恐れていた日が来ました。
この都市は、市長が面白い車を発売することがある。
これがまた、市民のツボを突いてしまうと、みんなこぞって購入する。そうなると個性を出したくて、車の修理……いや、メカニックにカスタムを依頼しに来るのだ。
そう。
今日はそんな面白い車の発売日。
「気合い入れるでー!!」
「「「おーーー!!!」」」
社長の声にみんなが応える。
今日は事前にそうなると予想していたので、素材も多く作ったし、社員も気を使って多く出社してくれていた。
準備万端にしていると、その時はすぐにやってきた。
以前にも経験していたから、まだついていけそう。
お店が狭いのに、依頼数が凄いことに……。
そうなると、一人が対応を終わらせてたら次の社員が対応する。
カスタムを見られる場所は決まっているので、見終わったら別の場所に移動して、その間に社員がお客さん希望のカスタムに変更する。
もちろんその間に、普段通りの修理のお客さんも来る。社長はあえて修理メインで全体を見回して指示を出してくれる。
素材になる材料が足りなくなる前に素材屋さんに連絡をして、社員である私たちの手が止まらないようにしてくれる。
さすが私たちの社長、敏腕女社長と誇らしく思った。
そんな時、スマホからピコンと通知音が鳴った。
「ごめーん、こっちのカスタムやってくれるー?」
「分かりました!」
LINEが来たと思うけれど、お客さんを優先する。
もしかしたら恋人からの連絡かもしれないけれど、彼ならきっと分かってくれるし、謝ればそれも理解してくれる。そういう人だから。
私は、工具を持って立ち上がる。
「いらっしゃいませー! こちらのカスタム、承りますー!」
おわり
百八、開けないLINE
夏休みはふたりで海に泊まりがけで旅行した。
場所に関しては、サプライズ旅行にして旅程も俺自身が選んだ。
それは良かったが、最後の夜は花火をやろうと企画していたのに花火を家に忘れてしまっていた。
ルンルン気分で部屋に戻って、カバンを漁った時に、花火が見つからなくて流れる冷や汗と言ったらすんごかった。
笑顔で話したかったけれど、思わず引き攣ってしまった。
そして、状況を説明すると彼女は微笑むと、俺の手を取ってくれた。
「まだ時間もありますし、花火が売っているかもしれません。聞いてみましょう!」
そうして、ホテルのスタッフさんに教えてもらったお店に歩いていた。
俺の足取りは気持ちとともに重い。
「なんとも不完全で、ごめんね」
先に歩いていた彼女は俺に振り返り、いつものように笑ってくれた。
「謝らないでください。これも思い出です」
そして俺の腕に手を絡めながら、見上げる。
「なんでも完全じゃなくても良いんです! 私のためにいっぱい考えてくれて嬉しいですし……」
彼女は背伸びをして、俺に耳打ちしてくれた。
「そんな貴方が大好きなんです」
おわり
百七、不完全な僕
「あれ……香水、付けていたっけ?」
家で彼女とすれ違った時、慣れない香りがした。俺は立ち止まってしまい、少し考えてから声をかけてしまった。
「あ! 今日、香水を持っていたお客さんとぶつかっちゃって少しかかっちゃったんです。匂いますか?」
俺は彼女に再び近づいて彼女の匂いを嗅ぐ。いつもの彼女……いや、女性特有のかのかな。優しくて柔らかい香りが、かき消えている。
彼女は俺から一歩下がって、顔を俯かせた。ほんのりと耳元も紅くなっている。
「どうしたの?」
「へ、変な匂いじゃないです? 汗臭いとか、油臭いとか……」
確かに彼女は車の修理をする関係上、油っぽい時はあるけれど、彼女は家に帰ると真っ先にお風呂に入っているのでボディーソープの香りが鼻をくすぐる。
それから時間も経っていれば、彼女自身の香りがして俺は多幸感に溢れる……のにな。
「そういう匂いはしないよ。むしろ香水の方が気になるかな……」
胸がもやもやするのは心の片隅に置いておくとした。
すると彼女は不安そうに見つめてくる。
「シャワーに入って、結構洗ったんですけれどね」
「あ、いや、そうじゃないんだけれど……」
いきなり、彼女が俺の唇をきゅっとつまんだ。
「んふ!?」
「気がついてないでしょうが、唇がとんがってますよ」
俺は彼女に閉じられた唇のまま、ふがふが言い返すと、彼女は唇を離してくれた。
「いや……俺の大好きな匂いじゃないから不安というか……ちょっといや……かな……」
彼女は驚いた顔をしてから、嬉しそうに微笑んでくれた。
「あとでまた、ゆっくりお風呂に入りましょう」
おわり
百六、香水
二週間の出張が終わって、見慣れた都市に戻った。俺は一度職場に戻り、医療器具を自分のロッカーに戻す。
二週間なんて大した日時じゃないように見えても、心に空いた穴に風がすり抜けるようだった。
「すみません。俺、帰りますね」
「おー、お疲れさん」
口々に慰労の声をかけてくれた。
俺は一通りの片付けを終わらせた後、私服に着替えて自分のバイクに股がった。
今日は仕事、行っているかな……?
