時々訪れる、恋人が無性に不安になる時。
少し前からそんな傾向はあったから、そろそろ本格的な不安モードが来るんじゃないかなと思っていた。
言葉を発することなく、黙って抱きついてくる。俺が苦しくない程度に気を使いつつも、めいっぱいの力を込めて俺に抱きついてくる。
こうなると彼女が安心するまで、一晩中抱き締めてあげるしかない。
でもね。
この彼女の不安モードは俺にとっても大切なものなんだ。
彼女がこのモードになって抱きついてくるのは、心が不安になるのと同時に、これを治せるのは俺だけと言うこと。言い方は悪いけれど彼女を独占できて、俺だけが治せると言う優越感がある。
俺は彼女を正面から力を込めて抱き締めた。
「大丈夫だよ」
「ん……」
力のない声がして、身体を擦り寄せながら俺を抱きしめる腕に力が込められる。
ホント、君は俺のこと好きだね。
おわり
一四四、力を込めて
過去の写真を探そうとスマホの写真を指でスワイプして流す。
その写真を見つけて頼まれた人に送ったあと、ソファに座って過去の写真をゆっくり見直していた。
この都市に来たばかりの写真から、救急隊に入って家族のような仲間ができた頃の写真。
そしていつからか、色素の薄い女性の写真が増えていった。
あ、こんな写真も撮ったな。
この写真、こっそり貰ったな。
そんなことを思いながら、青年は見つめているとだらしなくずり落ちて座っていた体勢から、ガバッと起き上がる。
それは彼女が青年を見ている写真を数枚見つけたのだ。
彼女と付き合う前、人に呼ばれた結婚式の集合写真。
綺麗にドレスアップしているし、いつもショートカットなのにロングヘアにして髪の毛をアップにしているから、あの時は彼女だと気が付かなかった。
少し距離もあるけれど、ハッキリ青年に視線を送っている彼女の姿に気がついて、耳が熱くなった。
え、これ。みんなが持っている写真じゃない?
気がついた人、絶対いるよね……!?
耳どころか、顔全体が熱くなってくる。
その理由は彼女の表情にあった。
どこか熱を帯びた表情と視線に胸が高鳴ってしまう。
何よりこの表情をさせているのは過去の青年自身だと気がついて、それはそれでモヤッとしてしまった。
「全然気がつかなかった……」
青年自身が彼女を想うより前の写真だったので驚きを隠せなかった。
「いつから俺のこと、好きになってくれたんだろう……」
今、恋人は仕事から戻ってきていない。
彼女が帰ってきたら、写真を見せて質問責めにしようと決める青年だった。
おわり
一四三、過ぎた日を想う
青年はソファで雑誌を見ていると、当たり前のようにある星座占いに目が行った。今回は時事的な占い結果ではなく、相性占いの特集が組まれていて、つい気になった。
「そう言えば、何座だっけ?」
隣で青年に体重を預けてぼんやりとしていた恋人に声をかけると、彼女は身体を起こしながら首を傾げた。
「? 私はおひつじ座です」
「俺はしし座」
ペらりとページをめくり、しし座とおひつじ座の相性を見ていく。彼女も気になったのか、雑誌が見えるような体勢で青年に体重を預けた。
「えっとなになに? エレメントも同じで相性抜群。お互いを尊重し合い良好な関係を築けます。だって!」
その内容にお互いに目を丸くし、同じタイミングで声を出して笑ってしまった。
「正直さ。星座の相性とか関係なくて、俺は君の個人を見て好きになったんだけれど、なんか裏づけられちゃったね」
くすくすと笑いながら彼女も首を縦に振る。
「私も、あなた個人を好きになったのに背中押してもらって凄く嬉しいです!」
青年は雑誌をテーブルに置いて、彼女の腰に腕を回した。
「星座なんで実際関係ないとは思うけれどね。でも色々相性が良いというのは納得しちゃう」
青年はそう告げると、彼女の額に優しくキスを贈った。
おわり
一四二、星座
ラジオをかけていると、懐かしい音楽が流れた。
それは付き合う前に……いや、お互いを意識するきっかけになったダンスパーティーでかかった曲。ラストのチークダンスの時まで壁の花になっていた彼女を、仲の良かった青年が声をかけて踊った思い出の曲だった。
今は恋人同士になって、一緒に暮らしている。
「懐かしいね」
「はい、私も同じように思っていました」
青年はソファから立ち上がり、恋人に向けて手を差し伸べる。
「踊りませんか?」
「場所、狭いですよ?」
「テーブルを退かせば大丈夫だよ」
青年はテーブルを持ち上げて壁に添えて、座っていたソファも端に寄せる。
荷物が少ないから確かに小さく踊れそうだった。
「ね、踊ろ」
今度は彼女の手をしっかり取り、身体を引き寄せる。彼女を逃がす気はなさそうだった。
「はい」
ほんのりと頬を赤らめながら、彼女が青年に手を添えると音楽に合わせて身体を揺らした。
おわり
一四一、踊りませんか?
