとうございます」
彼の頬に唇を乗せると、彼の口元が変な動きをする。
あ! これは起きてる!!!
「起きてますねー!!!」
「バレたー!!」
さっきまでの可愛らしいい感じじゃなくて、一気にイタズラっ子のような悪い笑みで声出して笑っていた。
自然と私の腰に手を回して優しく抱きしめてくれる。
「おかえり。お疲れ様」
「ん……」
あまりにも優しい声に、胸が熱くなってしまう。
そういう顔と声に弱いのに、分かってやってるのかな。
ズルいなと思いながらも、彼に身を任せてしまった。
おわり
一五〇、子供のように
最近できたコンセプトカフェに行こうと職場の仲間に連行された。
出来てから一週間経っているから、客足も落ち着いているからと言うことで、そういう場所と知らぬままに連れてこられた。
勿論、部屋によっては教室だったり、専門教科室だったり。調理場が家庭科室、スタッフルームは職員室と微妙にこだわりを感じる。
お客さんも学生になれるとコスプレ衣装も貸し出されていて、面白そうと思った。
俺は見た目的に童顔の部類に入るからと、学ランをコスプレしろと渡され、結局来たみんなでコスプレすることになった。
一人なら恥ずかしかったけれど、年齢気にせずみんなでやるから恥ずかしさなんてどこかへ飛んで行った。
写真を撮ったり、色々話しているうちにまあまあ時間が過ぎたと思った頃合いに、近くで盛り上がっている声が聞こえる。
聞き覚えのある声になんか心に引っかかって、俺はトイレに行くと離席して声の主を探した。周りを見て歩くと向こう側から、それこそ聞き覚えのある声が耳に入った。
「あっ!」
その声のする方に振り向くと、恋人が彼女の同僚と一緒にいて、俺と目が合った。
彼女が思わず零してしまった声と、視線の先に俺がいたことで、彼女の同僚はニヤニヤしながら俺たちを交互に視線を送る。
「ちょ、ちょっとすみません」
慌てて恋人が俺のいる方に出てきてくれると、俺の腕を引っ張って人気の少ないところに連れていかれた。
「な、なんでここにいるんですか!?」
「いや、そっくり返すよ。しっかりコスプレしちゃって」
「学ラン着ている人に言われたくありません」
お互いに声を小さくしながら、今の状況の説明を求めあった。でも、怒っていると言うよりは、驚いていたようだった。
マジマジと俺の全身を見て、目を細めて微笑む彼女はそっと耳打ちしてくれる。
「可愛いですよ」
「それを言われて喜ぶ男は少ないと思うよ」
「でも、可愛いですもん」
俺も彼女の全身を見つめると、ほんの少し唇が尖ってしまった。
「相変わらず無防備」
彼女はセーラー服に身を包んでいるのだが……スカートが短いのだ。
自分のプロポーションの良さと可愛さをもっと自覚して欲しい。
まあ、一緒に来ている同僚達は女の子ばかりだからか、どうしてもその辺の感覚が鈍くなっちゃうのかな。
「そんなことないですよ?」
納得がいかない彼女は首を傾げる。そういう仕草も可愛いんだけれど。
一つため息をついて考える。
「似合いませんか?」
「似合ってる、可愛い」
その言葉を聞くと、頬を赤らめながら笑ってくれた。うん、可愛いです。
彼女は俺の手に自分の手を重ねた。
「放課後、どうしますか?」
放課後……?
あ、この後ってことかな?
ここは学生をコンセプトにしたカフェだ。彼女はそれを楽しみ始めたようだ。
場所が場所だから、俺も乗ることにした。
「連れ去っていいなら、放課後デートしよ」
俺の言葉の意味を理解した彼女は嬉しそうに笑ってから、俺の肩に自分の額を乗せてくれる。
「嬉しいです。みんなに言ってきますね」
おわり
一四九、放課後
恋人と一緒に暮らす部屋に荷物を入れたあと、ふたりで家具とインテリアを置いてあるお店に来た。
お店に着くと楽しそうに先に歩いていた彼女が、悩ましげな表情で俺を振り返る。
「お部屋、白と水色をイメージしたいですけど……」
「あ、いいね。俺たちの好きな色と君のイメージの色!」
水色は俺たちがふたりが好きな色で、白は色素の薄い彼女のイメージに近い。
色合いは余りバラバラにしないようにして、落ち着いた感じにしたいなー、なんてぼんやり考えていた。どうやら彼女も同じ思いのようで嬉しい。
少し歩いていると、カーテンが目に入る。彼女はさらに前を歩いていたけれど、俺は足を止めてしまった。
カーテンか……安物でもいいと思っていたんだけれど……。
ぼんやりと、俺の視線は彼女を追っていた。
遮光は勿論だけれど、今のカーテンは安全も確保できるし、音も遮断できるんだよな。
「もぉ! 気がついたらいないー!!」
気がつくと彼女が頬をふくらませて、俺のところき戻ってきてくれていた。
「ああ、ごめん。カーテンどうしようかなーって思っちゃってさ」
「カーテンってなにか変わるんですかね」