俺は恋人のスケジュールを確認すると、今日は仕事になっている。
一緒に住んでいる恋人は仕事を優先するようにしてくれているが、泣きそうなほど寂しいのは、帰った後に思い知らされることが多い。
だから、真っ先に彼女に会いたかった。
出かける前に色々と用意した。寂しくならないようにとノートに言葉を残した。メールも電話もしたけれど、我慢しているのは声のトーンで分かるんだよ。
それくらい、キミのことを見ているんだからね。
スマホを取り出して、彼女に電話をかけた。
少し呼出音がしてから、彼女が出る。
『はい』
「あ、ただいま」
『……おかえりなさいっ!』
出た時の不安な声が一気に明るくなった。
「今、どこ?」
『あっ……えーっと……家に……』
「家!?」
『だって……』
会いたかったんだもん。
彼女はその言葉を言ってはいないけれど、俺には確かにそう聞こえた。
「すぐ帰る!!」
俺はスマホを切って、ヘルメットを被りエンジンを回してバイクを飛ばした。
隣接している駐車場にバイクを停め、家に向かって走り出した。
「ワッと……」
ずるりと足を滑らすが、俺は片手で身体を支えて転ばないようにバランスを取って走り出す。汗を拭うのさえ、時間が惜しいと思った。
鍵を開けて、扉を開けて家に入る。
「ただい……」
言葉を言う前に、彼女が俺に飛びついた。さすがに驚きはするけれど、強く抱き締めてくる彼女の温もりに喜びが込み上げて……俺も強く、強く抱きしめ返した。
おわり
百五、言葉はいらない、ただ……
今日は何かあったのだろうか、車の修理の依頼が沢山入っていた。
社長や、同僚、社員と今日出社しているメンバーで会社の外にまで使用して修理をしていく。
休憩をするタイミングもないし、修理をするために必要な素材の減りも早くて、その点は社長が走り回っている。
このタイミングで体験者がいなくて良かったとは思う。お客さんが少ないよりはいいかもしれないが、これだけひっきりなしに依頼が来ることも珍しい。教えながら対応すると、急いでいるお客さんの迷惑になりかねない。それもクレームの一つだ。
数時間が過ぎ、流石にお客さんの波が落ち着いた頃だった。
「今日はなんなんやー!!」
社長が疲れた声で叫ぶ。他の作業も手が回らないレベルの忙しさだったので、副業持ちのメンバーは各々別の業務に向かい始めた。
色々ある中、彼女と同僚のふたりがお店番をすることになる。
先程と打って変わって、お客さんの足が落ち着きぼんやりしてしまう。
するとシャッターの音が鳴り響き、聞き慣れた声が耳に届く。
「こんばんはー!!」
声の方を見ると、恋人が仕事で使う車で入ってきていた。
「あ、いらっしゃいませ!」
嬉しくて笑顔で迎える。疲労しきっていた身体だったが、大好きな青年が来てくれたのが嬉しくて、疲れが吹き飛んだ気がした。
「任せるね。私、向こうで足りないもの作っているから何かあったら呼んで」
「うん、ありがと」
同僚が気を利かせて、離れた作業台に行った。
振り返って青年と目が合うと、お互いに笑っいあった。
「お疲れ様です。修理は久しぶりですね」
「そうだね、最近は病院でまとめてやることが多かったからさ。専属メカニックさんに見てもらいたくて!」
「任せてください!」
そう伝えると、工具を使って手際よく修理を開始した。
「もう少しで仕事を終わりにしようと思うんだけれど、いつ終わりそう?」
青年は、彼女の近くに歩み寄って、体育座りをしながら声をかける。
彼女は手を動かしながら返事をする。
「あー……今、みんな出ちゃっているから……。ワンオペにさせちゃうので、誰かが戻ったら……」
「あ、そっか。じゃあ、俺。先に帰るね」
「すみません」
「ううん、いいよー」
家でも出来そうな何気ない会話を交わしながら修理を終わらせると、彼女は請求書を用意する。いつものように「お仕事お疲れ様。先に帰ってゆっくりしてください」というメモを添えて渡した。
青年がそれを受け取ると、しっかりとメモまで確認しつつ彼女へ支払いを済ませる。
「ありがとね」
「はい、またウチで」
すれ違いざまに青年から彼女の指に、指を絡めたかと思うと、離れ難いと伝えるようにゆっくり離す。
「残りの時間も頑張ってね」
「はーい、気をつけて帰ってくださいねー!」
青年を見送ったあと、同僚の元に向かう。
突然来てくれた恋人の訪問に元気を貰いながら、残りの時間も頑張ろうと思った。
おわり
百四、突然の君の訪問。