「わーい!」
デートの帰りに見かけた公園。最近は見かけないパイプを骨組みにしてできた遊具に、彼女は登り始める。
「危ないよー」
「大丈夫ですー!!」
俺としてはスカートも少し気になるところなのだけど。彼女は俺の気持ちを知らずにスイスイと登る。ある程度のところで、俺は一歩後ろに戻り進めなくなった。
「どうしましたかー?」
理由を伝えるかどうか悩むが、俺は口を開いた。
「下着が見えそうー」
「えっち!!」
「理不尽!」
俺はそれを心配していたのに、真っ先に怒られてしまった。気にせず登ったのは彼女なのに。
「危ないから降りて降りて。落ちても応急処置しか出来ないからねー」
「はぁーい」
俺の職業は救急隊員。でも今の俺は医者じゃない。ただの彼女の恋人なのだ。
彼女は素直にジャングルジムから降り、最後に体操の選手のようなキメ技っぽく飛び降りるからパチパチと拍手を送る。
彼女はピースを俺に向けて満足気に笑った。
「俺も登ってみようかな」
「普段と違う景色が見えますよ!」
得意気に微笑む彼女だが、俺は彼女の足元を指さした。
「登っちゃだめだからね」
「ぶー!」
俺は視線を上に向けるけれど、彼女の強い視線もしっかり受ける。
「やっぱりやめよう」
「どうしてですか?」
「今度はここに登ることも想定して来ようよ」
つまりは彼女がズボンを履いてきた時にと伝える。
「ふたりで登りたいな」
とは言え、最近ジャングルジムは遊具として危険だと言うことで、どんどん姿を消している。だから早めに来られるように予定を立てようと彼女に伝えると、大きく頷いてくれた。
思い出を作るならふたりが良い。
おわり
一三〇、ジャングルジム
一二九、声が聞こえる
盛大に怪我をしてしまい病院で診てもらうことになった。
私の恋人は病院で仕事をしている救急隊員。
今日は病院待機かな?
彼の姿を見ることができるかな?
私は彼が仕事をしている姿がとても好き。
いつも見せてくれる柔らかい雰囲気を飛ばして見せてくれる格好いい彼。このギャップがまた私の心をつかむの。
病院に着くと、診察室まで誘導されるけれど、この間には彼を見つけることは無かった。
名前を呼ばれる直前、とても聞き慣れた声が聞こえる。その方を目線だけ向けると待機中の彼の姿がそこにあった。
仲間と話している屈託のない笑顔は、家で見る緩んだ表情とは全然違う。
私の知らない彼だ。
彼を見ることができたのが嬉しくて、口元が緩んでしまった。
その後の治療は別の先生がしてくれて、付き添いの友人の車に乗り込むと、スマホが震える。スマホを確認すると、彼からメッセージが入っていた。
『怪我した? 大丈夫? 仕事終わりに迎えに行こうか?』
少し離れていたから声をかけずに戻ってきたのだけど、私の姿もしっかり見られていたみたい。
真っ先に怪我の心配や、帰り道を心配してくれる彼は本当に優しい人。
『ありがとうございます。怪我は大丈夫ですよ。帰りはお願いしたいかもです。あ、仕事中の姿、格好良かったです!』
素直にそうやって返すと、直ぐに返事が来た。
『照れちゃうから、言わないで!』
どんな表情で返事を打ったのだろうと、想像すると笑ってしまい、私はまた返事を送った。
『仕事中の姿、本当に格好良かったです!』
おわり
一二九、声が聞こえる
もくもくもくもく。
「ん〜オイシイです〜!」
今日は俺が夕食当番だから、彼女の好きな食べ物を作った。
それを満面の笑みで頬張る恋人。ひと口の量を大きくするもんだから、頬を大きくもしゃもしゃしている姿はハムスターにも見えて可愛い。
「食べないんですか?」
「あ、うん食べるよ」
そう答えているけれど……食欲の秋と言ったものか。ひとつひとつ丁寧に食べていく彼女の姿が、とても愛らしくて食べるより彼女を見ていたくて手が止まっていた。
俺は自然と頬が緩んだ。
「?」
「うーん、いっぱい食べる君が好き」
おわり
一二八、秋恋
その背中には見覚えがあった。
仕事以外の場所で会えるのは珍しいから、俺は迷わず彼女に声をかけた。
「あれ、こんにちは!」