「ただいま帰りましたー」
ソファに座ってのんびりスマホを見ていると、玄関から愛らしい声が響き渡った。
俺は立ち上がって恋人がいる玄関に足を向ける。居間の扉を開けると彼女が飛び込んできた。
「おかえりー!!」
「ただいまー!!!」
俺は彼女を正面から受け止めて、力強く抱き締める。彼女もぎゅーっと抱き締めてくれて、もう毎日が幸せです。
ゆっくりと腕の力を抜くと、彼女は満面の笑みでポケットから何かを取りだす。そして俺の目の前に差し出した。金属が擦れる音と共に揺れ動くのは精巧なクリームソーダのチャームだった。
それを認識した瞬間、目を大きく開けて叫んでしまった。
「あーーー!!!」
それはずっと探していたクリームソーダのチャーム。とあるお店で期間限定メニューのおまけ商品だった。
クリームソーダが好きな俺としては欲しかったんだけれど、俺も彼女もその存在を知ったのは期間が過ぎた後だった。
後からSNSで知った時のショックたるや半端じゃなくて、それから結構探していた。
「ど、ど、どうしたのこれ!?」
「今日、久しぶりに会えたお客さんからもらったんです!」
「え、え!?」
「あげます!!」
「いいの!!?」
「もちろん、そのためにもらったんですから」
彼女は目を細めて、俺の手の上にクリームソーダのチャームを乗せてくれた。
「やったー!! やっと巡り会えたーーー!! 会いたかったよー!!」
俺がチャームに頬ずりしていると、さっきより満足気に微笑む彼女。俺はそんな彼女に頭を下げつつ、両手は敬うように上げた。
「ありがとうございますー!! いや、冗談抜きで! 本当に大事にするね」
「ずっと探していたの、知っていたので喜んでくれれば嬉しいです」
「絶っっっっっ対、大事にする!!」
これはそのチャームに視線を向ける。綺麗な造形に感激で胸が震えそうだ。
そして、俺はこのチャームをどうしても欲しい理由があった。
淡い黄緑色のクリームソーダのチャームは炭酸も氷もリアルで、クオリティがかなり高い。そしてなにより、乗っかっているアイスクリームはクッキーを使ってパンダを模していたのだ。
俺の恋人はパンダの着ぐるみに近い部屋着を着ている。
好きなもの(クリームソーダ)✕好きなもの(パンダを彷彿させる恋人)なんだ。
欲しいに決まっているでしょ。
彼女が貰ってきてくれたのは申し訳なさがあるけれど、それ以上に感謝でいっぱいになった。
「これ、今度はうさぎのアイスクリームのクリームソーダを作ってくださいって言っておきました!」
「んんっ!?」
「第二弾、やってくれるそうですよ!」
サラッと爆弾を落とすような発言に俺は口を開いてしまう。彼女の表情は見る見るうちにいたずらっ子のような悪い笑顔になっていった。
「まさか……」
「はい。お店のマスターがお客さんです!」
そう言うと彼女は、同じチャームをもうひとつ見せてくれた。
してやったり。
そう顔に書いてある。
俺は彼女の客の幅広さに脱帽していると、腕を絡めて耳元に囁いてくれた。
「今度は一緒に行きましょ」
おわり
一四〇、巡り会えたら