とある恋人たちの日常。

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 やってしまった……。
 救助をしている途中で、危ないと思って手が出てしまった。救助者は問題なかったけれど、俺はアームホルダーを装着して、腕をぶら下げている。
 
 目の前には眉間に皺を寄せた隊長がいて、みっちりと注意とお叱りを受けていた。
 
 救急隊員が自分の身を守らないのは二次被害の元になる。
 
 いや、俺も注意していたけれど、咄嗟に身体が動いちゃったんだよね。俺自身も反省はしているんだけれど……。
 
 すると隊長のスマホが鳴り響く。どうやら隊長にお客さんが来たようで、ここに通すように言っていた。
 
 隊長、俺はイマココにいますよー。
 
「いや、色々言ったけれど、お前に一番効くのはこれだと思った」
 
 その言葉に、俺の背中は冷たい汗が背中に流れた。あ、なんだろう。凄く嫌な予感がする。
 
 コンコン――
 
「はい、どうぞ」
 
 扉が開いて、そこに居たのは俺の恋人。今日は仕事に行っているはずだけれど、私服に着替えていた。
 もう分かる。彼女のまとった雰囲気がヤバい。
 
「突然呼び出して、すまんな」
「あ、いえ。呼んでくださって、ありがとうございます」
 
 あー、彼女が俺を見ない。笑顔で隊長と話して、ちゃんと大人の対応してる。それだけにめちゃくちゃ怖い。
 
「彼のこと、お願いしてもいいか?」
「はい。ありがとうございました」
「え、たいちょ……」
 
 パタン。
 
 隊長は俺を見ることなく扉を閉じた。そして俺の目の前には唇を尖らせ頬を膨らませた恋人が……。
 
「腕……」
「あ、いや、これ……」
 
 軽くアームホルダーごと腕を持ち上げて大したことないとアピールをするけれど、彼女が俺を見る目は冷たかった。
 
「やっていることは、とても立派なんです。そこは怒れません。でも、でも……」
 
 彼女の大きな瞳に涙が溢れて溢れ落ちる。声も少しずつ大きくなっていた。
 
「もっと自分を大切にしてください!!」
 
 その悲痛な声は、俺の胸を強く締め付ける。今日、隊長が注意してくれた言葉を思い出す。
 
『今回は運が良かっただけだぞ』
 
 目の前にいる彼女を見ていると、その言葉の重さを痛感する。
 
 恋人はどちらかと言えば泣き虫な子だ。でも、こんなに止められないほど涙を流しているのは、それだけ俺を大切にしてくれていると分かる。
 
 自分が危険な仕事をしているのを知っているのに、俺が自分の命を軽んじるのはダメだ。
 
「ごめん……」
 
 もう言葉を紡ぐのが難しくなるほど、しゃくりをあげていて、俺の謝罪に対して首を横に振るだけで精一杯のようだった。
 
「まえ……っ……いったも……っん……」
「そうだね。ごめん」
 
 それから三十分くらいは、彼女に謝るしか出来なかった。
 もちろん彼女の目も真っ赤に腫れて腫れて冷やすためのタオルを取りに行った時、隊長とすれ違う。
 
「効くだろ」
「はい、効きました」
 
 あの涙は俺を大切にしてくれているからだ。
 
 そうだ。
 彼女を好きになったきっかけは俺を大切にしてくれていると知ったからなのに、俺が自分を大切にしてないのはダメだよな。
 
「反省します」
 
 
 
おわり
 
 
 
一四七、涙の理由

10/10/2024, 11:57:14 AM