色素が薄い彼女は振り返りざま笑顔で返答してくれる。
「こんにちは!」
「元気? 怪我してない?」
彼女と出会う時はだいたい彼女が怪我をしている。本当によく怪我をする子だから、心配になってしまう。色素が薄いからか、簡単に消えちゃいそうな儚さがあるから余計だ。
「大丈夫です、元気です!」
両手で小さくガッツポーズをする彼女はとても可愛らしい。
俺は自然と口角が上がった。
「そっか、良かった。あ……」
彼女とは互いにクリームソーダが好きで、一緒に買いに行ったり、プレゼントしたりする仲だ。最近、新しくクリームソーダを出す店をチェックしていたことを思い出す。
「あのさ、新しくクリームソーダが発売されたみたいなんだけれど、一緒に買いに行かない?」
一瞬、目を見開いたけれど、直ぐに柔らかい笑みに変わる。
「え、良いんですか?」
「もちろん、今からでも良い?」
ほんの少しだけ強引な誘いをした。
そう、俺は彼女と一緒にいたいんだ。
「わーい、楽しみー!!」
「じゃあ……どうしよう。俺バイクだけと……後ろ、乗る?」
「乗るー!!」
俺の思惑なんて気がつかずに、両手を上げて喜ぶ彼女を見ていると、やっぱり胸が暖かくなる。彼女の車に乗った方が楽と言えば楽だけど、運転させちゃうし、道案内をしないといけなくなる。
例え密着度が高くなるけど、俺のバイクの方が良いだろう。うん。
そんなことを考えている間に、彼女とは近くの駐車場で待ち合わせをする。
あ、しまった。これだと駐車場代を出させちゃうな。……クリームソーダは俺が奢ろう。
俺は待ち合わせの駐車場の入口で彼女を待っていると、車を停めた彼女が走ってくる。
「じゃ、行こうか!」
「はい!!」
彼女は躊躇うことなく俺のバイクの後ろに乗ると腰に掴まった。
これは……しまったな。色々集中しないと怪我させちゃいそうだ。
近くにいることで彼女の柔らかさを体験してしまって焦りを覚えたが、ふたりきりの時間なんて、早々ないんだ。
だからこそ、この時間を大事にしたい。
彼女の体温を背中に感じると心臓が煩くなる。平然を装いながら、運転に集中した。
もっと、君と一緒にいたい。
そんなふうに思ってしまった。
おわり
一二七、大事にしたい
仕事以外で、彼と会うのは珍しい。
彼が近くにいるのは分かっていたけれど、声をかけていいのか分からず、どうしたらいいか迷っていた。
「あれ、こんにちは!!」
見つけてくれたようで、後ろから彼が声をかけてくれる。
「こんにちは!」
「元気? 怪我してない?」
会う時はいつも怪我をしているから、真っ先に怪我の心配をしてくれる。優しい人だ。
「大丈夫です、元気です!」
「そっか、良かった。あ……」
彼は私の返答に安心して笑顔になってくれるけれど、何かを思い出したみたいだった。
「あのさ、新しくクリームソーダが発売されたみたいなんだけれど、一緒に買いに行かない?」
その言葉に驚くと同時に胸が高鳴ってしまう。ドキドキしてしまうのを顔に出さないように必死で笑顔を返した。
「え、良いんですか?」
彼はクリームソーダが大好きなことで有名な人で、私も好きだと知った彼は色々連れていってくれるようになった。
それだけじゃなく、私が仕事ばかりでこの都市の楽しいことを全く知らないことを知ったのもある。
「もちろん、今からでも良い?」
屈託のない眩しい笑顔を向けてくれる。
仕事にはまだ余裕があるから、彼に向けて全力の笑顔を返した。
「わーい、楽しみー!」
「じゃあ……どうしよう。俺バイクだけど……後ろ、乗る?」
「乗るー!」
条件反射で返事をしてしまった。
だって後ろに乗せてくれるなんて嬉しいもん。
私は近くの駐車場を探して、彼とそこで待ち合わせをする。駐車場に車を停めて出ていくと、入口にバイクを停めて待っていてくれた。
「じゃあ、行こうか!」
「はい!!」
バイクに跨り、彼に掴まるとどうしてもドキドキしてしまう。
きっと彼はなんとも思っていないと思う。けれど私には嬉しい時間で、このまま時が止まってしまえばいい……。そんなふうに思ってしまった。
おわり
一二六、時間よ止まれ