俺はカーテンの説明ラベルを見る。
「いや、遮光と……」
「しゃこ?」
「遮光。光を遮るの!」
「そんなに変わるんですか?」
「俺もそこまで分からないんだけれど……」
分からない同士で話していても仕方がないと判断して、店員さんを呼んで説明をしてもらった。
カーテンなんてなんでもいいなんて、ふたりで思っていたけれど、とんでもない話だった。
遮光、遮音、遮熱、防炎、保温機能に、洗濯OKと……今の技術凄いんだな。
救助を仕事にしている俺としては、防炎に惹かれてしまう。
近くで火事があった時、彼女が逃げられる時間を稼げると思ったら値段が高くなってもいいものが欲しいと思ってしまった。
しかも好みの色があるんだよ、運命でしょ。
「……俺、このカーテン欲しいな」
彼女は俺の表情を見ると、目を細め口角を上げてくれた。
「なにかあった時に逃げる時間も取れますし、省エネ節電できそうですし! この色がいいですけど……」
と、俺におねだりの視線を向けてくれる恋人の笑顔は、俺には破壊力充分です。
でも、彼女が選んだ色は俺の好みの色で……本当に好みが一緒なんだなと思えて、頬が緩んでしまう。
「じゃあ、決定ね!」
「はい!」
俺たちは店員さんに、このカーテンがいいと伝えると、穏やかな微笑みを浮かべたまま店員さんが告げる。
「高さは何センチでしょうか?」
ふたり揃って目を大きく開いてしまった。
そりゃそうだ。ふたり共、カーテンなんてなんでもいいと思っていたから、買うために必要なものが何か、知りませんでした。
「えっと……一度帰って調べてきます……」
この日の買い物はメジャーを買って家に帰ることにした。
そして、ふたりで必要なところの幅や高さを徹底的に測って翌日に同じお店に足を運んだ。
おわり
一四八、カーテン
やってしまった……。
救助をしている途中で、危ないと思って手が出てしまった。救助者は問題なかったけれど、俺はアームホルダーを装着して、腕をぶら下げている。
目の前には眉間に皺を寄せた隊長がいて、みっちりと注意とお叱りを受けていた。
救急隊員が自分の身を守らないのは二次被害の元になる。
いや、俺も注意していたけれど、咄嗟に身体が動いちゃったんだよね。俺自身も反省はしているんだけれど……。
すると隊長のスマホが鳴り響く。どうやら隊長にお客さんが来たようで、ここに通すように言っていた。
隊長、俺はイマココにいますよー。
「いや、色々言ったけれど、お前に一番効くのはこれだと思った」
その言葉に、俺の背中は冷たい汗が背中に流れた。あ、なんだろう。凄く嫌な予感がする。
コンコン――
「はい、どうぞ」
扉が開いて、そこに居たのは俺の恋人。今日は仕事に行っているはずだけれど、私服に着替えていた。
もう分かる。彼女のまとった雰囲気がヤバい。
「突然呼び出して、すまんな」
「あ、いえ。呼んでくださって、ありがとうございます」
あー、彼女が俺を見ない。笑顔で隊長と話して、ちゃんと大人の対応してる。それだけにめちゃくちゃ怖い。
「彼のこと、お願いしてもいいか?」
「はい。ありがとうございました」
「え、たいちょ……」
パタン。
隊長は俺を見ることなく扉を閉じた。そして俺の目の前には唇を尖らせ頬を膨らませた恋人が……。
「腕……」
「あ、いや、これ……」
軽くアームホルダーごと腕を持ち上げて大したことないとアピールをするけれど、彼女が俺を見る目は冷たかった。
「やっていることは、とても立派なんです。そこは怒れません。でも、でも……」
彼女の大きな瞳に涙が溢れて溢れ落ちる。声も少しずつ大きくなっていた。
「もっと自分を大切にしてください!!」
その悲痛な声は、俺の胸を強く締め付ける。今日、隊長が注意してくれた言葉を思い出す。
『今回は運が良かっただけだぞ』
目の前にいる彼女を見ていると、その言葉の重さを痛感する。
恋人はどちらかと言えば泣き虫な子だ。でも、こんなに止められないほど涙を流しているのは、それだけ俺を大切にしてくれていると分かる。
自分が危険な仕事をしているのを知っているのに、俺が自分の命を軽んじるのはダメだ。
「ごめん……」
もう言葉を紡ぐのが難しくなるほど、しゃくりをあげていて、俺の謝罪に対して首を横に振るだけで精一杯のようだった。
「まえ……っ……いったも……っん……」
「そうだね。ごめん」
それから三十分くらいは、彼女に謝るしか出来なかった。
もちろん彼女の目も真っ赤に腫れて腫れて冷やすためのタオルを取りに行った時、隊長とすれ違う。
「効くだろ」
「はい、効きました」
あの涙は俺を大切にしてくれているからだ。
そうだ。
彼女を好きになったきっかけは俺を大切にしてくれていると知ったからなのに、俺が自分を大切にしてないのはダメだよな。
「反省します」
おわり
一四七、涙の理由