「あれ……香水、付けていたっけ?」
家で彼女とすれ違った時、慣れない香りがした。俺は立ち止まってしまい、少し考えてから声をかけてしまった。
「あ! 今日、香水を持っていたお客さんとぶつかっちゃって少しかかっちゃったんです。匂いますか?」
俺は彼女に再び近づいて彼女の匂いを嗅ぐ。いつもの彼女……いや、女性特有のかのかな。優しくて柔らかい香りが、かき消えている。
彼女は俺から一歩下がって、顔を俯かせた。ほんのりと耳元も紅くなっている。
「どうしたの?」
「へ、変な匂いじゃないです? 汗臭いとか、油臭いとか……」
確かに彼女は車の修理をする関係上、油っぽい時はあるけれど、彼女は家に帰ると真っ先にお風呂に入っているのでボディーソープの香りが鼻をくすぐる。
それから時間も経っていれば、彼女自身の香りがして俺は多幸感に溢れる……のにな。
「そういう匂いはしないよ。むしろ香水の方が気になるかな……」
胸がもやもやするのは心の片隅に置いておくとした。
すると彼女は不安そうに見つめてくる。
「シャワーに入って、結構洗ったんですけれどね」
「あ、いや、そうじゃないんだけれど……」
いきなり、彼女が俺の唇をきゅっとつまんだ。
「んふ!?」
「気がついてないでしょうが、唇がとんがってますよ」
俺は彼女に閉じられた唇のまま、ふがふが言い返すと、彼女は唇を離してくれた。
「いや……俺の大好きな匂いじゃないから不安というか……ちょっといや……かな……」
彼女は驚いた顔をしてから、嬉しそうに微笑んでくれた。
「あとでまた、ゆっくりお風呂に入りましょう」
おわり
百六、香水
8/30/2024, 11:41:46 AM